第4話 彼女の能力
ティフィアがオレに向かって手のひらを翳してくる。
何をするのかと思いながら彼女の行動を見守っていると、唐突に謎の浮遊感を覚えた。
「な……何だ!?」
反射的に足元に視線を落とす。
なんと、両足が地面から数センチほど浮いていた。
まるでオレの周囲だけ無重力の空間にでもなったかのように体がふわふわと宙に浮いていたのだ。
どうりで浮遊感を覚えたわけだ。
ティフィアが得意げに語りかけてくる。
「どうですか? とりあえずあなたの体を浮かしてみましたよ」
「これがお前の能力だっていうのか?」
「はい。……まぁ本当は私の力はこんなものではないのですが、さすがに自然災害を発生させたり大陸を海に沈めたり周辺の星々もろとも地球を破壊したりしたら大騒ぎになってしまいますから、このくらいにしておくことにします」
「さらっととんでもないこと言いやがった! 最後のに至っては騒ぎが起きるどころの問題じゃねぇぞ!?」
地球が破壊されたらこの世の動植物はみな死に絶える。
当然人間も絶滅するから騒ぎなんて起きようがないだろう。
「これで信じてもらえましたか?」
ティフィアが改めて訊いてくる。
「いや……これも何かの仕掛けかもしれないし……」
確かに予想外の出来事ではあったが、体を宙に浮かされただけではまだイマイチ信用できないというのが本音だった。
「まだ半信半疑ですか……本当に強情ですね。ですが、よく考えてみて下さい……初対面のあなたに何をどう仕掛けるというのですか?」
「それを言われると反論できないな……」
ティフィアの言う通り、初対面なのだから何も仕掛けようがない。
そうなると、本当に彼女の能力で浮いていることになる。
にわかには信じがたかったが、さすがにこれ以上疑うわけにはいかないだろう。
彼女は本当に人間ではなく、天使のようだ。
「わかったよ……人間じゃないってのは信じることにする。だから、とりあえず下ろせ!」
「承知しました」
要望通り、ティフィアは能力を解除してオレを地面に下ろしてくれた。
地面に足がつき無重力空間で生活しているかのような浮遊感から解放されたことに安堵しつつ、先ほどの彼女の発言で気になったことを訊いてみることにした。
「ところで、さっきの発言はさすがに嘘だよな? 星を破壊するなんてことできないよな?」
恐る恐る真偽を確かめてみる。
いくら天使でも、そこまでの力はないだろうと信じたかった。
「……え? その気になればできますよ?」
「できるのかよ!!」
嘘や誇張などではなく、本当に星を破壊するほどの力を持っているらしい。
だとすれば、オレにできるのはティフィアがその気にならないことを祈ることくらいだ。
くれぐれもその気にならないでほしいと心から願うのだった。
「……まぁ星の破壊は相当の魔力を消費するので、そんなことをすればさすがの私も数日は寝込みますけどね。だから、よほどのことがない限り実行しませんよ」
「数日寝込むだけで済むのヤバすぎるだろ……というか、よほどのことがあったとしても実行しないでくれ」
今現在、生物が安心して暮らせる星は地球だけなので、それを破壊されるのは非常に困る。
だから、絶対に実行しないよう釘をさしておいた。
「別に歩琉さんが地球の心配をする必要はないと思いますけどね。これから異なる世界へと旅立つのですから」
「そういえば異世界がどうとか言ってたな……忘れかけてたよ」
ティフィアの言動がぶっ飛びすぎていて記憶から消えかけていたが、彼女は先ほど『異世界に興味はないか』と訊いてきた。
どうやらあれは、『異世界に旅立たないか』という意味だったらしい。
だが、発言の意味はわかっても、その意図までははかりかねた。
「異世界に旅立つってのはどういう意味だ?」
とりあえず何を企んでいるのかを確認してみる。
「どういう意味も何も、こことは全く異なる世界へ旅立って下さいという意味ですよ?」
「いや、さっぱり分からねぇんだけど……仮にお前にそんな力があるとして、何でオレを異世界に送りたいんだ?」
まったく答えになっていなかったので、疑問に思っていることをストレートに訊ねることにした。
質問されたティフィアもまたストレートに答える。
「あなたがとても憐れな人に見えたからです」
「誰が憐れな人だ!!」
失礼にもほどがある発言に、思わず叫び声を上げてしまった。
確かにオレの生い立ちを知っていれば憐れに思うのは無理もないことなのだが、それでも他人から憐憫の目で見られるのは腹が立つ。
少なくとも初対面の相手にそんなふうに言われたくはなかった。
だが、オレが怒りをぶつけても、ティフィアは自分の発言を撤回したり修正する気はないようだった。
それどころか、さらに精神的に追い込もうとしてくるのみだ。
「だって虐待やイジメやハラスメントの被害を受け続ける人生なんて悲惨と言うしかありませんよ」
「こいつ……マジで容赦ねぇな……」
清々しいほど容赦のない言葉に言い返す気力が失せてしまう。
ティフィアはさらに話を続けた。
「とにかく、あなたのことが放っておけなかったのです。この世界で歩琉さんが幸せになれる可能性は低い……それならいっそのこと別の世界へお送りした方がよいと考えたのです。悩みや困りごとはある場合は、思いきって環境を変えてみると、あっさり解決したり予期せぬ幸運に恵まれたりするものですからね」
「環境を変えてみるか……」
その言葉には一理ある気がする。
今の生活には嫌気が差していたので、環境を変えてみるというのは選択肢のひとつとしてアリかもしれない。
どうせオレがいなくなったところで、心配する人なんて誰もいないわけだし……。
「……けど、だからって異世界に行くのはなぁ……」
こことは全く異なる世界へ行くということは、慣れ親しんだ文化や風習とは違う場所で一から生活を始めることになる。
大学生になって実家を離れアパートで一人暮らしをするのとはわけが違うのだから、どうしても抵抗感が拭えなかった。
そんなオレの心情などお構いなしに、ティフィアがなおも異世界行きを勧めてくる。
「行っちゃいましょうよ、異世界。今なら洗剤もお付けしますよ」
「新聞の勧誘か! そんなんで了承すると思うなよ!」
「いいじゃないですか。歩琉さんなら大丈夫ですって!」
「大丈夫って……何か根拠でもあるのか?」
「いえ、根拠なんてありませんよ。そう言って安心させなければ了承してもらえないと思っただけです」
「それ言っちまったら意味なくなるぞ!?」
「……あ! 確かにそうですね。すみません……今のは聞かなかったことにして下さい」
「もうおせーよ!!」
意外と抜けている一面もあるらしい。ティフィアが失言だったことに気づくが、もう遅かった。
「お願いしますよ、歩琉さ〜ん。確かに異世界でやっていけるという確証はありませんが、それはこの世界に留まっていても同じでしょう?」
「それは……」
核心をつかれ、押し黙ってしまう。
確かにティフィアの言う通りだ。この先どれだけ努力しても、この世界でうまくやっていけるという保障はない。
オレの心に迷いが生じた。
その迷いにティフィアがつけ込んでくる。
「迷うのでしたら、やはり私の言う通りにした方がよいのでは? 少しでも幸せになれる可能性に賭けるべきですよ」
「少しでも幸せになれる可能性……」
そのアドバイスは適切なのかもしれない。
この世界で暮らすより別の世界に移住する方が幸せになれる可能性が高いなら、そうすべきなのだ。
「……なぁ、返事をする前にひとつ訊いてもいいか?」
異世界行きを了承するかどうかはおいておくとして、どうしても気になることがあったので先に質問することにした。
「もちろん構いませんよ。何でしょう?」
質問する許可をもらえたため、さっそく訊いてみる。
「さっきから何でオレにこだわるんだ? こんなこと言いたくはないけど、オレより可哀想な奴や憐れな奴は探せば他にも見つかるだろ。そういう奴を異世界に送ればいいんじゃねぇか? ……それとも、オレじゃなきゃダメな理由でもあるのか?」
先ほどからずっと感じていた疑問だ。
この世界で幸せになれる見込みの低い者を異世界に飛ばして幸福な人生を送ってもらうことが目的なら、もっと優先すべき人間はたくさん存在すると思ったのだ。
「それは……え〜と……」
ティフィアが急に口ごもる。
どうやら都合の悪い質問だったようだ。
「その様子だと、あるんだな? オレを異世界に飛ばさなきゃならねぇ理由が……」
「いえ……別に歩琉さんでなければいけないわけではありませんが……」
「どういうことだ? 誰でもいいのか?」
何だかとても言いづらそうだが、事情があるなら聞いておきたい。
異世界に行くかどうかはそれから決めるつもりだった。
しばらく逡巡した後、ティフィアが意を決したように口を開く。
「えっと……実はですね……」
だが、彼女が話そうとした瞬間、突然誰かがオレの肩を叩いた。
「……誰だ?」
反射的に振り返る。
そのせいで、ティフィアの話は一時中断となってしまうのだった。
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