怠惰な魔女と賢者の約束
コンビニ
第1話
それはどんな世界にも落ちている不幸で悲しい出来事である。
「ここで待ってて」
「……うん」
悲しそうではなく、どこかやる気や生気が感じない子供からの返答を確認すると、美しく整った顔立ちの母親が子供の手を離し、噴水の淵に座らせて待つように言い聞かせる。
綺麗に整った服装をしていた母親とは違い、子供である少女は見窄らしい格好をしており、髪も黒く燻んでおり、ボサボサで目元まで隠れ、腕も細く、痩せていることがわかる。
その様子がおかしいことは誰しも一目でわかるが、首を傾げる点としては、母親からの愛情をもらえない場合には別の何かに依存し、ぬいぐるみなどを持っているものだが、可愛らしいクマのぬいぐるみを持っていることはなく、カピカピの黒パンを抱きしめている。
物語の結末としては、予想の通りに母親が夜になっても帰ってくることはなく、置き去りにされてしまう。
普通の子供であれば泣き喚き、母親を大声で呼び、衛兵にでも声をかけるものだが、彼女は冷静だった。
(お腹減った)
抱きしめていた黒パンは彼女の胃の中に消えており、これから自分がするべきことを冷静に見極める。
翌日になっても噴水側に彼女の姿がまだあった。
母親を待っているのかと言えばそれは違う。ゴミ置き場から拾ってきた壊れかけた木のジョッキを置いて、他の面々に習って壁沿いに座っている。物乞いをしていた。
彼女も勝算はあったのだろうか。
この街が観光都市ということもあり、人の入れ替わりも多く、裕福な者が訪れることも多い、可哀想な少女の姿を確認すると、幾分かの金銭をジョッキの中に投げ入れる。
夕暮れには稼いだ金銭を使用して、パン屋に赴き、金銭と売れ残りのパンを交換してもらう。
残った金銭は人気の少ない林の中に埋めておく。その後は木に登って眠りにつく。
儚さげな見た目とは打って変わって、ワイルドな生活を数日続けていると、二人の大人が彼女の目の前で立ち止まる。
「この子です。最近、街にやってきて親に置いていかれたか、親がダンジョンで死んでしまったかなんでしょうけど」
「そうですか……可哀想に。少女よ、名前は言えますか?」
服装から、この街の衛兵であろう人物と、シスターであることはわかる。
「……エリ」
生気がない返答を聞いて、二人は目を合わせ、悲しそうな表情を浮かべる。
「エリちゃんね。私はこの街の孤児院のシスターです。困ってることはない? 貴女の力になりたいの」
幾分か間を置いて、エリが首を横に振る。
「……ご飯食べれてる」
「そうなのね。私たちの孤児院も今は子供たちが満員で受け入れ体制ができていないのだけど、簡易的な措置になるけど、この人が安全に泊まれるとこを用意してくれるわ」
「お嬢ちゃん、心配するな! お兄さんについてこい」
「……おじさん、ありがとう」
おじさんは苦笑いをして、エリをテントや粗末な小屋が広がる街はずれの広場に連れて行く。
新しい入居者に対して、幾人かが、エリに視線を向けてくる。
物乞いたちはお互いに不干渉であったが、ここにいる人間は新しい来訪者がどんな人物であるか興味深げに見てくる。そんな視線を嫌がったのか、エリはおじさんの影に隠れる。
「心配はいらない。常に衛兵もいるし、ここにいれば、寝るところも食べることも困らない。孤児院に空きが出るか、君を引き取ってくれるような方もいるかもしれない。あとはこの街ではないけど、別の孤児院に空きが出ればそこまで送ったりもするからね」
「……ご飯あるの?」
「ああ、勿論だとも!」
送ってくれたおじさんとそんな話をしていると、広場の衛兵が割って入ってくる。
「俺達が守ってあげるから心配しないくれ! お名前はなんて言うのかな?」
「……エリ」
「エリちゃんかぁ! 困ったことがあったらお兄さんに声をかけるんだよ」
案内してくれたおじさんとは違い、広場のおじさんは馴れ馴れしく声をかけてきて、髪を撫で回してくる。少し髪をかき上げて、エリの顔を覗き込む。
青いと緑、それぞれに違う瞳と、可愛らしい顔が一瞬だけ見える。一瞬だけだったのもエリが男の手を払い除けたためだった。
エリは改めて、案内をしてくれたおじさんの影に隠れてしまう。
「お前みたいなおじさんが馴れ馴れしく、話しかけたら怖がるだろうが!」
「いやー、悪い悪い。それにしてもエリちゃんはかわうぃぃねぇ」
広場おじさんがとても気持ちが悪い笑顔を浮かべる。
夕暮れ前になれば、炊き出しが始まり、広場の人間たちが列を成す。
エリに手渡されのは、具材がほぼ入ってない薄いスープだった。彼女が特別嫌がらせを受けているのかと言えばそれは違い、全員が同じような物を啜っている。ため息を吐き、エリはスープを一気に飲み干す。
(お腹減った)
エリに当てがわれた小屋は比較的上等な物だった、子供用なのかエリ以外に人の気配はなく、ベットも思ったよりも上等な物が設置されている。違和感としては窓もなく、閉鎖的な空間であることだ。
部屋の中を一通り見渡すと、目の前に唐突に薄くぼんやりとした姿の女の子が現れた。
『逃げて』
エリは驚き、怯えることもなく、何かを悟ったのか冷静に頷くと、小屋から出て、衛兵達の目を盗みながら広場を出る。
いつもの寝床である林に寄る前に、自分のボロ服を少し破って、広場から拝借してきた炭で文字を描き、衛兵の詰所に寄る。
「こんな夜更けにどうしたお嬢ちゃん」
「……これを渡すように言われた」
衛兵が少女から受け取った布をまじまじと見て、驚きの表情を浮かべる。
「お嬢ちゃん! これを誰から受け取った−−だ、あれ? いない?」
衛兵が拙い文章を読み終える頃にはエリの姿は消えていた。
エリが小屋から出て暫く経過した後に、広場にいた衛兵の2人が小屋ににじり寄る。
「久しぶりの女の子だ。今回の子はめっちゃ可愛いぞぉ!」
「マジかよ。それは楽しみだな」
「エリちゃんを起こさないように、静かにな」
「起きたっていいじゃねえぇか。逃げ場なんてないんだ」
2人の男が部屋に入ると、設置されていたランプに火を灯す。
「エリちゃーん、夜のお遊びの時間だよー。おっきしようね!」
盛りあがっていた布団を捲ると、その場にエリの姿はなく。自分達と同じ制服を身に纏った男が横たわっていた。
「誰がエリちゃんだ?」
「隊長? なんであんたが!」
男達が逃げようとすると、一つしかない逃走経路には、同じ制服を身に纏った数人の男達が現れて逃げ道を塞ぐ。
「さぁ、ゆっくりと話を聞かせてもらおうか」
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