第7話
賢者のところにエリが転がり込んで、一週間が経過した頃に来訪者がやってきた。
「あらあら、どうぞー。エリ様、お友達ですよー」
エリの反応は返ってこない。
客間に案内された、男女は椅子に腰掛けて、エリの到着を待つ。
暫くして、ヘレナの小脇に抱えられてやってきた、エリは非常に不機嫌そうな顔をしている。
来客の人相を確認すると同時にその場から逃げようとバタバタとして、動けないことを悟ると両手を顔で覆って自分はいないですよと、アピールを始める。
「エリちゃ、いや様。元気そうでよかった。お兄さんのこと覚えているかい?」
おじさんがまずは話しかけてくるが、エリを美味しくないスープが出るとところに連れて行った張本人の二人がやって来たことに顔を白くさせる。
「……もう美味しくないとこは嫌」
「え? 美味しくないとこ? ああ、すまなかった! 食事の費用も横領されてて、粗末な物だったようで、本当に悪かった。今日は謝罪と様子を見に来ただけで、もう街であっても逃げなくて大丈夫だから」
「……わかった」
大人しくなったエリをヘレナが椅子に座らせると、クッキーと紅茶を用意する。
用意されたクッキーを自分の方にだけ、引き寄せようとして、ヘレナに手を叩かれるまでがワンセットになっている。
「エリ様、元気そうで何よりです。最初に出会った時のことが嘘のようにお綺麗になられて……沢山食べているのでしょうね。とても健康的にもなってきて」
院長は涙脆いのか大粒の涙を流す。
「食い意地ばっかり張っていて困っているがね」
どこから聞いていたのか、ノックもせず、家の主人が入室する。
それを見て、院長も衛兵長も立ち上がり、頭を下げる。ヘレナも同様の動作をするが、エリだけはお構いなしにクッキーを貪り続ける。
「お前は……食べ物については野生児のようだね」
ミリアが席に着くと、追加でお茶が用意され、簡単な雑談が始まる。
街のことや孤児院のこと、エリの近況について。
「聞けば、母親がいた時にも食事を満足に与えられなかったようでね。その為に食べ物対して特別な執着を見せていると考えていたんだが……数日暮らしてみてこれは生来のものかもしれないと、結論付けたよ」
大人四人の笑い声を他所に、エリはクッキーを食べ切ると、お茶を飲み干しお構い無しに部屋を後にする。
「小さく痩せ細っていたから五歳くらいかと思ったが、あれで八歳だそうだ。まだまだ年相応とは言えないが、徐々に体も精神面も改善されていくだろうさ」
エリが向かった先は賢者の書籍が保管されている地下室。
ここ最近のエリの棲家はここになっており、本を貪るようにして読み漁っている。
内容によるが早いとものの数分で読み切ってしまうので、賢者の蔵書を読み終えるのも真近である。
『なぁ、そろそろ、私の著書の作成に移ってはどうだぁー』
「……下地があるのとないのとでは違う」
『そりゃそうだがなー。それだったら私が直接講義しながら本を作ればいい!』
「……煩い」
ミリアとヘレナは来客者を見送り、執務室に戻る。
ヘレナはお茶を、ミリアは溜まっていた書類に目を通しながら、会話をする。
「エリ様の読書のスピードは凄いですよねぇー。あれで本当に頭に入ってるんだから驚きです。本当に司書の扱いのままでいいんですかぁ?」
「ふんっ、ただ記憶力がいいってだけでは話にならないからね。魔術師になりたいのであれば本人の意思が重要だ。ただ食べるだけなら今のままで十分だろう、最後は覚悟が必要だ。深淵を覗く覚悟がね。わざわざ、自分から過酷な道を選ぶこともないだろう」
「ご主人様は厳しいけど、お優しいから。そんなことを言って少し期待してしまってるんではないですかぁ?」
「煩いね」
エリが司書として働き始めて、二ヶ月。
朝起きれば、ミリアと一緒にトレーニングを始め、朝風呂に入って、朝食を食べる。
常識を学ぶ為に皿洗いや後片付けを手伝った後には、書籍を読み漁りなら整理をする。昼食時にはこれも作る手伝いをするが、つまみ食いが多すぎて、よく叱られている。
その後は夕食まで地下室に閉じこもる。呼ばれなければ時間を忘れて篭っているかもと言われるほど、本の虫となっている。
『あの知能のかけらもなかった娘が、変わったものだ。今では知識の虫だ』
「……楽しい」
『そうかぁー。まぁ、私は既に寿命なくなってるし、お前の気が済むのを大人しく待ってるとしよう』
「エリ様、も直ぐ夕飯デスよ」
リリーが夕食の時間を伝えにやって来たが、その様子がおかしいことに変人が反応する。
『あの娘、目が赤いな。泣いていたのではないか?』
エリは変人の話に興味がないようで、ご飯、ご飯と呟きながら、本を片付ける。
『お前は人との関わりも少しは持ち、感情の機微ってものを学ぶべきだな。飯や本以外にも勉強することは多いぞ。お前だってそのうち好きな男ができるかもしん』
「……男? 交尾はまだ私の年齢では適当ではない」
リリーはエリを待っている間に、ため息を吐きながら近くにあった椅子に腰をかける。
『いいか、私の言う通りにやってみろ。あの可愛らしい少女を元気付けてやるんだ!』
「……わかった」
リリーの側に椅子を持っていくと、隣会うようにして座る。
「……どうしたんだい、子猫ちゃん。君には涙は似合わないよ」
あまりの棒読みにリリーも吹き出してしまう。
エリ本人としては真剣そのものではあったが、変人が言うようにやって笑顔になったことから、自分の演技も捨てたものではないと、充実感を得たような笑みを見せていた。
「エリ様、当然どうしたんデスか? でも元気が少し出ました。気をつかっていただきありがとうございます」
「……相談上手」
自信満々に親指で自信を指差す。
「そうデスか? エリ様であればそうなのかもしれません。普通の子供、エリ様の年齢のような方に相談するべきことではないのでしょうが。沢山の知識を持っているであろう、エリ様に相談をしてもよいでしょうか?」
「……どんと来い」
「はい。実は子供が出来なくて。私の一族は元々子供が非常に出来ずらいんデスが、には悪いので、子供が出来たら結婚しようと話をしてたんデス。でもこの五年ほど頑張ってはみたんデスが、ダメで。だからマイケルには別れてほしいって話をしてたんデス。彼、優しいのでそんなことは出来ないって、里子を貰えばいいって言うんデス。でも私は、ご主人様にも義母様にも申し訳なくて。お優しい方々だし、私を責めることはないけど。マイケルのことはご主人様も孫のように思ってくださっているし、もっと相応しい相手がいるんではないかと思っているんデス」
『これは八歳の子供にはあまりに重い話ではないか?』
「……了解した。交尾の話」
「こ、交尾だなんて、そんな。そうなんデスけども」
『あんなに赤裸々に話て、今更恥ずかしがるのかこの娘。萌えるな!』
エリはリリーを真っ直ぐと見据える。
「あの、エリ様?」
吸い込まれるような美しい青い瞳が、眠そうな表情から一変して見開かれる。
『おい、エリ。何かあるのか?』
「うん。多分ずっといる黒いのが悪さをしてる」
エリが唐突にリリーの背中に手を伸ばし、空を掴む。
黒い影が嫌な奇声を上げるが、青い瞳が光に照らされ更に強く光ると、握られた手に黒い影が吸い込まれていく。
『なんだったのだ? あの黒い影は、呪いの類か?』
「たまにああいう、危ないの? いる。面倒だから関わりたくないけど、リリーはご飯を運んだりしてくれるから」
「あの……エリ様? 何がどうなっているのでしょうか?」
「……ん、心配ない。今夜辺り励むといい」
「えっと。はい。話してみます」
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