第10話

 お嬢様はパンの切れ端をもらってご機嫌で食べている間、女店主は従者であるリリーにとある相談をする。


「実はですね。賢者様のおかげで、ありがたいことに人気が出てはいるんですが、人手が足りず、一度店を閉めようと考えているんです」


 店を閉めるという発言を聞いて、エリはパンを口いっぱいに詰め込んだまま、店主の服を掴み大きく顔を横に振る。


「あはは、そこまで気に入ってくれてありがとうね。私としては多くの人に食べてもらいたいんだけど、一人では限界もあるし、人を雇いれるにしても技術の向上まで時間がかかってね。だから一度は店を閉めて集中的に教え込んでから開き直そうと思ってるんですよ。期間としては一年くらい、幸いにして蓄えも出来ましたしね」

「そうデスか。残念ではありますね」


 パンを飲み込んだ、エリはサムズアップして見せると、無言のまま店を出てしまう。


「このことはご主人様にも伝えておきます。日時が決まったら、改めて連絡をお願いします」


 リリーは慌てて、外に出ると馬車の乗り降りができる広場の方に一度は向かったエリを追いかけるが、なぜか引き返し、商店街を駆け抜けて、奥まったところにある飴屋に向かい、リリーにいくつかの飴を指差し、購入をしてもらう。

 改め広場から馬車に乗り自宅まで送り届けてもらうと、ズンズンと母親であり女主人の仕事部屋にノックもなしに入室をする。


「お嬢様、ノックはしないとダメデス!」

「騒がしいね。どうしたんだい、興奮して、外は楽しかったようだね」


 何かを喋ろうとするエリではあったが、口パンパンに詰まった飴のせいで話すことができず、無言のままミリアの机から紙とペンを引ったくると、ソファーに座り口をモゴモゴと動かしながら同時に何かを描き始める。


「マイペースな子だね。リリー、戻って早々で悪いけどお茶の用意をしてもらえるかい」

「かしこまりました」


 エリの口からパンパンの飴が消える頃には、紙に書いていた内容も完成したようで、それをミリアに手渡してくる。

 パン屋への投資計画、安定して美味しいパンを提供するための計画がつらつらと書かれており、人員については孤児院から出る必要性のある子供たちの雇用や、一人前になるまでの必要経費、その後に2号店を作った後の収益の予想推移など、子供らしからぬことが書いてあるが、閉店中のパンの試食係にちゃっかりと就任しており、自分自身の利益を考えての子供らしい記載もされている。


「リリーからも聞いたけどね、最終的に決めるのは店主だ。お前が写本してくれた本や、大賢者様の著書の複製、これまでの仕事の賃金もある。店主がよいのであれば好きに進めるといい。リリー、面倒だと思うけど補佐をしてやってくれ」

「かしこまりました」


 エリが意気揚々と出ていくと、それを追ってリリーも退出する。

 騒がしい部屋に静寂が戻り、冷めた紅茶を眺めていると、タイミングよくヘレナが代わりのお茶を持って入室してきた。


「エリ様らしいですねぇ」

「そうだな。食い意地が張ったあの子らしい」

「あの従者コンビは上手くやれそうですねぇ」

「うん。リリー有能だし、ヘレナの代わりもいずれは勤め上げるだろうが、年齢も離れているし、子供の出産もある。エリは子供以上に手がかかるし、別の人材も探す必要はあるな」

「募集をするれば、応募はあるでしょうがー、肝心のエリ様は気難しいですからぁ」

「そうだな。まぁ、まだヘレナも現役の訳だし、ゆっくりと探せばいいか」

「私だって孫と遊んだり忙しくなりますぅ。早く探しましょう」


 

 当日中に二回も賢者の家の者の来訪があり、女店主は恐縮していた。


「言ってくださればこちらから出向きましたのに」


 いいからこれを見てくれと、計画書を店主に渡すが、内容を理解することができず首を傾げる。

 

「お嬢様、誰しもが理解できるわけではありません。人に合わせるというのも重要な内容デス。説明できますか?」

「……当然」


 エリの説明を受けて店主は更に首を傾げることになり、寝てもないのに寝違えてしまいそうなほど、肩がこってしまう。

 最終的にはエリに代わって店主には掻い摘んだ概要を案内すると、投資の話について喜び承諾をしてくれた。


「これでお気に入りのパンの安定供給ができそうデスね」

「……うん」


 ミリアには理解してもらえたが、店主には理解してもらえず、それをリリーが上手に話している姿を見て、少し気を落としてしまう。


「適材適所デス。そのために私がおります、お嬢様は急に沢山の知識を得ています。ゆっくりと咀嚼していきましょう」

「……歩くの面倒」


 元気がなかったのが、歩くのが面倒が優先されているのか、プレゼンが上手にできなかったことが起因するのかはもう誰にもわからない。


「抱っこしましょうか?」

「……格好わるい」


 少なくともプライドはあるらしい。

 だるいと呟きながら広場に都着した時には既に夕暮れ。馬車を待っていると、元気がなさげな商人風のおじさんが、不細工なロバを引いて歩いていた。そしてその目元はどこかの賢者の娘を彷彿とさせるやる気の感じない目だ。


「……可愛い」

「あのロバですか? 可愛い? デスかね」


 ロバを指差したのを目ざとく見つけた商人が満面の笑みで近寄ってくる。


「これはお嬢様! このロバ、素晴らしいでしょー! ん、あっ、失礼しましたー」


 リリーの圧もあったが、到着した馬車や彼女達の衣服に刻まれた紋章を目にして、その場を後にしようとする商人だったが、エリはロバをペタペタと触り始めていた。


『此奴、天馬の血が流れてないか? あいつは趣味が特殊だったからなぁ、これを可愛いというエリも特殊な趣味ではあるがな! ガハハ』

 

 どこで寝ていたのか、ロバを触っていたエリを変人が煽る。


「……可愛いもん。ね」

「うひん」

「なんと言うか、鳴き声も独特デスね」

「あの、このロバは売れ残りでして。まぁ容姿は独特ではありますが、力もありますし、荷運びなど優秀な部分はあるんです。まぁそれを指し位引いても独特な鳴き声と容姿ではあるんですが……」


 売る気満々だった商人も申し訳なそうに話をする。これでエリが可愛いと言わなけばもう少し貶す営業トークをして、価値を下げ逃げるところではあるが、エリが気に入ってしまったため、できるだけ買わないように仕向ける。

 賢者の娘相手に下手な商品を売ることなんてできない。商人は目で強くリリーに訴えかける。

 またリリーも流石にこのロバはと、一緒にエリを説得しようとする。


「お嬢様、別のロバや馬、ポニーなどを見てみてはどうでしょうか? 商人さん、他にもいるんでしょう?」

「はい! 今はおりませんが、数日いただければご用意した上で連れて参ります。はいぃ!」

「……貴方の名前は今日からライアン」


 既に名前まで決まってしまった。


「うひん」


 体でも目でも、声色でも喜びを表現することがなく、喜んでいるのかは不明である。

 そのまま、ロバにエリが乗ってしまう。小柄なエリには丁度いいサイズ感ではあるが、不細工のロバに乗る美少女。実にシュールな絵面となってしまう。


「お嬢様、まだ商人さんも売るとは話が決まっては……」

「……ライアンだもん」


 こんな時には子供らしい一面を見せ、もう離すつもりはないとライアンに縋りつき、離れようとしない。


「商人さん、おいくらデスか?」

「いえいえ、滅相もないです! 売れ残りで大食漢なのでいるだけでも赤字なので、引き取っていただけるなら無料で大丈夫です!」

「そういう訳には参りません」


 商人は渋々、通常のロバと同じ値段を受け取り、細かい書類については翌日、自宅に届けることで話がついた。

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