第7話 異世界に行くよ!

「……どうですか? 私を信じて異世界へ行く気になってくれましたか?」

「そうだな……」


 オレはしばし考え込む。

 

 一度異世界に行けばおそらく二度と戻ってはこられないだろう。


 しかし、この世界に未練はないし、大切な人がいるわけでもない。

 戻ってこられなくなったところで不都合なことは特になかった。


 だからオレは、悩んだ末に決意する。


「わかった……行くよ、異世界」

「……本当ですか!?」


 ティフィアの表情がさらに明るくなった。

 オレが異世界へ行く決断をしたことが相当嬉しいようだ。


「どうせこの世界にいても、いいことなんて起きないからな。それに岸岡たちが戻ってきたら何をされるかわかんねぇし……その前に別の世界に避難した方がいいと思っただけだよ」


 あの三人が谷川岳から帰ってきたら間違いなくオレに絡むだろう。

 だったら、その前に避難するのが賢明だ。


 それに異世界へ旅立てば、もう学校に行く必要もハラスメントの横行している職場で仕事をする必要もなくなる。

 まさにいいこと尽くめなのだ。


「ありがとうございます! 了承していただけて助かりました!!」


 無邪気に喜ぶティフィア。

 なぜそこまで喜んでいるのかは不明だが、彼女の姿を見ていると、何だか人助けをしたような清々しい気分になった。


(ティフィアに任せれば、少なくとも今よりはマシな世界へ行けるよな……)


 彼女の天使としての能力の凄さはもはや折紙つきと言える。

 その能力で飛ばされて行きついた世界なら充実した毎日が送れるだろう。

 それならオレにとってもメリットだらけなので、飛ばしてもらった方がむしろ助かるのだ。


「……それでは転移の魔法をかけますね」


 ティフィアがオレに怪しげな魔法をかける。

 その瞬間、全身が金色に輝き始めた。


「すげぇな……これで転移が始まったわけか……」


「はい。世界線を移動する魔法なので先ほどの岸岡さんたちのようにすぐに転移できるわけではありませんけどね。発動までおよそ三分です」


「思ったより早い!! あと三分でこの世界も見納めってわけか……今のうちにしっかり見ておかねぇと……」


 最後に自分の生まれた世界を目に焼き付けるため、学校の外の世界に視線を移す。

 屋上からの景色なので、遠くまで見渡すことができた。


 せわしなく行き交う人々に、学校から少し離れた場所に広がる住宅街。

 はるか向こうには美しい山々を確認することができ、空では太陽が眩しく輝いていた。


 ロクでもない世界だと思っていたが、これでお別れだと思うと何だか名残惜しい。

 死ぬわけではないのに、無性に今生の暇乞いがしたい気分になった。


(16年間この世界で暮らしたんだよな……)


 特に良い思い出などなくとも生まれ育った世界であることには変わりないので、最後の三分間を大事に過ごそうと考える。


 そんなふうに感慨にふけるオレだったが、ティフィアが容赦なくそのムードを破壊するようなことを言い出した。


「このカップラーメンが完成した時、あなたは別の世界へと旅立つでしょう」


「……は?」


 突然何を言い出すのかと思ってティフィアの方に視線を向けたら、なんと彼女の右手には熱湯の入ったヤカン、左手にはお湯を入れて三分で完成するカップラーメンが握られていた。

 おそらく天使の力で具現化したのだろう。


 あまりにもムードもへったくれもない発言に、さすがにツッコまざるを得なかった。


「何でカップ麺なんか持ってるんだよ!?」


「歩琉さんが異世界へ旅立つまでのカウントダウンですよ」


 そう言って、ヤカンの中の熱湯をカップ麺に注ぎ始める。


「いや、こういう時のカウントダウンって普通は砂時計だろ!? この場にふさわしくねぇよ、即席麺なんか!!」


 巨大な砂時計が現れて、中の砂が落ちきったら転移するとかならロマンチックなのに、なぜカップ麺でカウントダウンをするのだろうか……。

 さすがに風情がなさ過ぎる気がする。

 確かに三分で完成するけども。


 しかしティフィアは、そんなツッコミなどまったく聞いていない様子だった。

 

「お湯も注ぎ終わったし、あとはフタをして完了っと! ……さぁ、歩琉さん。このカップラーメンが完成した時が異世界へ旅立つ瞬間ですよ!」


「マジでカップラーメンなんかでカウントダウンが始まっちまったよ……」


 別にカウントダウンの方法など何でもよいのだが、それでもやはり即席麺はこの場に似つかわしくないような気がする。


 もう少しドラマチックに送ってほしいというのが本音だった。

 

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