第11話

「エリが希望したなら仕方がないだろう」

「ご主人様は娘が出来た途端に甘いですねぇ。あら本当に独特な顔の子ねぇ」

「……ライアン」


 エリが自慢げにライアンを紹介する。

 リリーがその間にもライアンを綺麗に洗い上げる。賢いのか、面倒なのか、終始大人しくしている。


「動物は飼い主に似るとは言うが、既に性格は似てる気がするな」


 ミリアの許可もなし崩し的にではあるが、出たため、翌日には書類を承認から受け取り、馬小屋ならぬ、ロバ小屋も完成した。

 ライアンとエリのコンビが結成されると、家の中では禁止されたので乗ることはなかったが、少し外を移動する度にライアンに乗って、書物をしながら移動する姿が見られるようになる。


「あれもエリ様なりに歩くことが時間の無駄という考えなんですかねぇ」

「知らん。大賢者様もネジが外れたような人だったという逸話があるが、あの子が賢者になる日にはこの話は絶対に残るだろうな」

「あら、お母様兼お師匠様としては賢者になる可能性があるということですかぁ?」

「茶化すな。あの子は賢者くらいにはなるだろうさ、それも私の記録を塗り替えての最年少でな。さて、今日は首長のとこに行かねばならんのだったな。同年代の娘もいるし、あの子も連れて行くぞ」

「かしこまりました。ライアンはどうしますかぁ?」

「流石に置いていかせろ」



 アルトリス共和国では民意によって都市の首長が選ばれ、その首長の投票によって国主が選ばれる。

 国主にも首長にも立候補するのには厳しい基準があるが、貴族と違い世襲ではないものの、一つの一族が首長になり続けるケースも多い。

 五年の任期と連続で二回までと決められているが、五年開ければ再度の立候補ができるため、自分の妻や親族に十年任せた後に再度、自分が勤め上げるなど、そういった都市も少なくはない。


 このヴァレンウッドの街でも先の内容と同様で、商家としても有力なサイラス家がここ五十年は首長を独占している。

 最近では人身売買という大きな問題は起きはしたが、誠実で清廉潔白と噂の首長の人気は今だに高いままだ。


「クラリス、いいかい。今日は賢者様の新しいお嬢さんもいらっしゃる。しっかりとお相手を頼むよ」

「お父様、お任せください!」


 金髪碧眼の絵に描いたような溌溂した美少女が父親に元気よく受け答えをする。

 昼時になると、秘書の人間が来訪者の到着を伝える。


 白髪の短く整えられた女性と栗色の柔らかい雰囲気を持つ女性、その間にいるのは深い緑の髪と神秘的な相互の瞳の色が違う美しい少女がいる。

 ただその美しい少女はどこか儚げで、目もふしめがち、元気がなさそうに見える。


「ようこそおいでくださいました。賢者様。

「お招きありがとう。ロデリック」

「今の妻とは初めてですよね。アリアナです」


 ミリアほどではないが、気が強そうな真紅の髪色をした女性が優雅に一礼をする。


「それにクラリスとは前妻の葬儀の時だったので、生まれてすぐの時以来ですかね。この子にとっても初めても同然ですね」

「は、初めまして、いえ、お久しぶりです、賢者様! クラリス・サイラスです」

「大きくなりましたね。学校での成績も優秀と聞いています」


 ミリアがクラリスの頭を撫でると、少し恥ずかしそうにするが、顔を赤らめて満面の笑顔を見せる。


「貴方は違い無愛想な子ですが、私の娘です。よければ仲良くしてやってくれ。挨拶を」

「……エリ・グレイ。です」


 余興のない返答。ふしめがちだった瞳も、よく見れば死んだ魚のような覇気がない瞳にも見えてくる。


「よろしくおねがします……」


 クラリスが手を差し出しても、手を出すことがなかったので、手をつかみ取って、苦笑いをしながら握手をする。

 つつがない? 挨拶が完了し、食堂にそのまま誘導され、昼食会が開催される。


 取り止めがない雑談から始まり、パン屋への投資であったりなど最近の出来事などの雑談をしながら和やかに進んでいるように見えるが、食事が始まってもエリは不機嫌なままで、出された物は食べるものの、首長や夫人から質問されても簡単な返答のみで態度は非常に悪い。


「すまないな。自慢ではないが私が認める力はある子だが、少し社交性というものには欠ける。親バカかもしれないが悪子ではないのだ」


 ミリアのフォローもあってか、サイラス夫妻も苦笑いをし、失礼な態度を承諾してくれた。


「夫人は帝国の貴族のお嬢さんだったとか、どうしてまた共和国に?」

「国民が自主性を持ってなんて素晴らしいと思いまして、まぁこれは建前で夫に惚れたからなんですけど」

「いやはやお恥ずかしい。後妻ではありますが、クラリスにも良くしてくれますし、自慢の妻です」


 雑談が節目を迎えたのは昼食が終了した後だった。


「それで、誘拐事件の進捗はどうなっているのか、伺いたい。おっと、子供らは子供同士で遊んでおいで」


 子供に聞かせる内容ではないため、ミリアが二人の少女の退出を促す。


「ではエリ様、私のお部屋に行きましょう! 可愛いぬいぐるみありますから」

「……わかった」


 クラリスの部屋は絵に描いたような少女らしい部屋となっており、ぬいぐるみ、少女向けの小説、机やベットを一つとっても、ファンシーな作りとなっている。


「……興味深い」


 少し目を見開いて、エリが部屋を見渡すと、確認もせずに小説を複数巻抜き取ると、ソファーに寝そべり読書を初めてしまう。

 呆気に取られたクラリスは、ため息を吐いて、待ってるように伝えると部屋を一度後にする。


 キッチンに向かうと、慣れた手つきでお茶や用意していたアップルパイを切り分けて、トレーに乗せる。


「クラリス様、そんなことは我々がやりますよ?」

「好きでやってるの、気にしないで!」


 人当たりが良い笑顔を見せると、少し不安定ながらもトレーを部屋まで運んだが空けるすべがないことに気が付く。


(あの子に声をかけて開けてくれるかしら? うーん、期待できない」

「……お菓子の匂い」

「わぁ! 驚いた!」


 エリが自分から扉を開けて、クラリスを迎え入れる。

 クラリスからのお礼もそこそこに、手づかみで切り分けられたアップルパイをパクつく。


「美味!」


 死んだ魚が息を吹き返した。

 クラリスの分も含めてアップルパイを平らげると、淹れてもらったお茶を飲み干し、眠くなったのか、小説も片付けずに、ぬいぐるみを枕に寝ようとする。


「小説も途中で投げ出して、口も汚れたままですよ」

「……もう全部読んだ。ありがと」


 十冊ほど積み上げられた小説を見て、首を傾げながら口元を拭いてあげると、寝息が聞こえてくる。


「よくわからないけど、自由な子だなぁ」


 寝ているエリの邪魔をしないように、結局のところクラリスはほぼ一人で時間を潰すことになった。

 暫くして、使用人が帰宅の時間だと知らせにやってくる。


「わかりました。エリ様、帰宅の時間ですよー」

「……わかった」

「寝起きはいいんですね。あのぬいぐるみは返してくださいね」


 エリは起き上がると、枕にしていたぬいぐるみを抱きしめて、何もないところを見上げる。


「……紙とペン」

「え? あ、はい」


 クラリスの話を受け取ることはなく、一歩的にエリはボールを投げつけてくる。


「……これ」


 エリから手渡された紙には綺麗な字でまとめられたレシピの記載がある。


「このレシピって、もしかしてお母様の? 賢者様が教えてくれたんですか? 昔、お母様が賢者様にアップルパイを出したことがあったって」

「……うん? うんそうそう」

「お母様……」


 よしよしと、エリがクラリスの頭を撫でる。

 その姿を見て、使用人が微笑み、遅いからとやってきたヘレナも暖かく見守る。


「……次も期待してる」

「はい!」

「あらあら、この短時間でお嬢様の心を掴むなんて、将来有望ねぇ」

「……心の友」

「そんな言葉、どこで覚えてきたんですかぁ?」


 クラリスはエリと手を繋ぎながら、玄関まで見送る。

 仲良さそうにする二人に、ミリアもヘレナ以上に驚きの表情を浮かべ、また会おうことを約束してエリ達は屋敷を後にする。


「ぬいぐるみ、返してもらうとの忘れちゃった」



 車の後部座席にエリとミリアは並んで座る。

 屋敷が遠のいたタイミングを見計らって、エリに問いかける。


「それで、いたのか?」

「……いた。沢山の子供達」

「そうか、残念だよ。ロデリック」

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