第2話 変な少女が現れた

 とある平日の昼休み。

 オレ、歩琉は屋上でただぼうっと時間が過ぎるのを待っていた。


 オレは基本的に昼休みに昼食はとらないことにしている。

 理由は単純に金がないからだ。

 ただでさえ生活苦なのに一日三食も食べていたら、あっという間に生活費がなくなってしまう。

 だから昼休みはいつも屋上か空き教室で空腹に耐えながら何もせず過ごしているのだ。


「今日も最悪の学校生活だったな……それに放課後はバイトか……」


 晴れ渡った空を見上げながら、ため息をつく。

 いつもと変わらない最悪の学校生活を思い出したり、この後のバイトのことを考えると、どうしても気が滅入ってしまうのだ。

 今のオレの心は、青く晴れ渡ったこの空とは正反対に暗く陰鬱だった。


 そんなふうに気持ちが沈むのを感じながら屋上で過ごすこと約四十分。

 気づいたら、昼休み終了の時刻が近づいていた。


「もうすぐ昼休みも終わりだな……仕方ない。戻りたくないけど戻るか……」


 不良が幅を利かせている教室になど戻りたくはないが、午後の授業をサボるわけにはいかない。


 教室に戻るため、仕方なく屋上への出入り口となっているドアの方へ足を向けた。


 そしてドアに向かって歩き出そうとした……まさにその瞬間だった。


 オレの目の前に、まばゆい光に包まれた天使のような外見の少女が空から降臨したのだ。


「……は!?」


 その後光に目がくらみ、思わず両目を閉じる。


 オレは完全に混乱してしまっていた。


 何しろ少女が空から降臨したのだ。

 そんなこと常識で考えればありえない。


 だから、オレは白昼夢でも見たのかと思った。

 日々の疲れで幻覚を見ただけで、再び目を開ければ目の前には見慣れた屋上からの景色が広がっていることを望んだ。

 天使のような少女がまばゆい光に包まれて降臨するなんて非科学的なことが起きるわけない。


 そうやって今起きたばかりの出来事を頭の中で否定し、再び目を開けてみる。


 だが、今しがた目撃した少女は白昼夢でも幻覚でもなく確かにそこに存在していた。

 しかも全身が宙に浮いており、地面から数メートル離れた上空で静止してオレを見下ろしている。


「何だ!? 誰だ!? お前……」


 そんな光景を目撃したのだからさすがに冷静ではいられず、驚きのあまり声を上げてしまった。

 超常現象と呼ぶべきか、はたまた怪奇現象と呼べばよいのか……。

 わけのわからない現象にただただ困惑する。


「本当に何なんだよ……」


 とりあえずこの現象を解明するため、少女の顔をじっと見つめてみることにした。


 まず彼女の外見だが、思わず見惚れそうになるほど可憐で可愛らしい少女だった。


 少し幼く見えるが目鼻立ちは整っていて、特に長くきれいなまつ毛や柔らかそうなピンク色の唇が魅力的だ。

 また、低めの身長や美しい肌、細い手足が非常に愛くるしい。

 そして、砂金のように輝く金色の髪はとても神々しく、純白のドレスに身を包んだ姿はまさに天使そのもののように感じられた。


 いや、もしかしたら本当に天使なのかもしれない。

 なぜなら彼女の背中には真っ白な翼が生えており、今こうして目の前で宙に浮いているからだ。

 もしも彼女が「私は天使だ」と自己紹介したら、騙されやすい人間は信じてしまうだろう。


(……まぁ、オレは騙されねぇけどな)


 一瞬天使かと思い込んでしまったが、おそらく彼女は演劇部の部員か何かだろう。

 天使が目の前に降臨するなど、あるわけがないからだ。


 どんな仕掛けで宙に浮いているのかはわからないが、きっと劇の練習でもしているに違いない。

 昼休みにまで部活に励むなんて本当にご苦労さまだ。


(……しっかし、めちゃくちゃクオリティの高い衣装だな。メイクも完璧だし、何より宙に浮く仕掛けがすげぇ……こんな底辺の高校でもレベルの高い部活や真面目な生徒は存在するんだな……)


 不真面目な生徒ばかりのこの学校で、ここまで本格的な部活や真面目に活動する生徒は珍しい。

 ほんの一瞬ではあるが、本物の天使と見間違えてしまったのはレベルの高い衣装やメイク、そして仕掛けのおかげだろう。

 少しだけ演劇部に興味が出てくるのだった。


 だが、いつまでも見ているわけにはいかない。

 部外者である自分がここにいては練習の邪魔になってしまうし、何よりそろそろ昼休みが終了する時間だからだ。


 だから少女に背を向け、ゆっくりと歩き出す。


 そんなオレの背後で少女が何か呟いたが、セリフの練習だろうと思い、特に気にしないことにした。


 そのまま屋上と校舎を出入りするためのドアに向かう。


 だが、すぐに足を止めざるを得ない状況になった。

 少女が明らかにオレに話しかけていることに気づいたからだ。

 どうやらセリフの練習ではなかったらしい。


 オレは仕方なく立ち止まって振り向き、未だ宙に浮いた状態の少女を見上げた。


「あの……お話があるのですが……」


 さすが演劇部と言うべきか、聞き取りやすいきれいな声で話しかけてきている。


「……オレに何か用か? 用事があるなら手短に頼むぞ」


 そんな少女に対し、オレは淡々と返事をした。

 オレだって暇ではないのだから、長話をするつもりはない。

 時間がかかりそうなら、すぐに話を切り上げて教室に戻るつもりだった。


 そんなオレを、少女がじっと見つめてくる。


 そして一呼吸おいた後、意味不明な質問をしてくるのだった。


「では単刀直入にお訊きしますが……異世界とか興味ないですか?」


「……はぁ?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る