第3話

 アルトリス共和国はこの世界では珍しい、民主国家であり、自然が豊かで農業などが盛んな国である。

 また大賢者が生まれた国でもあり、その恩恵から魔法の研究者も多く在籍しており、長閑な風景の判明、中を開けば魔法先進国でもある。


 レオン・アーヴィング、大賢者は子供を幾人か残しはしたが完全な実力主義者で、沢山の弟子をとりその中でも特に優秀な四人の人材に賢者の称号を与えた。

 大賢者亡き後には、自分こそが賢者であると主張するアホが増えてしまい、賢者の品位を守るために大賢者の生まれた国である共和国では五年に一度、賢者の認定式があり、この国に関わらず世界各国からの論文などを品評し、賢者の認定を行う式典がある。


 賢者に選ばれた人間には金一封は勿論、その国から特別な役職を与えられたり、研究資金が提供されたりと、権力を含めて様々なことが優遇される。


 この街、ヴァレンウッドにも賢者の系譜を継ぐものが暮らしている。

 若干、十八歳の時に賢者に選ばれ、八回連続で賢者に認定されている大賢者の再来と呼ばれる女性、ミリア・グレイ。

 彼女の家に小汚いという表現では生やさしい、浮浪者の子供がやってきた。


「……賢者は盟約に従い、真に困っている者がいれば手を差し伸べられたし。ご飯が食べたい」


 覇気がない少女の言葉を改めて聞いて、ミリアは白く染まった自分の短い髪を掻きむしり、気難しそうな顔をさらに歪める。


「飯の前に風呂だろうな。ヘレナ、この娘を風呂に入れて適当に服を見繕ってくれ」


 ヘレナと言われた、栗色の髪の優しそうな、おばさんがエリの手を取って案内をしてくれる。


「はいはい、それではお嬢さん。まずはお風呂に行きましょうねー」

「……ご飯」

「はいはい、お風呂の後にねー」


 お風呂場までの道すがら、ヘレナが自己紹介を始める。


「ヘレナ・ウォードです。ミリア様には小さい時に拾っていただいて、ずっとメイドをしてるんですよ。夫はここの庭師で息子は料理をメインに担当してるんです。美味しいので期待してていいですよー。そうだ、お嬢さんのお名前を聞いてませんでしたねぇ」


 おっとりとだが、話を続けるヘレナに対して少女は短く返答をする。


「……エリ」

「エリ様ねー。よろしくお願いしますー」


 浮浪者であるエリに対してもヘレナは低姿勢で親切に対応を続ける。

 エリが言った言葉に対して、滅多に人を招き入れない自分の主人が反応し、お風呂や食事の用意をするように命令を下した。ヘレナにとってはそれがどんな人物であろうと、お客様として扱うには十分な理由だった。


 エリの服を脱がし、お風呂場に誘導しようとしたが問題が発生した。

 服は思っていた以上に汚れが酷くてゴミ箱に入れたが、髪も想定を超えて酷い。

 少しは汚れを落とそうと櫛を入れたが、髪が元々硬いこともあるのだろうが、汚れも酷くて櫛が入って行かない。


「うーん、これはこれは、中々に癖のある髪の毛ですねぇ。思い切ってバッサリと切ってしまうのはどうでしょうか?」


 女の子の髪は命よりも重いと言う。ヘレナも気を使いながら質問のような確認をす−−


「−−ご飯が食べれるなら切って」


 悩むことがない返答にヘレナは苦笑いをしつつ、大胆にハサミを入れる。

 自分の主人と同じようなショートカットにあっと言う間に仕上げてしまう。


「あら、エリ様は綺麗な瞳をしてるんですねぇ」

「……ご飯」

「あらあら、そうですね。早くお風呂を済ましてしまいましょう」

「……入ってこないで」

「あら、でもお手伝いしないと」

「……違う。ヘレナになじゃない」


 ヘレナは首を傾げて、そのままお風呂場を案内する。

 その背後では煌びやかなローブを纏った変人が、誰が子供の裸を見たがるものかと、悪態をついている。


 グレイ家のお風呂はその辺の宿顔負けの大浴場となっており、ヴァレンウッドは温泉が有名な土地ではあるが、個人宅で源泉掛け流しにしているのはこの街でも両手で数えられるくらいしかいない。


 普段、表情をあまり動かさないエリでも、思わず小さな驚きの声をあげている。


「凄いでしょう? ではまずはお風呂の前に体と髪を洗っちゃいましょう」


 ヘレナにされるがまま、エリは洗われていく。

 黒く燻んだ髪色かと思えば、深い緑の美しい髪色が顔を出し始める。

 体は二回、髪は三回、洗われたが、ヘレナの評価としては、これ以上洗うと肌や髪にダメージが残ってしまうとのことで徐々に都の評価だった。


「磨けば光そうですねぇ。それで湯船にどうぞ」


 源泉掛け流しの木製の風呂と外に岩風呂の露天まである。

 ヘレナの勧めで、まずは内湯の木製の風呂に入ると、生気のないやる気がない顔が、正気に溢れたやる気のない顔に変貌を遂げる。


「……素晴らしい。生を実感する」

「あらあら、意外にもおじさん臭いですね。ではのぼせない程度にごゆっくり」


 エリは内湯を楽しんだ後に、露天風呂に移動し、夜空を眺めながら風呂に浮かんでいると、眺めていた月や星が君の悪い変人に変貌を遂げる。


「……不快」

『早く風呂から上がって、あの小娘と話すのだ! お前は私の生まれ変わりと話して、有用性を認めさせ、傅かせる!』

「……不快」

『おい、それは私の生まれ変わりという設定が不快という意味か!』


 変人があまりに煩いので、エリは風呂から上がると、ヘレナではない褐色肌のメイド服の女性と真っ黒な人がその背後に佇み、脱衣所で待機していた。


「私はリリー、ここのメイドのデス。お洋服用意しました。子供用のがなくて、私が小さい時に使ってたのデスが」


 リリーに体の拭き上げを手伝ってもらい、 ワンピースを着せてもらう。

 作りこそ古いが、綺麗にされていたことから大事にされていたことがわかる。

 着替えが完了した後には最初に通された、応接室ではなく、食事をするための部屋に案内をされる。

 円卓のテーブルにはミリアだけが着席しており、エリはその対面に座らせる。


 無言の時間が続く、ミリアはエリを睨みつけ続け、意に返さないエリは足をぶらぶらとさせている。

 我慢がしきれなくなったのか、先に口を開いたのはエリだった。


「……お腹減った」


 ミリアは少女の呟きを聞き、大きなため息を吐いた後に手元に置いていたベルを鳴らす。

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