第3話 危険人物に絡まれちまった……
「聞こえませんでしたか? 異世界に興味はありませんかと訊いたのです」
少女が同じ質問を繰り返す。
「いや、聞こえてはいるけど……」
質問の意図が理解できないだけだ。
“異世界”というのは言葉通り“こことは異なる世界”という意味だろうが、興味の有無を訊ねる理由が不明すぎる。
そもそも、ここ以外の世界のことなんて考えたことすらないので、どう答えるべきなのかも分からなかった。
少女がさらに話を続ける。
「笹峰歩琉さん。あなたのことは何でも知っています。小学生の頃に両親が離婚して母親に引き取られるもその母親から虐待を受けていたことも、学校でイジメの被害に遭っていることも、アルバイト先のコンビニで上司や客からの悪質なハラスメントに悩まされていることも……」
「何で知ってんだよ!!」
思わず大声でツッコんでしまった。
なぜオレの生い立ちについてそこまで詳しく知っているのか不思議で仕方ない。
そもそも初対面なのにオレの名前を知っていること自体疑問だ。
まさかと思うがこの少女はタチの悪いストーカーなのだろうか……。
「ふふふ……私はあなたのことなら何でも知っているのです」
「えぇ……」
無言で半歩後ずさる。
関わってはいけない危険人物だと本能が告げているからだ。
せっかく可愛い子なのに勿体ない。
普通に努力して普通に生活していれば、こんな底辺の高校ではなくもっとレベルの高い学校に通って友だちや恋人と楽しく過ごせていたと思うのだが……。
まぁ何にせよ、彼女がいろんな意味で危険な人間であることに変わりはないので、いつでも逃げられるように警戒しておく。
だが、彼女はオレに警戒されていることなどまったく気にしていない様子だった。
「歩琉さん……この世界にあなたの居場所はありません。そんな希望のない世界で一生を過ごすより、ちゃんとあなたのことを受け入れてくれる世界へ行ってそこで暮らす方がよっぽど有意義だと思いませんか?」
「マジでさっきから何言ってんだ……そもそもお前、誰だよ!?」
「あ……これは失礼いたしました。そういえばまだ名乗っていませんでしたね」
ようやくまだ名前を明かしていないことに気づいた少女が自己紹介を始める。
「私はティフィアと申します。もうお気づきかと思いますが……私は人間ではありません」
「あぁ……薄々感じてたけど、やっぱり痛いヤツか……」
オレの名前や生い立ちについて詳しかっただけでも恐怖なのに、さらに人外を自称するとか、もうどんな反応をすればよいのか分からない。
一目見た時は「すごく可愛い子だな」という印象だったのに、その第一印象は完全に吹き飛び、今は痛くてヤバい奴という認識になっていた。
まるで不審者を見るようなオレの目から内心を読み取ったのか、少女が不満げに頬を膨らませる。
「歩琉さん……信じてませんね?」
「信じる奴なんているわけねぇだろ! だいたいオレはお前みたいなヤバい奴の相手をするような精神的余裕はねぇんだよ! ……それとも演劇の練習か何かだったのか? だとしたら、大した演技力だとは思うよ。だけど、演技の練習がしたいなら部室でしろ!!」
徐々に腹立たしさや苛立ちを隠せなくなってゆく。
ただでさえ理不尽すぎる現実に悩まされているのに、こんな危険人物の相手などしていられない。
仮に彼女が本当に演劇部の部員で今までの発言が演技の練習だったとしても、それに付き合ってやる義理はないだろう。
今は一刻も早くここから立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
だがティフィアと名乗った少女は、気が立っているオレとは対照的に真面目な表情で話を続けた。
「信じられないと言うなら無理に信じてくれなくても構いませんが、話くらいは聞いて下さいよ」
オレは悩むことなくその頼みを拒否する。
「嫌だよ! 何でお前みたいな頭のおかしい奴の相手をしなきゃならねぇんだ! そんなに話を聞いて欲しかったら、人間じゃない証拠を見せてみろよ」
それを聞いたティフィアが負けじと反論した。
「今こうして宙に浮いてるじゃないですか!!」
「そんなもん証拠にならねぇよ! どうせ小道具でも使ってるんだろ?」
「疑り深い人ですね……わかりましたよ。人間ではないことを証明したら話を聞いてくれるんですね?」
「証明できたらな……」
ここまで言えばさすがに諦めてオレを解放してくれるだろう。
そう思っていたのだが……ティフィアは諦めようとはしなかった。
「では、しっかり見ていて下さいね……」
そう言うと、本当に自身が人間ではないことを証明しようとするのだった。
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