第8話 聞いてねぇぞ!

「……ところで、お前でも人間の食い物を食うんだな……」


 カップ麺の完成を楽しみに待っているティフィアを見てつぶやく。


「もちろん食べますよ。人間界の食事は美味ですからね。特にラーメンが大好物なんです!」


「意外と庶民的だな!」


 カップ麺の完成を待つ姿はまさに庶民そのものだ。

 しかも、よく見たら『豚骨醤油味』と書かれている。

 味覚も人間とまったく変わらないらしい。本当に天使なのか、コイツは……。


「……まぁいいや。とにかくこれで今よりはマシな世界に行けるんだよな?」


「……え? それは分かりませんよ?」


 きょとんとした顔で答えるティフィア。


「……は!? どういうことだよ!?」


 嫌な予感がして、冷や汗が背筋を伝った。

 今よりは居心地の良い世界に行けると信じていたのだが……違うのだろうか。


 戸惑うオレに、ティフィアが転移について説明する。


「先ほども言いましたが、転移の魔法は岸岡さんたちに使った瞬間移動の魔法とは異なり、転移する世界を指定することはできないのです。どんな世界に飛ばされるかはランダムということになりますね」


「じゃあ、オレの望む世界に行けるかどうかは運次第ってことか!?」


「はい。あくまで今より快適な世界に行ける可能性があるというだけです」


「聞いてねぇぞ、そんなこと!!」


「言ってませんからね。事前にそれを伝えたら異世界行きを了承してくれなかったでしょう? どうして都合の悪い情報を自ら話さなければならないのですか?」


「お前……悪質なセールスマンかよ……」


 完全に開き直ったティフィアに絶句する。

 不都合な事実を意図的に隠していたとか、いくらなんでもタチが悪すぎるだろう。


「……一応訊くけど、どんな世界が存在するんだ?」


「そうですね……水や食料が不足していて毎日多くの人間が餓死している世界とか、戦争や紛争が絶えず安心して眠れる場所を探すだけでも一苦労の世界とか、人間自体が存在しない世界とか……まぁいろいろです」


「最悪な世界ばっかじゃねぇか!!」


 今より悪い世界が存在すると知り、絶望してしまう。

 そんな世界に飛ばされたくはない。

 特に最後のは死んでもごめんだ。 

 人間の存在しない世界でたった一人で生きていくくらいなら、今いるこの世界で暮らす方がはるかにマシだろう。

 急に異世界行きの話をキャンセルしたくなってしまう。


「くそ……さっきの話はナシだ! この世界で頑張ることにする! だから転移を中止してくれ!」


 必死に転移を中止するよう訴えるが、ティフィアはキャンセルなど認めてはくれない様子だった。


「もう遅いですよ。異世界行きに了承した時点で契約は成立したわけですから、一方的に破棄することはできません。諦めて転移して下さい」


「諦められるわけねぇだろ!! 人生がかかってんのに!!」


 大声で怒鳴るが、そんな叫びなどティフィアの耳には届かない。


「そんなに怒らないで下さいよ。今回のことが良い教訓になったと思えばいいじゃないですか。誰かと約束や契約をする時に確認を怠るとこういうことになってしまうのですよ。なので、今後はちゃんと相手の話を疑い、気軽に契約しないようにしましょうね」


「腹立つな……騙す側がそれを言うんじゃねぇよ!」


 平気で悪質なことをするティフィアに腹立たしさを覚える。

 先ほどまでは友情に似た感情を抱いていたのに、今はあの笑顔を殴りたくて仕方なかった。


 そんなふうにオレからあからさまな敵意を向けられたティフィアが反論する。


「騙したなんて人聞きの悪いこと言わないで下さいよ。説明したじゃないですか……転移する世界はランダムに決まると。それはつまり、理想の世界に行ける可能性もあるということですよ?」


「そうかもしれねぇけど……」


 確かに理想の世界に転移できる可能性もあるが、それでも人生をかけたギャンブルであることに変わりはない。

 そんな一か八かの賭けに出る覚悟はなかったので、もう一度、転移を中止してほしいと頼むことにした。


「でもやっぱりオレには人生のかかったギャンブルをする覚悟はねぇよ。だから頼む……キャンセルさせてくれ!」


 相手は天使なのだから、きちんとお願いすれば聞き入れてもらえるはず。


 そう思ったオレは、深々と頭を下げるのだった。

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