魔女に魅せられて

十四斎

第1話

 エリちゃんが好きだ。エリちゃんはサイドテールの元気な女の子だ。彼女がいるとクラスがまるで向日葵のようにパッと華やぐ。僕みたいな人間に対しても分け隔てなく平等に接してくれる。

 意を決して、僕はエリちゃんに告白することにした。後悔したくない。彼女を誰にも渡したくないからだ。


「放課後、屋上に来てください」


 僕は掃除の時間に、精一杯を伝えた。


「屋上? なんで?」


 エリちゃんはホウキを持ったまま、不思議そうに首を傾げた。


「は、話したいことがあるんだ!」


 少し悩んでから、エリちゃんは時計をチラリと見た。


「別にいいよ。わたしも少しサトルくんと話したいから」


 エリちゃんは満面の笑みを僕に向けた。僕はホウキを握り締めて、ゆっくり目を閉じた。あー、エリちゃん可愛い!! エリちゃんと話すだけで、僕は幸せなんだよ。今日もしかしたらこの関係がもっと近くなるはず!


 それにエリちゃんの、あの対応……これはいけるかも!? ボクは勝利を確信した。この告白は成功する。



 放課後……。僕は、ぬかった。屋上の下調べはしていたつもりだった。だからこそ、そこを選んだのだ。なのに、屋上への扉がなぜか、今日に限って、しっかりと施錠してある。ガチャガチャと回そうとするも……うん、回らない。


「どうにかして、開けないと……」


 屋上に不良がたまるから閉めたか? ただ単に危ないからか閉めたのか? いや、そんなことよりも……。もうすぐ、エリちゃんが来るよ!


 辺りを見渡す。暗く狭い空間。かすかな明かりで、埃がキラキラしてる。ここには掃除用具入れと小窓、蛍光灯しかない。ここには、ロマンはない。このままボクは……ここで、こんな場所で告白するのか?


 埃っぽい。センスもない。オシャレでもない。ロマンもない。


「……どうしよう」

「ねぇ、何の話をするの?」


 僕は恐る恐る振り返った。エリちゃんは制服のポッケに手を突っ込んで、僕の様子を見ていた。なんだか、ニヤニヤしている。


「は、早いね……」

「そりゃ、楽しみだから……だって、お話するんでしょ? というか、実はわたしに『何か』してくれるんだよね?」


 僕は唾を飲んだ。言わなくちゃ、でも、ここで言うのか?


「……ねぇ、もしかして、サトルくんはさ。わたしに告白するために呼び出した?」


 冷や汗を掻く。……そうだよ。そのつもりだった。でも、僕はこんなところで告白したくない。


「……い、いや、違うよ。話だけをしたくて……」


 情けない。僕は告白するために呼び出したハズだろ? なぜ、否定した!? ……しかし、今はそう言うしかない、のか? 僕は、自分の情けなさを痛感した。


「そうなんだ、ちょっとガッカリ」

「えっ!? ガッカリ?」

「うん、ガッカリしてる」


 ……もしかして、告白されることを、期待していたのか? エリちゃんが、唖然とする僕の脇を通り過ぎていった。


「さぁ、サトルくん。屋上行こうか」

「待って……その扉、鍵が閉まっていて開かないよ? だからさ、今日は……」

「ふーん……そうなんだ」


 エリちゃんの手元が、ピカリと何か光った気がする。

 ガチャリと開いた。


「……あれれ? 開くよ?」

「なんで!? さっき、触ったはずなのに。……何か使った?」


 エリちゃんの手を確認した。しかし、何も持っていない。


「秘密。それよりも……。ねぇ、来て?」


 僕は手を引かれ屋上へと誘われた。本来、逆の立場であったはずだ。眩しい。清々しい陽気だ。まるで、檻から解放されたような気分だ。


 風に煽られて、ばたばたと制服がはためいた。そんなスケベな風のせいで、彼女のスカートの中まで見えそうだから、僕は必死に青空を眺めた。

 風の音、生活音、ヘリコプターの音、どこかから誰かの笑い声が聞こえる。それらは、すぐに風でかき消される。ここは僕たちしかいない場所。僕らは鉄柵によりかかった。彼女はポッケからフルーツジュースのパックを取り出すと、僕に渡す。


「いいの?」

「うん、特別」


 冷たくて甘い。特別……。その言葉は、温かく甘い。


「わたしね。告白したいことがあるの」

「え!? こ、告白?」

「あなたが、サトルくんが好きだから、打ち明けたいの」


 しばらく、見つめ合った。僕はフルーツジュースを飲み干して、深呼吸した。……好き? 今、好きだと言ったの?


「えっと……僕のことが好きなの!?」

「うん。好き。大好きだよ。ずっと見てたこと知ってるよ」


 エリちゃんは柵にもたれながら微笑んだ。……それって、つまり、僕らは両想いということなのか? エリちゃんは僕の制服の裾をつまむ。


「あなた、わたしのこと好きなんでしょ? 告白するために呼び出したんでしょ?」

「……うん」


 エリちゃんの手が、指が、僕の右手に絡んでくる。こんなに積極的な子だったのか? 汗が流れてきた。緊張する。


「でも、屋上が開かなくてやめようと思ったんだよ。だって、暗い場所よりここの方がいいよね。ところで……その、つまり、OKってこと?」

「何が?」


 エリちゃんがムッとした。僕は手の甲を少し、つねられた。エリちゃんは、僕の正面に指先を持って言う。


「その考えは、甘いからね?」

「……え?」

「わたしはもっとスゴイこと告白するから、それを受け止めてよ。それができたのなら、彼氏彼女の関係になってもイイよ」


 エリちゃんは両腕を伸ばして微笑んだ。僕はごくりと唾を飲んだ。好きの確認が済んだ。……それだけで心が飛び出そうなほどなのに。

 まさか、それ以上、なのか? そんなの、僕の小さい心が、きっと保たないよ。


「こ、告白って……何を言うの?」


 僕はエリちゃんを真剣に見つめた。彼女は、いたずらっぽく笑う。


「実は、わたしは魔女なの!」


 突風がビューと吹いた。屋上に佇むエリちゃん。そして、呆気に取られる僕。戸惑いながら訊ねる。


「えーと、なんて?」


 僕は動揺して聞き返した。しかし、エリちゃんは表情を崩さない。


「魔女なの。わたし」

「……えぇ? 聞き間違えかな? 魔女って」

「そう、わたしは魔女」


 エリちゃんはいたって真剣だ。曇りの一切ない、その綺麗な瞳に僕はたじろぐ。この子、不思議ちゃんだったか?


「えーと、その、魔女って、あの……大きな鍋で、長い鼻で……」

「そう。わたしは魔女。だけど、なにそれ? ……それがサトルくんの魔女のイメージなの? 古いよっ!」


 エリちゃんはぺらぺらと魔女のことを語った。魔女は、この世にたくさんいること。すぐそばにも、たくさんいること。そして、世界中にたくさんいること。魔女が世界を動かしていること。魔女は恋愛しなければならないこと。


 僕は、相槌を打ちながらも自分なりに考えた。


 エリちゃん……。彼女は不思議ちゃんだとわかった。だけど、これほどまでとは……。でも……どれも本当の話に思えてしまう。彼女というフィルターを通るから、どれもキレイに聞こえるのか? いや、そんなことはないと思うけども。


「……信じない? もしくはバカにしてる?」


 また、柔らかい手が絡んできた。温かくて、ドキドキする。魔女も温かいんだ。僕は握り返した。そうだ、やっぱり僕はエリちゃんが好きなんだよぁ。その猫みたいなところ、明るく可愛く笑うところとか。不思議ちゃんなところなんて、もうどうでも良くなってきた。


「信じたいけど……さ。僕にはついていけない部分があるよ。現実的じゃないでしょ? だから、少し拒んでしまう」

「そうだよね。じゃあ、証明するから。これを飲んでよ」


 とある瓶を取り出した。


「なにこれ?」

「魔女の秘薬」

「秘薬? 長寿の薬? 透明人間になれる薬? ……まさか、猛毒?」

「これは惚れ薬」

「ほ、惚れ薬!? そんなの、もう惚れてるから意味ないよ!」


 エリちゃんは俯いて笑った。


「ごめん、惚れ薬ではなくて、惚れ直す薬……かな。わたしのこと、もっと好きになれるから。わたしのありのままを深く愛せるようになるよ?」


 天にかざしたそれは赤い瓶に入った液体。僕はキラキラと光を反射するその瓶に、釘付けになった。好奇心が勝る。


「大丈夫なの? なんだか、怪しいよ? それ、市販の物じゃないよね?」

「疑い深いんだね」

「ゴメン」

「それだけ、現代人は夢の世界から遠ざかっているから仕方ないよ」

「……夢の世界?」


 う~ん、ちんぷんかんぷんだ。


「じゃあ、見てて。毒味してあげる」


 ゴクゴクゴク。

 その豪快な飲みっぷり。逆に美味しそうに見えてしまった。彼女はそのまま、一瓶、恐らく、300mlほどを飲み切った。


「うわぁ……。薬なのに、一気飲みしても平気なの?」


 心配する僕をよそに、彼女は俯きピタリと停止した。数秒後、僕に向かってチョイチョイと手招きした。


「エリちゃん? 本当に大丈夫……?」


 心配と警戒をしながらも、少しずつ近づく。彼女はそんな僕をそっと抱き寄せた。赤い顔をボクに近づけ、そして、情熱的なキスした。


「……!? んん゛!?」


 ……な、何してんの!? 唾液と混じっているせいか、トロトロとした惚れ薬が流れ込んでくる。彼女が僕の鼻をつまんだ。無理矢理にでも、飲ませるつもりだ。エリちゃんの目が開き、僕をみつめている。飲んで? と促すように潤んでいる。


 い、息が!? 飲むしかないじゃないか!? ごくりと喉が鳴る。……あぁ、飲んじゃった。


「ハァハァ……」


 間接キス……を乗り越えた先の、これは……恋人たちがするような……。僕は頭がおかしなほど熱くなった。僕は魔女の子に唆されて、変な薬品を口移しされた。そして、そのよくわからない薬を飲み干してしまった。


「ねぇ、エリちゃんって、けっこうバカなの……?」

「うん。大馬鹿なの」


 エリちゃんは僕の頬を優しくなでた。


「でも、バカって素敵でしょ?」


 しばらくして、視界がグワンと歪んで、僕は倒れてしまった。最後に青空を見た。僕の初キスは呆気なく奪われた。でも、よかった。エリちゃんとなら、本望だ。




 賑やかな音楽が、話し声が聞こえてくる。目が覚めると、そこは綺麗なイルミネーションが飾られたパーティー会場のようだった。


 人がたくさんいる? ここはどこなんだ? 祭り? いい香りがする、食べ物の匂い?


「あれ?いつからここに?ボクは……どうして?」


 何もわからない。自分のことくらいしか、わからない。……そうだ! 変な薬を飲まされて!! しかも、口移しで!!


 ドン。


「おいおい、ボーッとしてんじゃねぇぞ? 気を付けな」


 巨大な体。顔を上げると、そこにはオオカミ男がいた。……オオカミ男!?!?


「ぬわ!? ご、ごめんなさい!!」


 僕は慌てて、道を開けた。どこなんだよ、ここは!? よく見れば、モンスターだらけだ! でも、ボクを食おうとはしないし、興味もないようだ。


「なんだよ、ここ……。夢なら覚めてくれ……!」

「ちょっと邪魔なんだけど?」


 近くから声が聞こえた。僕は声の主を探すも見つからない。


「下にいるの。足を退けてよー」

「し、下?」


 ふいに、床の隙間からヘンテコな煙が出てきた。それは女性の形になって、オオカミ男の元へ駆けていった。


「えっ!? えっ!? どういうこと?」


 意味不明な超常現象に思考がフリーズする。


「良ければどうぞ」


 首無しの紳士がやってきて、グラスを差し出した。


「ぎゃーー!!」

「おっと、失礼。驚かせるつもりはなかったのですが……」


 首無し紳士は、無礼をわびるように僕を引き起こした。温かい手、そして、優しい語り口調。僕は彼に訊ねることにした。


「これは……盛大なドッキリ? ここで行われているのはなんですか? これは仮装パーティーですか?」

「……へ? 今なんと?」


 首無し紳士が、無い首を傾げた気がした。


「仮装パーティー……では??」

「あはは! 仮装パーティーではありませんよ。まぁ、ヘンテコなパーティーには違いありませんけどね」


 どこから声が発せられているのか? 僕は首無し紳士が怖くなった。


「……意味わかんないよ!?」


 頬をつねってみた。痛い。


「……みんな、本物ですよ?」

「ほ、本物!?」


 首無し紳士は心配そうにしているように思えた。僕が泣きそうになってるからかもしれない。


「ん……? あれれ? あの……招待状お持ちですよね? ……ほら、頭の上」


 首無し紳士が、指差す方を見る。僕の頭の上には、輪っかがある。


「なにこれ?」

「夢の輪ですよ。夢の輪。招待状代わりになってるんです。……そんなことよりも、ハイどうぞ」

「こ、これって、お酒?」

「ハイ。とびきり美味しいワインでございます」


 僕は受け取るのをやめた。


「飲めないんだ。ごめんなさい。未成年です」

「危ない危ない。では、こちらをお渡し致します」


 パチンと指を鳴らすと、持っていたものはガラリと変わった。


「こちらのクッキーはどうでしょう?」


 食べてみた。柔らかい食感、その後チョコチップがパチパチと弾ける。なんだか、変な食感に驚きを隠せない。


「お口で弾ける不思議な甘い甘いお味! ……では、楽しんでくださいね。」


 首無し紳士は手をヒラヒラと振った。


「……よ、陽気だなぁ」


 僕はここで、これから、どうすればいいんだろうか? しばらく、うろうろすることにした。この世界を理解しなければならないと思うから。


 でも、どこを見ても、違和感しかなく、現実味もない。悪魔のダンサー、骸骨の似顔絵師、羽の生えたウエイトレス。酒呑みの忍者と、ドラキュラのじいさんが肩を組んで歩いている。う~ん、頭が痛くなる。


 それにしても、僕はどこに来たのか? 出口はないのか? もしかして、気を失ったときに、さらわれたのか? エリちゃんのあの薬はなんだったのか?もしかして、睡眠薬だったのか?


「あ!」


 見知った顔を見つけた。僕にキスしてきたヤツ! エリちゃんは骨のベンチにのんびりと座っていた。手にはたくさんのお菓子を持っている。服装もセクシーな黒装束に変わってる。サイドテールには黒いシュシュが付いている。


「あ、おはよう。キミはどこにいたの?」

「向こうのほう」

「ここに座ったら?」

「ウン。言っとくけど、僕はエリちゃんを……」

「嫌いになった?」


 嫌いになんかなれないよ。エリちゃんは可愛いから。


「エリちゃんを、信じたくない……。夢ならどうか覚めてほしい」

「そうなんだ。それでも、いいよ。でも、この夢のような現実に逆らえるかな?」


 エリちゃんに渡されたお菓子を食べる。口の中ですぐさま溶けた。甘さの中に、ミカンのような風味を感じた。


「何これ?」

「雪どけミカンスナック」


 ふふ、なんだそれ。……よくわからない商品だけど、美味しかった。


「非現実的で頭が痛い……」

「でも、どうなの? ぶっちゃけ楽しいでしょ?」

「……まぁ、楽しいけど、ぶっちゃけちょっと怖い。知らないことが多いから。多すぎるから」

「ふふ……。でも、面白いんでしょ? それにはかわりないでしょ? この世界のほうが魅力的だと思ってるんでしょ?」


 エリちゃんは僕の顔を覗き込み微笑む。僕は遠くを見た。イケメンのゴリラが大道芸をしている。僕はコクリと頷いた。


「まるで、僕まで化け物になった気分だよ。これが惚れ薬の効果なの?」

「いいでしょ? 特別だから、連れてきたんだよ?」

「……まぁ、悪くないけど。これ、戻れるよね?」

「効果が切れたらね」


 僕はエリちゃんの手をそっと握った。やっぱり温かい。エリちゃんは生きている。


「エリちゃんは……僕に、その……キスしたけど、それで良かったの?」

「わたしのこと好きなんでしょ?」

「うん」

「なら、いいじゃない。わたしもキスできて満足だから」


 エリちゃんの顔が赤い。なぜだろう?


「それ、もしかしてお酒?」

「に見える……?」


 怪しい……。僕は少し飲ませてもらった。これは!?


「フルーツジュース!」


 僕が叫ぶと、エリちゃんは笑った。


「正解!」


 僕たちはたくさん見て回って、たくさん食べて、たくさん笑った。たくさん話して、たくさん遊んでも、手は離さなかった。エリちゃんが大事で仕方がない。エリちゃんに魔法をかけられたみたいだ。少しはしゃぎ疲れて、僕らは休むことにした。目の前では、舞踏会が開かれている。


「ねぇ、これからどうするの?」

「まだ戻る時間じゃないから。もう少し遊ぼう?」


 僕は頷いた。エリちゃんが立ち上がる。


「今だけ、今だけはすべての柵を取り払って、一緒に踊らない?」

「すべての柵?」

「世の中のこと全部忘れてさ……」


 エリちゃんが指を鳴らすと、黒装束から、軽そうなドレスに早変わりした。僕には、変な仮面が顔に張りついてきて紳士のようなタキシード姿になった。


「でも、僕は踊れないよ」

「テキトーでいいの。ここには、ルールなんてないんだよ?」


 僕は手を引かれた。エリちゃんは天女のように優しく微笑んだ。


「ほら、来て?」


 ぎこちない踊りだったけど、彼女は許してくれた。やがて、コツを掴んできて、僕は僕の意志で踊れるようになった。すると、僕たちの体が浮かび上がってきた。拍手が巻き起こる。


「なにこれ!」

「心と心のハーモニー。わたしたちは共鳴しあっているの」

「見られていて恥ずかしいよ」

「そう? わたしはうれしいよ?」


 壇上でブタのオーケストラ団が演奏している。キラキラした空間に、たくさんの生き物、化け物が混ざっている。


 エリちゃんが口を開けて、楽しそうに笑う。くるくるくるくる踊る。この時間がいつまでも続けばいい。僕は心の中で、強く願った。楽しかった。そして、幸せだったからだ。


 たくさん汗をかいた。気持ちいいものだ。


「疲れたね」

「お二人共、なかなかアツアツなダンスだったね。あそこにふんわり雲があるよ。よければ、ゆっくり休んでいくといいよ」


 歩くクリスマスツリーが言う。歩くたびに飾りがガシャガシャ鳴っている。


「どうもありがとね!」

「ふんわり雲? 何それ?」

「乗るだけで、フィットして、心地良いマッサージされるんだ」

「いいねぇ!」


 僕らはしばらくふんわり雲に乗った。彼女の言ったその通りで、まるで汚れが落ちたみたいに疲れが全部落ちた。僕はカフェオレを飲みながら、彼女を見つめた。彼女は指を鳴らした。服装が変わった。まるでスポーツトレーナーのようだ。


「そしたら、今度はあの世界樹に登ろう?」


 窓の外を見やる。そこには遠くにそびえ立つ巨大な木があった。それは、荘厳で、まるで富士山を拝んだときのような高揚感があった。


「いいね!」


 僕たちは世界樹の中腹まで、竜に乗せてもらった。そこからは歩くことになる。


「お金はいらないよ。なんせ、祭りだからね!」

「そうなの?」

「そう。だから、あなたを連れてきたかったの……」

「なぜ?」

「魔女はね、恋愛しなきゃならないの。素敵な人間とね」


 僕たちは、ひたすら歩いた。ひたすら登った。大きく息をするエリちゃん。その手を繋いで、グイッと引き寄せる。


「はぁはぁ。雲より高いや。それに……とても、見晴らしいいね」

「頂上には、願掛けスポットがあるんだってさ」

「何を願うの?」

「わたしは叶ったからいい」


 エリちゃんは微笑んだ。しばらく休憩してから、僕たちはまた登り始めた。

 やがて、頂上に着いた。そこからの景色は素晴らしいものだった。ここはまるで異世界のようだ。僕は思わず、エリちゃんを引き寄せた。そして、ギュッと抱き締めた。エリちゃんは優しく微笑んだ。


「ねぇ……キミは何を願ったの?」

「エリちゃんとこれからも一緒にいたいってことかな?」

「叶うね! それは!」


 エリちゃんはにっこり笑って、僕を抱きしめ返してくれた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女に魅せられて 十四斎 @juyonsai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ