第16話

 世界中の学校、研究機関などで大きな騒ぎが起こる。実現不能と言われた魔法の同時、多重発動の論文が提出されたからだ。

 一例ではるが、お湯を出したいのであれば水を入れた後に火で温める。そんな動作を一つの魔道具で実現できる。ただお湯を出すだけではあるが、これまで一手間かかっていたことが一度にでき、魔力の節約にもなる。

 その汎用性の範囲はかなり広くなる。それはイコールで金を産む卵であり、産業の革命を意味する。


 アルトリス共和国のヴァレンウッドに存在する学校でも当然、教職員含めて騒ぎとはなるがその温度感は他の地域とは比べるまでもない。

 今世紀の大賢者と言われるミリア・グレイのお膝元であり、さらには多重魔法論を完成させたエリ・グレイがいる街であるから。ではない。

 結局のところ、ミリアやエリを学校に呼べるわけでもなく、押しかける訳にも行かない。ただ偉人が一番側にいるだけということだ。であればなぜ、そこまで熱気に溢れているのか。

 歴史の生き証人がいるからだ。


 ヴァレンウッドの小等部には高等部も隣接しており、他の地域と比べても賢者のお膝元であるこの学校では魔法に関しての造詣や意欲がとても高い。

 小等部の低学年でもこの偉業については多くの子供も驚きを覚えたが、高等部の熱気はそれ以上で、生き証人がいることについては、大きな混乱を起こし、小等部、高等部の学長が介入して、高等部の広い運動場に希望者は教師を含めて集められることになる。


 希望者は当然、ほぼ全員にどこから聞きつけてきたのか、魔法関連の開発者や、魔法使い、魔法協会の人間まで勝手に集まってきた。


(どうしてこんなことに)


 歴史の生き証人、クラリス・サイラスは控え室で頭を抱えている。

 多重魔法論の話が出たこと、その発見者であるエリと一緒に登校をしていた人間がいたこと、本日その論文が出されたのであれば、知らないはずがないという考えから、クラリスの所には人が殺到した。

 その混乱を収めるために希望者を集めた、討論会と言えば大袈裟だが、生き証人が目にしたことを聞くための質問会が開催されることになった。


 クラリスは首長の娘であり、こういったイベントごとには慣れ親しんでいるが、自分が中心となるのは初めての経験となる。

 緊張した面持ちで、案内された小高い壇上には声を拡散する魔道具と椅子、飲み物などが用意されており、最前列には首長であり父でもあるロデリックや義母までも参加している。


 クラリスは落ち着かない面持ちで、椅子に座るとまずは小等部の校長が挨拶をする。


「今回の趣旨を説明したい。今朝、魔法界に衝撃を起こすような歴史的発見があった。あの大賢者様も完成できなかった、多重魔法論の論文が正式に提出された。我が街にはその発見者である方もいらっしゃるが、多忙でもある賢者様やその発見者の娘様でもある彼女をお呼びし、迷惑をおかけすることもできない。いずれはとは思っているが、当日となれば更に現実的ではない。だが、我が校にはその歴史的な発見に立ち会った人物がいる、聞ける範囲は限られているかもしれないが、今日は有意義な時間にしたいと思っている。それではクラリス嬢、今日はよろしく頼むよ」


 クラリスは一つ頷くと、マイクの前に立ち挨拶をする。


「ご紹介いただきました、クラリス・サイラスです。正直に申し上げで、私が回答できることは多くないと思います。ただその場にいただけの一般人ですので、予め理解いただけると幸いです」


 最前列にいる人間にマイクが回されて、質問を投げかけてくる。まずは父でもあるロデリック。


「皆が一番気になってることだと思う。君は多重魔法を目にしたのか?」

「はい。実際に二つの魔法の起動とお湯を出すところ拝見しました」


 会場が大きな歓声や、驚きの声、一気に騒がしくなる。

 一呼吸おいて、高等部の学長が次の質問に移る。


「私が見た限りでは、あの論文では魔法の起動など考えられない。身体中に魔道回路と大型の補助魔道具を設置して初めて実現できることだ。発見者の方はどのようにして、それを実現したのか聞きたい」

「エリ様は体に回路を記載することも、補助道具も使うことなく、実現されました」


 驚きのあまり、学長はマイクを落として嫌な音が会場に響くが、それを機にすることなく、隣り合った者同士が、「ありえない」、「嘘に決まってる」など話を始め、次第に怒号に代わっていく。


「嘘をつくなよ!」

「馬鹿にしないで!」


 そんな怒号に対して、クラリスは冷静に落ち着いた声色でマイクを通じて声を届ける。


「嘘ではありません。考えても見てください、多重魔法論という夢、幻想を現実にしてしまう方が私達の常識で捉えられる人でしょうか? そんなはずはありません。私だけではなく、皆さんを含めて大きな歴史の転換期に立ち会っているんです、今は大きな発見を喜び、受け入れて、学んでいきましょう」


 怒っていた中には自信を失い泣いている人間までいたが、クラリスの前向きな意見に涙を拭って何かを決心したような人物もチラホラといたが、圧倒的な才能に絶望している人間も多く存在した。


 まだ騒がしい会場内で次に質問をしてきたのは、過去に賢者の位を授与されたこともある一人の老教師だった。


「クラリス嬢、私は発見者であるエリ様のことを聞きたい。君から見て彼女はどのような人だね?」


 多重魔法論のこととは別に、発見者の人となりを質問した老教師は優しく微笑み、彼の意図を汲み取ってか、壇上に立つ彼女も軽く微笑み、話を始める。


「そうですね……少し待ってください。言葉を選ばないと、いけない方なので。まずは私とは同い年ですがとても落ち着いた方で、一般的な感覚、時間軸とは少し違っているかも。無駄なことを嫌っている? できないのではなく、やらない。美的感覚は独特で、美味しい物、食べることが好きな方ですかね。勿論、魔法には真摯に向き合っていると思います。私も長くお付き合いをしている訳ではなく、最近お話をする機会を得たばかりなので表面的なことしかわかりませんが、彼女は言ってました。多重魔法論はまだ完成していないと」


 完成していない。その発言に改めて会場はどよめく。


「魔法は多くの人が、使えて初めて魔法として成り立つものだと。過去に大賢者様が残した言葉でもあり、私も大好きな逸話の一つです。表面上のことはともかく、そういった信念を持つ方だとわかれば、その人となりはわかるのではないでしょうか」


 かつて魔物や人同士の争いで荒れ果てた世界、魔法も誰でも使えるものではなかった中、魔道具の開発を含めて一般人にも使用できるようにした偉人の逸話。そんな偉人と同じような言葉を話す少女について、その場にいた者達はクラリスが最初にかなり噛み砕き、マイルドに話た、人として少し変わってるよという話はほとんどの者の頭から飛んでしまい、最終的には大賢者の再来という印象だけを残す結果となった。




 


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