第11話 世界ガチャ当たり……なのか?

 天使のような外見の悪魔に異世界へ飛ばされたオレは、その後しばらく何もない真っ暗な空間を彷徨った。


 どのくらいの時間が経ったのかもわからない。

 そもそもこの空間に時間の概念が存在するのかさえ不明だ。


 そんな空間を漂い、やがて目の前にまばゆい光が出現する。


 その太陽のように眩しい光は、それ自体が引力を持っているようだった。


 そのため、体が徐々にその光に引き寄せられてしまう。


 もちろん抗うことなどできず、オレの体は光の中に完全に吸い込まれてしまうのだった。


         ◇◇◇◇◇


 ――――ドサッ。


 謎の光に吸い込まれたと思ったら、次の瞬間、オレはどこかに落とされた。


「いてて……」


 何もない無重力空間から急に重力の存在する場所に移動してしまったことに戸惑いつつ、ゆっくりと体を起こし周囲を見回す。


 すると、突然顔に温水がかかり、オレは思わず目を閉じた。


「……うわっ! な、何だ!?」


 腕で顔をガードしながら、恐る恐る目を開ける。


 すると、目の前に見知らぬ女の子が立っているのが視界に入った。


 彼女は布切れ一枚身につけていない。


 一言で言うなら全裸の状態だった。


 そんな全裸の少女が驚いたと言わんばかりに目をぱちくりさせながらこちらを見つめている。


「……え?」


 オレも思わず目の前の少女に見入ってしまった。


 蒼い瞳に柔らかそうな桜色の唇。そして、やや幼く見える顔立ち。


 身長はオレよりも少し低いくらいで、長くさらさらの銀髪を腰まで伸ばし、肌はとても美しく、抱きしめたら折れてしまうのではないかと心配になるほど華奢な体。


 しかし、そんな体には不釣り合いだと思ってしまうくらい胸だけは大きかった。


 間違いなく美少女の部類に入る女の子だ。

 可愛いだけでなく胸まで大きいため、きっと男子にモテモテなのだろう。


 そんなオレには一生縁のないような可愛い女の子が、一糸まとわぬ姿でこちらを見つめていたのだった。


 それからしばらく沈黙が流れる。

 少女は依然としてきょとんとした顔でオレを見つめるのみだし、オレも少女に話しかけることができず、結果としてこの空間に静寂が訪れてしまっているのだ。


 だが、やがて彼女の右手にシャワーが握られているのに気づき、オレはようやく状況を理解した。


「あ……もしかしてここ風呂場か……?」


 どうやら彼女はシャワーを浴びようとしていたところらしい。

 先ほど顔にかかった温水は、おそらくシャワーのお湯だろう。

 オレはタイミング悪く、彼女が体を洗い流していたところに乱入してしまったというわけだ。


 ……いや、と言うべきか?


 とにかくオレは、意図せず美少女の裸を拝んでしまったのだった。


 一方、彼女は未だに何が起きたのか理解できていない様子だった。


 きょとんとした顔でオレを見つめ、生まれたままの姿でただ立ち尽くすのみだ。


 しかし、そんな彼女も次第に状況を理解し始めたのか、可愛い顔がみるみる赤くなってゆく。


「きゃあ〜〜〜!!!」


 そして羞恥と恐怖が綯い交ぜになっているであろう悲鳴を上げると、両腕で胸とアソコを隠したのだった。

 ……まぁ胸に関してはデカすぎて隠せているとは言い難い状況なのだが。


「え〜と……」


 オレはどうしたらよいのかもわからず、ただ彼女を裸体を見つめるのみだ。


 そんなオレを、当然彼女は非難してくる。


「な……何ですか、あなたは!? 強姦ですか!? 女の子が二人で暮らしていると知って、強姦目的で侵入したんですか!?」


「お、落ち着けって! 違うから! オレは善良な一般人だから!」


 必死に誤解を解こうとするが、聞く耳を持ってはくれそうになかった。


「他人の家に無断で侵入しておいて善良な一般人を騙りますか!? 騙されるわけないでしょう!」


 どうやらオレのことを頭から疑っているようだ。


 シャワー中に突然見知らぬ男が現れたのだから怪しむのも無理はないのだが……強姦目的で侵入したと思われたままなのは不本意なので釈明を続ける。


「いや、だから侵入したっていうのがそもそも誤解なんだよ! 気がついたらここにいたってだけで……」


「この期に及んでまだ嘘を重ねますか……どうせ転移系の魔法で狙ってここに瞬間移動でもしたのでしょう?」


「……え? 瞬間移動……? それに魔法って……」


 日常生活ではあまり聞くことのない単語にオレは戸惑う。


 そんなオレに構わず、彼女を話を続けた。


「隠しても無駄ですよ。私にはあなたのスキルを見抜くことができるのですから!」


 そう言って、彼女がオレの顔をまじまじと見つめてくる。


「お、おい……」


 オレはとてもではないが、平静を保ってはいられなかった。


 何しろ全裸の女の子にじっと見つめられているのだ。

 こんなことは今までの人生で初めての経験なので、戸惑ってしまうのも仕方ないだろう。


 しかも、彼女はかなりの美少女でおまけにスタイルもよい。


 裸でなかったとしても、こんなに可愛い女子と目が合えばたいていの男子は照れてしまうはずだ。

 

 女慣れしているイケメン男子なら、もしかしたらこの状況でも冷静でいられるのかもしれないが、残念ながらオレは女子にモテたことなどない。


 女子にそこまで免疫がないため、裸の美少女を前にみっともないほど取り乱してしまっていた。


 やがて観察が終わったのか、彼女が再び口を開く。


「おかしいですね……あなたのスキルが見抜けないなんて……」

 

 しかし、しゃべったと思ったら、よく分からない独り言をぶつぶつとつぶやくのみだ。


 正直、彼女が何を言っているのかイマイチ理解できない。


 これではいつまで経っても何も分からないままなので、思いきってこちらから質問してみることにした。


「なぁ……スキルって何だよ……」


 スルーされることも覚悟の上だったのだが、意外にも少女は質問に答えてくれた。


「私は『相手のスキルを見抜くスキル』を持っているのですが……なぜかあなたのスキルが分からないのです」


「いや……さっきも言ったけど、オレはごく普通の一般人で……」


 スキルなんてものはないと主張するが、彼女はまったく聞く耳を持たなかった。


「まぁ、あなたが瞬間移動系のスキルを持っていることは予想できるので見抜けなくてもそこまで問題はないのですけど……それでも気持ち悪いですね。ひょっとして、何らかの方法で自分の情報を隠蔽していたりしますか?」


「もう面倒だから、そういうことでいいよ……」


 瞬間移動なんてできないが、否定するだけ時間の無駄な気がしたので、仕方なく肯定する。


「やはりそうでしたか……」


 少女はようやく納得したようだった。


(……それにしても、何なんだ? この世界は……)


 今の時点では不明なことだらけだが、地球とはまったく異なる世界だということだけは確かだった。


 先ほどから目の前の少女が真剣な顔でスキルがどうとかつぶやいているし、何より彼女の持つシャワーはオレのよく知るサーモスタット式のシャワーとはまったく異なるものだったからだ。


 シャワーヘッドは見慣れたものとそこまで変わらないのだが、シャワーホースが見当たらない。

 もちろんお湯を出したり止めたりするレバーも存在しない。

 ホースに繋がっていないシャワーヘッドから、まるで魔法のようにお湯が出てきているのだ。

 

 今まで暮らしていた科学技術の発達した現代社会の常識は通用しないと考えた方がよいだろう。


(まったくティフィアのヤツ……とんでもない世界に飛ばしやがって……)


 とりあえず人はいるので『世界ガチャ』に外れたわけではないと言えるが、当たりを引いたとも言い難い。


 今までの常識が通用しないであろうこの世界で果たして生活していけるのか……オレはさっそく不安を感じてしまうのだった。

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