第9話 ノルマなんてあってないようなものだ

 頭を下げてまで頼んだというのに、ティフィアの返答は変わらなかった。


「先ほども言いましたが、キャンセルはできません。そんなことをされたら私が困りますからね」


 あくまでキャンセルはできないと言い張るティフィア。


 だが、諦めるわけにはいかないので必死に食い下がる。


「何でできないんだよ! そもそもお前がちゃんと説明していればこんなことにはならなかったんだぞ!? それでも天使かよ!!」


「……え? 私、天使ではありませんよ?」


「……は?」


 予想外の返事に言葉を失う。

 オレはてっきりティフィアのことを、『この世界であまり恵まれていない人間を異世界に転移させて理想の人生を送ってもらおうと考えている天使』だと思っていたのだが、ここにきてその想像が根底から崩されたような気がした。

 そもそも天使みたいな外見をしているのに天使ではないのだとしたら、一体何なのだという話になる。


 そんなオレの心情を察したのか、ティフィアが自分の正体を明かした。


「私は悪魔です」


「悪魔!? 天使みたいな外見なのに!?」


 さすがに驚きを隠せず、跳び上がってしまいそうになる。

 まさか目の前のキラキラした美少女が悪魔だとは夢にも思わなかったのだ。


 そんなオレを窘めるかのようにティフィアが話しかけてくる。


「歩琉さん……子どもの頃に教わらなかったのですか?」


「何をだよ……」


「人を見た目で判断してはいけないと!」


「お前は人じゃねぇだろ!!」


 オレの声が学校の屋上に響き渡る。


 同時に脳内に様々なツッコミが浮かんだ。


 悪魔なら悪魔らしい格好をしろよ。

 その見た目なら誰だって天使だと思い込むぞ?

 そもそも初対面の相手を見た目で判断するなとか無理だろ!

 相手のことを何も知らないんだから、外見で判断するしかねぇんだよ!

 だからオレがティフィアのことを見た目だけで天使だと思い込んだのは至って普通のことだ!!


 ……などなど言いたいことは多々あるのだが、残念ながらそれらのツッコミを口にする時間は与えてもらえなかった。


「さぁ、そろそろ転移の時間ですよ」


「もう三分経つのかよ! くそっ!!」


 気づけば先ほどよりも強く眩い光が全身を包んでいる。

 ティフィアの言う通り、もうまもなく転移してしまうようだ。


「……それにしても、歩琉さんが転移に了承してくれて本当に助かりましたよ。今日中に誰かを異世界に送らなければ、ノルマ未達成で上司に怒られるところでした」


「ちょっと待て! ノルマ!? そんなものがあったのか!?」


「ありますよ。悪魔もいろいろと大変なのです」


「だから、あんなに必死になってオレを異世界に飛ばそうとしてたのか……」


「さすがに気づいたようですね……その通りですよ。ノルマがあるから焦っていたのです。本日の深夜0時までに誰かを転移させなければならなかったので、歩琉さんに断られたら別の人を探して説得する羽目になっていたわけですが……もう正午を過ぎていますし、半日以内に異世界に行ってくれる人を見つけるのは困難ですからね」


「そういう事情だったのかよ」


 ティフィアが必死になって説得してきた理由がようやくわかった。

 今日中に異世界に行ってくれる人を見つけなければならないから、あんなに焦っていたのだ。

 異世界行きをキャンセルさせてもらえないのも、ノルマが達成できなくなってしまう可能性が出てくるからだろう。


「……ちなみに、そのノルマってのは厳しいのか?」


「はい、厳しいですよ」


「そうなのか……お前も大変なんだな……」


「ええ、大変なんです。何しろ最低でも一世紀に一人は異世界に飛ばさなければならないと決まっているわけですから」


「甘っ!! ノルマ甘っ!! 全然厳しくねぇじゃねぇか!! ちょっと同情しちまったよ……」


 ノルマが厳しいなんて言うから、悪魔の世界にも人間界でいうパワハラ上司やブラック企業のようなものが存在するのかと思ったら、全然そんなことはなかった。

 

 少なくとも、ティフィアはかなり甘やかされている部類だろう。


 百年間で一人を異世界に送るだけでよいなら達成困難というほどでもない。

 ノルマなんてあってないようなものだ。


 ……というか今日の午前0時がタイムリミットと話していたが、この百年間、一体何をしていたのだろうか。


 仕事をサボって惰眠でもむさぼっていたのか?


 それとも単にティフィアが無能な悪魔で、出会った人間に異世界行きを了承させることができなかっただけか?


 どちらにせよ、ポンコツであることに変わりはない。


 ティフィアには失礼だが、あまり優秀な悪魔ではないのだろうなと思ってしまった。

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