第15話

 エリはクラリスに抱きつきながら、気持ち良そうな寝息をたて、クラリスは悪い夢でも見ているのか寝苦しそうにしている。

 そんな姿を確認してヘレナは主人の書斎に足を向ける。


 ミリアは積み上げられた紙を確認しながら一つの書物にする作業を黙々とこなす。

 本来であれば著者となる不祥の弟子の行わせることではあるが、自身の目でもエリが作成した理論を確認する意味もあり、一つ一つ丁寧にまとめていく。


「徹夜に練りそうですねぇ」

「そうだな。ただ年甲斐もなく楽しいよ」

「確かに、楽しそうですぅ」


 お互いにニヤリと笑い合うと、共同でパーツを繋ぎわせていく。

 途中で手を止めては読み耽ったりもするが、最終的には夜が明ける前には一つの本が完成する。


「この魔法ってお嬢様以外に使えるんですかねぇ」

「使えないだろうね。あの子と同じくらいの頭はあれば使える人間もいるだろうけど」


 『普通』の魔法使いは魔術回路や式を道具に移して、魔法を行使する。ただ高出力の魔法となれば道具に頼っての行使はできないため、体に魔術的な印を刻んだり補助的な物を用意するのが一般的である。

 あくまでも補助であるため、知識や記憶力、頭脳も必要にはなる。

 

 エリが作成した理論であればかなり大型の魔道具が必要になってしまい、実際にそれを補助機能なく行使できている彼女が異常な状態だ。


「恐らくは、理論だけではなくその証明も今回は求められると思うから、後日一緒に教会に連れていくさ」

「そうなりそうですねぇ。それにしてもこの理論を数ヶ月って、ご主人様で慣れていましたが、更に感覚がおかしくなりそうです」

「えらい拾い物をしたもんだよ。あの子の師匠ってだけで私の名は歴史に残るだろうね」

「賢者の位を十回連続で得て、既に歴史に名を残している人が何を改めて言っているのか私にはわかりませんがねぇ」


 

 朝日が昇る頃にエリとクラリスが起き来ており、早朝のトレーニングにミリアを誘いにくるが、徹夜明けのため、流石に拒否されてしまう。

 そのまま朝のトレーニングと朝風呂、朝食を済ますと、クラリスは学校もあるため早々に賢者宅を後にしようとする。


「無事に本も完成したからね。もう提出もしたし、学校で話しても問題ないよ。それ以前に朝イチで噂になるだろうからね」

「はい! 素晴らしい経験をさせていただき、ありがとうございます」

「学校、ここからだと距離もあるでしょうし、途中まで馬車を出さなくていいのぉ?」

「大丈夫です! 歩くのには慣れてますから!」


 本当にいい子だと、見送りに揃ったヘレナの家族一同も関心するように頷く。

 どこかのお嬢様であれば進んで歩くことはしないだろう。

 そんな、どこかのお嬢様が可愛げのないロバに乗って登場する。


「……途中まで送る」


 乗ってけよ彼女! とドヤ顔でロバの背中を叩く。


「いえ、その、大丈夫ですから」


 表情こそ変わりはないが、世界の終わりのような雰囲気を醸し出す。


「えぇっと、やっぱり途中までお願いします」


 エリは死んだ魚のような目ではあるが、元気にライアンの背中を叩き回す。対象となるロバは非常に迷惑そうな顔をする。

 クラリスが慎重にライアンにまたがる。鞍もないので不安定だったためか、思わずエリに抱きついてしまう。


「……振り落とされるなよベイビー」

「どこからそんなセリフ覚えてきたんですか」


 言葉とは裏腹に振り落とされるのが難しいような速度で、ロバは歩みを進める。

 それにリリーも護衛として、同行する。


 少女達を見送った後に大人達は仮眠やそれぞれの仕事に戻っていく。

 そしてクラリスは大きな後悔をすることになる。

 途中までという話であり、再三ここまでよいという、途中下車を申し出たがご機嫌なエリが悲しそうな雰囲気を出すので降りるに降りれなくなり、学校まで到着をしてしまう。


 げっそりとしている、金髪碧眼の美少女とは対照的に、満足気にエリはリリーと去っていく。

 当然、馬車でもない、おかし気なロバにまたがって登校した少女の噂は学校中に広まるのにそこまで時間はかからない。



 クラリスが逃げるようにして自分の教室に入ると、それを確認した数人のクラスメイトはヒソヒソと会話を始める。

 小等部は六歳から十歳までの子供が通う、戸籍に登録している人間であれば通うのが義務となっている場所ではあるが、優秀な子であれば飛び級などもあり、クラリスもまた八歳にして最終学年に通う優秀な生徒ではあった。

 そんなただでさえも学年で浮いている存在の少女がロバにまたがっての登校ともなれば、好奇の目で見られることにはなる。


「クラリスー! なんか今日、ロバで登校した子がいるって聞いたんだけど、それがお前だって聞いたんだけど本当なんかー?」

「ジェシーさん、クラリスさんが困ってますよ」

「ルナはうるさいなー。クラリス成分を補充してるんだよぉ! ウヘヘヘ」

「これで女子じゃなければ、ただの犯罪者ですね」


 ジェシーと呼ばれた、黒髪の少年のような少女がまとわりつき、ルナという少女は藍色の髪を長い髪を弄りながら、注意を促す。


「それにクラリスさんがロバに乗るはずないじゃないですか」

「そだよねー! 見間違いだよね!」

「う……あれは私なんだよね。その、賢者様のお嬢さんに誘われて」

「賢者様の娘さんがロバに乗ってるって本当だったんだ……っていうか流石は首長の娘、既に賢者の娘さんとも知り合いなんだね。私もお近づきになりたい」

「私もー! めっちゃ美人? 可愛いらしいじゃん! 抱きしめたい!」

「やっぱり犯罪者っぽいですよね、ルナさんは」


 ジェシーは肉屋の娘であり、ルナは魔道具屋の娘、飛び級で浮いた存在であるクラリスとも分け隔てなく接してくれる数少ない友人でもある。


「二人共、騒がしいよ。私だってお父様きっかけではあるけど、仲良くさせてもらってるのも、アップルパイ目当てだと思うよ」

「「アップルパイ??」」


 三人娘が仲良く? 話していると、慌てた様子の教師が顔だけ見せて、自習! と言い放つと走って去っていく。

 生徒達は呆然として静まり返るが、直ぐに騒がしくなりし、少しして情報を得てきた生徒から生徒へと話が回り、大騒ぎとなる。


「多重魔法論が発表された! 賢者様の娘らしい!」


 


 



 


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