第5話 不良が闖入してきた
肩を叩かれて振り向いたオレの視界に入ってきたのは、よく知る人物だった。
その人物がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「こんなとこで何やってんの? 笹峰く〜ん」
「げっ! 岸岡……」
オレの肩を叩いたのは、岸岡という名の同じクラスの男子生徒だ。
岸岡の後ろには、同じくクラスメイトで岸岡のことを慕っている男子が二人立っている。
どうやらティフィアとの会話に夢中で彼らの接近に気づかなかったようだ。
(くそ……嫌な奴が来ちまったな……)
岸岡の外見を一言で言い表すなら、“不良”だ。
制服は着崩しているわ、校則違反のピアスは付けているわ、髪は派手に染めているわでまさに絵に描いたような不良と言えるだろう。
当然授業態度も悪く、テストも真面目に受けないため、成績は常に底辺。高校入試に合格するような学力はない。
そのため、この高校には裏口入学したのではないかとの噂も流れるほどだった。
また、素行が悪く問題を起こしてばかりなのに退学どころか停学にすらならないのは、教師を暴力で脅しているか金で買収しているかのどちらかだと信じている者も多い。
何にせよ、一般人にとってあまり関わりたくない人物であることは確かだった。
ちなみに、岸岡の後ろにいる男子たちももちろん不良だ。
岸岡のことを慕うだけあって、お世辞にも素行が良いとは言えない。
この二人もできれば関わりたくない生徒なのだ。
これまで何度もこいつらに絡まれたことがあるが、よい思い出などひとつもない。
今回もろくなことにならないような気がした。
(どうしよう……どうしたら波風立てずにこいつらを追い返せるんだ……?)
何とか穏便に三人を屋上から追い返す方法がないか考える。
一方、岸岡はティフィアに気づいたようで、彼女の方に視線を向けた。
「誰だ、そいつ……演劇部の生徒か?」
それはオレが最初にティフィアを見た時に真っ先に思ったことだ。
派手な見た目だから、演劇部の部員だと思い込むのはオレだけではなかったらしい。
そんなことを考えながら、ティフィアのことをどう説明したものかと悩み始める。
まさか、オレを異世界に送ろうとしている天使だなんて言うわけにはいかない。
この学校の生徒どころか人間ですらない彼女のことをどう説明すればよいのだろう……。
そんなふうに返答に困っていると、オレの代わりにティフィアが口を開いた。
「あなた方こそどちら様ですか? 私は今、歩琉さんと大事な話をしているのですが……」
「俺らは笹峰くんの友だちだよ。……そうだよな?」
「え〜と……」
お前らなんか友だちでも何でもねぇよと言いそうになるのをギリギリのところで堪える。
そんなことを言えば、何をされるかわかったものではないからだ。
とりあえず友だちということにしておいて、彼らを穏便に追い返す方法を再び考え始める。
しかし、妙案は浮かばなかった。
そうやってあれこれと考えているうちに、ティフィアと岸岡たちとの間で話が進んでしまう。
「お友だちという関係には見えませんが……まぁ、何でもいいです。用がないのなら帰ってもらえませんか?」
チャラついた不良三人をあからさまに邪険にするティフィア。
彼女にとっても、この三人は邪魔な存在なのだろう。
その気持ちはよく理解できた。
だが、あまり彼らの神経を逆撫でするような発言はするべきでない。
「お……おい、ティフィア! あんまりこいつらを刺激するな」
岸岡たちを怒らせると本当に面倒なことになると知っていたので、ティフィアに忠告したのだが……もう遅かったようだ。
「ずいぶんと気の強い女だな……誰に向かって命令してやがんだ?」
案の定、岸岡は怒りをあらわにする。
そうしてティフィアの顔をまじまじと覗き込む岸岡だったが、その瞬間、彼の態度は変わった。
「なんだ、お前……よく見りゃ結構可愛いじゃねぇか。今の生意気な発言は不問にしてやるから、俺らと遊ばねぇか? 笹峰なんかと話すよりよっぽど楽しいと思うぜ?」
外見だけならかなりの美少女であるティフィアに惹かれたようだ。
岸岡たちは、オレのことを完全に無視してティフィアに絡んでいる。
不良三人組から解放されたが、興味の対象が他に移っただけなので素直に喜ぶことはできない。
彼らが彼女の意思を尊重するとは思えないからだ。
このままティフィアが岸岡たちのおもちゃにされることだけは見過ごせなかった。
「おい! そいつから離れろよ」
気づけばオレは岸岡の肩を強く掴んでいた。
不思議な力を持つティフィアなら、自分が庇わなくても岸岡たちなど赤子の手をねじるように撃退できるだろう。
だが、それでもただ指をくわえて見ているなんてことはできなかった。
「何だよ? 文句でもあんのか?」
岸岡が首だけ動かして、睨みつけてくる。
その蛇のような鋭い眼光に一瞬だけ怯んでしまうが、肩を掴んでいる手だけは離さなかった。
そして、内心恐怖を感じながらも強気に食ってかかる。
「ああ、文句ならある……そいつに絡むのはやめろ!!」
それは初めてオレが筋金入りの不良である岸岡に歯向かった瞬間だった。
今までは平穏な学校生活を送るために極力岸岡たちの機嫌を損ねないように注意してきた。
何をされようとも決して反抗しようとは考えなかった。
それなのに今はその不良たちに真っ向から立ち向かっている。
それも、つい先ほど会ったばかりの少女を守るためにだ。
ほんの少し会話しただけだが、知らず知らずのうちに彼女に対して友情に似た感情を抱いていたのかもしれない。
だから、強引に彼女に迫ろうとする岸岡たちが許せなかったのだ。
しかし、その反抗的な態度が彼らを苛立たせてしまう。
「……いつからそんな偉そうな口がきけるようになったんだ? テメェはよぉ……」
予想通り、怒りをあらわにして詰め寄ってきた。
ものすごい圧力だ。
恐怖のあまり足がガクガクと震えだしてしまう。
だが、ここで引くつもりはなかった。
「お前らはいつもそうやって暴力や圧力で相手にムリヤリ言うことを聞かせようとする……そろそろそんな悪質な行為はやめさせなきゃいけないと思ってたんだよ。だから……いい機会だ」
正直、ケンカして勝てる相手ではない。
岸岡一人でも手に負えないのに、3対1ではケンカにすらならないだろう。
普段と変わらない一方的なイジメになるだけだ。
しかし、いつかは誰かがこいつらの暴力行為をやめさせなければならない。
そうしなければ、こいつらはいつまで経っても同じ行為を繰り返す。
だから、どれだけ恐怖を感じようと、オレは自分の発言を撤回したり態度を改める気は毛頭なかった。
「……今日はずいぶんと威勢がいいじゃねぇか。女の前だからカッコつけてんのか?」
一見穏やかな表情をしているが、内心は立腹していることがわかる。
普段は従順で大人しい奴が突然反抗してきたのだから、岸岡たちにとっては面白くないのだろう。
「お前らの行為が許容できなくなっただけだ」
立腹している相手に怯むことなく強い口調で責め立てる。
だが、体格に恵まれている不良三人に囲まれるとさすがに萎縮してしまった。
(あ〜あ……これはかなりボコられるな。しばらく学校には来れないかも)
オレは大怪我を負わされることを覚悟する。
岸岡たちの様子を見るに、ちょっとやそっとの怪我では済まされそうにないと悟ったからだ。
もちろんできる限りの抵抗はするつもりだが、当分のあいだ病院暮らしになると思った方がよいだろう。
(まぁどうせ学校に来てもいいことなんかねぇし、休めるならむしろラッキーか……)
ロクな学校生活ではないのだから、登校できなくなってもそこまで不都合なことはないと気づく。
いっそのこと退学になるくらい暴れて岸岡たちを道連れにするのもよいのではないかとすら思ってしまった。
(さすがに道連れ退学は無理かな……)
退学にするのは無理でも、停学くらいにはできるかもしれない。
そのためには相手に派手に暴れてもらう必要がある。
オレは目を閉じて拳を握り、歯を食いしばって、暴力を受ける覚悟を固めた。
しかし、こいつらから暴力を振るわれることはなかった。
ティフィアが能力を使用して助けてくれたからだ。
「私の目の前で歩琉さんに危害を加えようとはいい度胸ですね……歩琉さんはこれから行かなければならない場所があるのです。邪魔はさせませんよ」
その瞬間、屋上から岸岡たちの姿が消えた。
何の痕跡も残さず、本当に忽然と姿を消してしまったのだ。
「……え?」
さすがのオレも、これには驚きを隠せなかった。
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