第6話

「そうかい。引き続き問題解決を頼む。何か助力が必要であれば私のとこにきな。それで院長まで何用だい?」

「あの、賢者様がエリちゃ−−様を雇い入れるとエレナ様からお伺いしまして」


 ミリアがエレナに視線を向けるとニッコリと微笑み頷く。


「孤児院の子だったのか? それにしては見窄らしい状態だったけどね」

「いえ、今は孤児院も人員と金銭の問題でこれ以上の受け入れができず、エリ様を見つけた時に一時保護の地域に案内をしたんです。衛兵長と一緒に」

「ほう。あの問題が起きた一時施設にね。少し座って話を聞かせてもらえるか?」


 二人から事件のあらましを聞く。

 今回狙われたのはエリだったこと、事前に察知したらしく逃げるだけでなく、汚い字で衛兵が今夜にも少女を襲うとしていることを伝えて姿を消したこと。

 今回は、たまたまエリの話を役所の職員と協議していたとこにヘレナが現れて、保護している話を聞き、二人は元々、賢者様が気が付いて内部調査でもしようとするためにエリを使ったのではないとも考えてらしく、子供の扱いが問題ないか不安を覚えたという話をする。


「面白いことになってるね。まずはエリが我が家に来たのは偶然だ。恐らくだけどね。今回のあらましも知らなかったよ。司書として働いてもらうつもりだけど、酷い扱いはしないから心配しなくてもいい。不安であれば見においで」


 二人は緊張の糸が途切れたのか、胸を撫で下ろす。

 タイミングを見計らっていたのか、手続きを終えたことを職員が伝えに来たので、エリの身分証を受け取って席を立つ。


「ヘレナ、先に車に戻るよ。諸々やっといてくれ」

「かしこまりしたぁー、ご主人様」


 ミリアが席を立った後に、ヘレナは財布から取り出した紙に数字を書いて、院長に手渡す。

 院長は立って受け取った紙の金額を見て、また椅子に腰を下ろしてしまう。


「こ、腰が……驚いて、腰をやってしまいました」

「大丈夫ですか、院長!」

「あらあら、お互いに年なんですから、体は大事にしましょう」


 衛兵長が慌てる中、ヘレナが軽く腰を揉んでやると、院長は立ち上がることができるようになる。


「ヘレナ様、何から何まで、ありがとうございます」

「いえいえ、感謝であればうちのご主人様にお願いしますー。気難しい顔をしていますけど、子供を思ってのあなた方の勇気ある行動に感銘を受けているはずですから、そのお金も有意義に孤児院の運営に使ってください。あとはご主人様は意外に足元まで見えていませんから、困ったことがあれば尋ねてきてください」


 

 ヘレナが車に戻ると、気難しそうな顔をした女主人、ミリア・グレイは余計なことを言ってないだろうな? という視線をヘレナに対して向けてくるが、当の本人は意に解さず鼻歌混じりに車を動かし始める。


 車なんてものはこの世界に数台しかなく、街がそれを走っていれば賢者様が移動していることなんて丸分かりであり、畏怖するものもいれば一眼見たいと近寄ってくるものも数が少ないがいる。

 ただこの街では賢者に対して尊敬の念を持っており、移動している姿を見れば積極的に道を開ける。


 賢者様がこの車を使用して移動をするとこなんて精々、役所や首長宅に行く時、あとは魔法関連の発表会に行く時など数は限られており、基本的にお忍びであれば歩き、または馬車を使用する。

 そんな賢者が下町のパン屋に車で乗り付けてきた。


「ここか? あの娘が言っていたパン屋は」

「そうですねー」


 パン屋の女店主が自分の家に賢者様が来るわけがないと、顔面蒼白になりながら店の前に停められた車を店の扉を開けて半分覗き込んでいると、遠目からしか見たことがない賢者とその従者が降りて真っ直ぐこちらに向かってくる。


「ごめんくださーい」

「ひぃいいいい」

「賢者というのも存外不便なものだ」

「まぁまぁ、喜んでいただけるのはいいじゃないですかぁー」

「あれが喜んでいるのか?」

「腰を抜かす人多いですからねー。その為に私がいると言ってもいいかもですぅー」

「嫌味か」


 エレナが腰を何度か揉むと、立ち上がれるはずなのに、土下座をしたまま、顔を上げることはない。


「店主、ここのパンは美味いと聞いたので来た。普通に接してくれると嬉しい」

「はいぃ!」

「よければ試食とかできますかぁ?」

「はいぃ!」


 疲れた表情の賢者に、それを面白がっている従者。


「そんなに疲れるなら、お忍びでくればいいのんじゃないですかぁー?」

「黙れ」

「あんな見窄らしい状態のエリちゃんに親切にする人ですから、お礼も含めてなんですよねー?」


 ミリアは忌々しそうにヘレナを見るだけで、店内に設置されていた椅子に腰を掛ける。


「お持ちしましたぁあああ!」

「ありがとうございます。どうぞ、ご主人様」

「うん」


 賢者が自分のパンを咀嚼する姿を緊張した面持ちで、女店主は待機する。


「美味いが、私には普段のパンとの違いがわからない。そんなに違うものか?」


 一緒にパンを咀嚼していた、エレナは一つ頷く。


「あの子、舌がしっかりしてますねぇー。こっちの方が美味しいですよー」

「そうなのか? 食事の判断はお前に任せるが」

「うーん、賢者御用達ともなれば、努力を怠るものなんですかね? これからは定期的にお店を変えた方がいいかもですね。店主さん、明日からパンの配達お願いできますか?」

「はいぃぃ?」

「それと今日の晩御飯用に幾つか包んでくださいー」

「はぃぃ!」


 賢者一行が店から離れると、近隣の店の連中が一斉にパン屋に集合する。


「どうなってる! 取り潰しにでもあったか?」

「賢者様はお綺麗ねぇ!」


 心配していたのか、近所の住民は口々に心配の言葉、賢者のことを話始める。


「明日からパンを届けることになったよ……」


 その言葉を聞いて、集まってきた人達が更に大騒ぎを始める。


「いったい誰なんだい、あたしのパンのこと話した人って」


 女店主の呟きは空に消えて、明日から忙しくなるであろうことに大きなため息を吐きながら、頬を叩いて気合いを入れなおす。


 


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