第10話 異世界への旅立ち

「……あ、ラーメンが完成しました!」


 話しているうちに三分が経過したらしく、ティフィアが嬉しそうにカップ麺のフタを完全に開けた。


 豚骨醤油の匂いが漂ってくる。


 同時に全身が完全に真っ白な光に包まれて異世界への転移が始まった。


「この……何とか転移を阻止する方法はねぇのか!?」


 最後の悪あがきを試みるも、特に意味はない。

 オレの体は今にも異世界へと飛ばされそうになっていたのだ。


「う〜ん……相変わらずいい匂いですね。この匂いだけでご飯が三百杯は食べられそうです」


「カップ麺の匂いを堪能してないで、とっとと転移の魔法を解除しやがれ! ……ていうか、ご飯三百杯はすげぇな!」


 普通ご飯三杯だろ! いや、カップ麺の匂いだけで三杯もご飯を食べるのはキツいけど!


 そんなツッコミはもうティフィアには届かない。

 彼女は幸せそうな表情で豚骨醤油の匂いを堪能しているのみだ。

 すでに興味は手元のカップ麺に移ってしまっているのだろう。


「……それではいただきます!」


 ティフィアが割り箸で麺を持ち上げ、息を吹きかけて冷ましてから口元に運ぶ。


「おい、無視すんな! おい、悪魔!!」


 無視するなと言っているのに無視を決め込み、ティフィアは麺を啜った。


 それと同時に、オレはフリーフォールのような気持ちの悪い浮遊感に襲われ、思わず目を閉じる。


「行ってらっしゃ〜い、歩琉さ〜ん」


 それがオレの耳に届いた最後の言葉だった。

 

 体がどこかに飛ばされる感覚を覚える。


 目を開けると気分が悪くなりそうだったので、両目は未だに閉じた状態のままだ。


 周囲の状況がわからないことに若干の恐怖を感じつつもじっとしていると、次第に浮遊感がマシになってくる。


 これなら視覚でまわりの様子を把握しても大丈夫だろうと判断し、ゆっくりと目を開けた。


 その瞬間、オレは絶句する。


 そこは先ほどまで立っていた学校の屋上ではなく、何もない真っ暗な空間だったからだ。


 いや完全に真っ暗というわけではなく、眼前にほんのわずかに光っている空間がある。

 その空間以外は、完全な闇だった。


 恐る恐る光っている空間を覗いてみる。

 その先には、幸せそうにカップ麺を啜るティフィアの姿があった。 


 どうやらここは、オレのいた世界とまったく別の世界を繋ぐ、普通の人間なら一生来ることのない空間のようだ。


 別の世界へ移動している最中と考えて間違いないだろう。


 つまり、ティフィアは最後までオレの異世界行きをキャンセルしてくれなかったことになる。


「この……覚えてろよ、クソ悪魔ぁぁぁ!!!」


 そんな世界と世界の狭間とでも言うべき空間に、悲嘆と絶望の綯い交ぜになった絶叫が響いたのだった。



 

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