第14話

 ミリアは魔法使い、魔法についてこう論じている。


「魔法使いに重要なことはまずは単純だね。頭の良さだ。今は補助もできる魔道具もあるが、魔術式を記憶することは必須だ。単純に記憶力が良ければある程度の魔法も使えるようになるが、そこから先は繰り返しトライアンドエラーをして、その魔法の特性や感覚を理解していく。通常の魔法はこうやって熟練度を上げていく。魔道具の作成に落とし込むのは更に大変だよ、頭で作ったものの理論を書き出さないといけないんだ、感覚でやっていたことを、魔術的な回路として書き出す。これもまたトライアンドエラーを繰り返していく、魔法使いってのはアホみたいな奴がやる職業だよ。これを死ぬまで、人によっては死んでもやりつづている奴がいるんだからね」


 エリはそのうちの一つは間違いなくクリアしていた。大賢者の助けや魔術構築のヒントもあった。

 それでも彼女はたった数ヶ月で魔術界の夢を達成してのけた。


『上々ではないか。やはり私の理論は間違っていなかった。第一段階はクリアだな」

「……うん」

「きゃあああああああ!」

「ご、ご主人様を呼んでくるわね!」


 クラリスはあまりの驚きから叫び、普段はおっとりしているヘレナは走って自分の主人を呼び行く。

 エリは二つの魔法陣を一にまとめて、適温のお湯を出してポットに注ぎ始める。

 その様子を半泣きでクラリスは眺めていた。



 ヘレナや他の面々とは違い、ミリアは落ち着き払っおり、トントン拍子にクラリスは泊まっていくことなる。

 ミリアもエリも多重魔法について多くのことは語らず、いつもと変わらない様子で夕食が終わると食後のお茶を楽しむタイミングで、クラリスに声をかける。


「クラリスもすまないね。変に巻き込んでしまって。今日で論文はまとめるから、安心してほしい」

「私は大丈夫です! 情報の漏洩とかもありますから理解はしてます。でも賢者の審査会に提出するんですね、ああいうのはギリギリに出すのが通例なのか思ってました」

「まぁね。先出よりは後出しの方が様々な面で有利だから仕方ないさ」


 ヘレナは白砂糖だけを舐めていたエリから、砂糖壺ごと取り上げて、減り始めていたカップにお茶を注ぎ、食べ足りなそうなエリには残っていたアップルパイを出す。


「ご主人様は仕方ないって言いますが、結局のところは圧倒的なものであれば後も先も関係なんてないんですよぉ。ご主人様を含めて天才って呼ばれるような人は気にすることなく、ぽんぽんと出しちゃいますから」


 クラリスもヘレナのコメントに苦笑いをしながらお茶を啜る。


「私が天才とはおこがましいさ。さて、アップルパイを食べ終わったなら、風呂にでも入っておいで」

「……うん。いこ」

「え? 私も一緒なんですか? えぇえー」


 驚きはするものの、嫌がっている様子はないく引っ張られるまま、大浴場に向かう。

 エリが豪快に服を脱ぎ捨てると、小さなタオルを肩にかけて脱衣所から浴場へ向かう扉を開けるが、早く来ないのか? と裸になることを恥ずかしがっているクラリスに視線を向ける。

 取り急ぎ、服を脱いで大きなタオルを体に巻きつけるが、それもエリによって取り上げられてしまう。


「……マナー違反」


 そう言って、でかいタオルを取り上げると、小さいタオルだけ渡す。

 恥ずかしさと、まさか常識がなさそうな相手にマナーを指摘されると思ってなかったクラリスは涙目になる。

 大浴場に入れば熱気と木材の良い香りが漂ってくる。普段の怠そうに動かない姿と違い、エリは既にシャワー前に座って体などを洗い始めている。

 クラリスが隣に座りシャワーで体を流していると、背後に回ったエリが背中を流してくる。

 無言のまま、背中を流し終えると、次はそっちの番とスポンジを渡されるので背中を流す。一連の流れが終わると髪を小さいタオルでまとめると、そそくさと浴槽の中に入ってしまう。

 

 少し遅れてクラリスも恐る恐る、浴槽に足をつけ、ゆっくりと体を温泉の熱さに慣らしていく。


「……慣れてない?」

「うっ、この街は温泉が有名ですけど、家族風呂とか以外は行ったことないんです。恥ずかしいし」

「……恥ずかしい。理解不能」

「えぇー。そんなことないですよ。恥ずかしいものは、恥ずかしいです」

「……今は?」

「確かに慣れちゃえば、そこまでは」


 まったりと内湯に浸かり、火照った体を冷ますために露天風呂へと移動して、風呂を楽しむ前に木製の板の間で横になって夜空を見上げる。

 秋口ということもあり、適度に冷たい空気が体を適度に冷ましてくれる。


「気持ちいいー。これは少しハマるかもですね」


 クラリスの呟きにエリは反応することなく、目を閉じて横になっている。


「エリ様は本当に尊敬します」


 小さく呟かれるように、言われた、話しかけられた、唐突な内容に対して、エリも顔を横むけて無言で反応を示す。


「多重理論を完成させちゃうなんて、本当に凄いです。次の賢者になるのはエリ様で間違いないですよ」

「……まだ完成じゃない」

「完成したじゃないですか?」

「……あれを使えるのは多くない。魔法は皆んなが使えて初めて魔法として完成する」


 クラリスがその言葉を聞いて横を向けば、眠そうであり、真剣? な眼差しのエリと目が合う。お互いに視線を逸らすことはない。

 

 エリが言った言葉は過去にある偉人も似たことを口にした。

 魔法を特権的な、独占的なものではなく、多くの人に広げ、周知し、皆が使えて初めて魔法と言える。そんな言葉を残した賢者がおり、彼はその言葉の通りに閉鎖的だった魔法の世界を変えた。


「それって大賢者様が残した言葉ですよね。意外です、エリ様もファンだったんですね」

「……ファン? ありえない。口酸っぱく言われてるだけ」

「賢者であるミリア様もやっぱり同じような信念を持ってるんですね!」

「……うん? そんな感じ」



 

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