第2話

 この都市で起きていた、子供誘拐事件が解決されたことは大々的に公表されると共に、街の人を守るべきである衛兵が関与されたことが公表され、首長である街の管理者や衛兵のリーダーが表立って謝罪をすることになった。

 そして犯人達の公開処刑も行われる運びとなり、現行犯だったことや、犯人の家族を別の都市へ移動させるなどの交換条件を出したことから、比較的スムーズに自白と協力者の特定を行うことができた。


 衛兵の男が5人、子供達を売買していた元締めが2人、首に縄を結ばれ、板を外されると息を引き取り、広場に集まった人達からは歓声が上がる。


 エリの姿も群衆の中にあり、その姿を見届けると、噴水の縁に腰掛ける。

 

『ありがとう』


 同じく横に腰掛けた、もう人ではない少女がエリに感謝を伝える。

 ついて来てと、手招きをされたので、少女についていくと、郊外の林に案内された。エリが好んでいる林とはまた別のところではある。


 少女が指差す木に登ると窪みがあり、登って見てみると、その中には汚れた布袋が入っていた。

 中には汚れた硬貨や彼女の持ち物だったのであろう、ネックレスなどがあった。


『ありがとう』


 改めての感謝を述べると、少女は光に包まれて消えてしまう。

 エリは貰った布袋から幾分かの硬貨を握りしめて、再度、木の窪みに隠すと街に繰り出す。


 行きつけのパン屋に行くと、今日は豪勢に焼き立てを購入し、それを頬張る。


「今日は稼ぎが多かったのかい?」


 衛生面からお店に入れてくれることはないが、四十代くらいの気のいい女将がエリを気づかって声をかけてくれる。


「……うん」

「まぁ、私ができることと言えば、パンを売ることくらいだけど頑張りなね」


 エリの姿からその境遇を理解してくれたのであろう、女店主がおまけとしてパンの切れ端を追加で渡してくれる。


「……世界一」

「泣くほど美味いのかい? 褒めても大したものは出ないからね」


 泣きながらパンを食べて座っていると、いつもよりも多くの施しを受けることができた。

 お金が貯まってきたのであれば服装であったり、食べること以外にも投資をして、まともな働き口を探すのが一般的ではあるが、エリは数週間、一ヶ月経過してもそんな素振りを見せることはなかった。


 日によって場所を変えて、物乞いをして、衛兵の姿やシスターの姿を確認できたときには、普段のやる気のない言動から考えられないような、素早い身のこなしで姿を隠す。


 そんな生活を送っていると、パン屋以外にも見知った人間、また人間ではない存在も出来てくる。

 中でも神出鬼没でいつもブツブツと言葉を呟いている、奇抜なローブの格好をした変人。

 エリも関わりたくないのか、認識はできても目を合わせることはなかった。視線の端で捉えるくらいだったのだが、その日はたまたま目が合ってしまった。


『お前、私が見ているのではないのか?』

「……」


 変人がにじり寄ってきた。

 ゴテゴテとしたローブを捲って見せてきたり、執拗に声をかけてくる。

 そんな変人のせいで注意力が散漫になったのか、エリは想定外の再会をしてしまうことになる。


「エリちゃん!」


 道案内をしてくれた、衛兵がエリに声をかけ、駆け寄ってくる。


(お腹も膨れないとこにはもう行きたくない)


 エリは懸命に走るが、大人と子供では走力に違いもあり、曲がりくねった路地に入って巻こうとするが、振り切ることはできない。


「信じてもらえないかもしれないが俺は君に危害を加えたりしない! 頼む、止まってくれ!」


 衛兵ともなれば、この街も熟知しており、最終的には先回りをされ、どんどんその差はなくなっていく。


『捕まりたくないなら、私に妙案があるぞ』


 並走? 変人は浮いているので走ってはいないが、ついて来たようで、エリに話しかけてくる。

 何度か変人と目が合う。覚悟を決めたエリが、首を縦に降った。


『作戦はこうだ−−』


 −−人通りの少ないところから、多い場所に移動すると、エリは普段のやる気がなさそうな声ではなく、訴えかけるような、弱々しい少女の声で周りの人間に聞こえるように、声を出す。


「怖いよー」

「待って、エリちゃん!」


 大人達がその異変に気がつき、衛兵のおじさんを足止めする。


「おい、お前はあの子に何をしようとしてるんだ!」

「こいつも、この前の衛兵の仲間なんじゃないのか?」

「ちょっと待ってくれ、俺は衛兵長だよ!」

「だって、子供が怖がっていたぞ」


 おじさんが足止めされている間に、路地に入って安全と思える林の一つに行き、木に登る。


『感謝して、よいぞ』

「……疲れたー」

『おい! 寝ようとするな!』

「……なに」

『お礼くらい言えんのか、このガキは! 親の顔を見てみたい』

「…捨てられた」


 エリの見た目や、物乞いをしている姿を見ればわかるものではあると思うが、気まずくなったのか、変人は誤魔化すためにガハハと笑い始める。


『我こそは大賢者、レオン・アーヴィング! この世界の叡智、この国の英雄、この街の伝説だ!」

「ふーん」

『ふーん。ではわない! お前のような子供でも知っているだろう! デカい銅像だって建ってるし』

「……あの、それでなんでしょうか」

『急にかしこまりおってからに。どうだ、娘。私の弟子にしてやるから、研究の手伝いをしてはくれんか』「嫌です」

『即答! おいおいおいおい、待て待て待て、あの大賢者の弟子だぞ? 進んで弟子を取ることのないの、大賢者様が直々に誘ってるのにぃ!」


 よくわからないと、エリが首を傾げると、変人はブツブツと何かを呟き、攻め方を変える必要性があると独り言を続ける。

 エリが改めて寝ようとすると、変人が再び声をかけてくる。


『娘、いや。エリだったな。お前は普段パンしか食べていないようだが、私に師事して手伝えばもっと美味いものが食えるし、食うには困らなくなるぞ。今の生活ともおさらばだ』

「……薄いスープはもう嫌。パン以上に美味しいものはない」

『オーマイゴットだね。hahaha、世間を知らないら可愛らしいお嬢さんだね。私であれば、お前にもっと美味い物を食わせてやれるぞ』

「……嘘」

『証明して見せよう。本当にそうだったら、私に手を貸すつもりはあるか?』


 エリが首を縦に振ったのを確認して、今は亡きアルトリス共和国の英雄にして、ヴァレンウッドの伝説の変人はある場所へと、エリを導く。


 

 

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