冬の旅人
栃木妖怪研究所
第1話 行旅死亡人
私の友人は、大学生の時にトライアスロンにハマり、大学を休学してまで自転車で日本一周をしておりました。子供の頃は普通だったのですが、歳を重ねれば重ねる程ストイックな事をやるようになり、定年近くになってからはトレールランに嵌るという大変元気な奴です。
彼の家が旧奥州街道沿いにあり、彼の勉強部屋は母屋と離れた別棟に一人で住んでおりましたので、時々旧奥州街道、現代の国道4号線を、徒歩や自転車、ヒッチハイク等で旅をしている若者を見つけると、誰彼構わず自室に泊めて饗してしまう癖があります。
私達が都内の大学から帰省すると、彼の部屋は溜まり場となり、いつも大宴会の会場となっておりました。
実際大きな街道には、徒歩や自転車等で旅をしている人を私達も時々見かけます。
ただ、中には全く計画性も準備もしない人がいる事には驚きます。
街道沿いにハローワーク等があると、もう明日の食事代もない。履歴書もない。そもそも面接が受けられる状態じゃない方が突然やって来て、
「今すぐ住み込みで働ける所で、日払いないですか?」と必死に来るそうですが、常識がなさすぎてびっくりするそうです。
現代は、ほぼ100%近く書類選考です。当然、それなりの経験、経歴、資格等を見られた後、クリアしたら面接です。合格発表迄に数週間はかかるのは当たり前でしょう。で、合格したからと言って賃金が出る訳では有りません。採用されて、賃金の締日が来て、支払い日にやっと最初の給料が入るのですが、東京や大阪等の都会はいざ知らず、地方で、寮、賄い付き。即採用同日入居。日払いなんて条件は皆無だと思った方が良いでしょう。
最近はネットによる日雇いバイトもありますが、あれも厳しい所があって、先方から要請があった物を何度か断ると、仕事が来なくなるそうです。
働くという事は、日雇いでも雇い主は期待する訳ですから、日銭が稼げれば直ぐに行方不明になる様な人間は、到底雇う訳にはいきません。
私の友人が日本一周した時は、何処まで行くと金が厳しくなる。を事前に計算し、その場所に事前に連絡して、数ヶ月契約で働くという計画を事前にきっちり立てて出発したのでした。
彼の部屋に泊まる旅行者は、ほぼ若者でしたが、実際に街道で見かける方の中には、かなり高齢の方や、体調が悪そうに歩いている方々もいらっしゃいます。
私も思わず何度か声をかけた方もありましたが、ほとんどが迷惑そうにされるか、中には、
「ほっといてくれ!」と、怒鳴る方もあって、中々難しいものです。
不思議だな。と思うのが、何故か高齢者のほとんどの方々は北に向かうのです。
若い方が日本一周をしているのとは、どうも違う感じがします。
何かの事情で都会暮らしが嫌になった方々。所持金もなく行く宛もなく、田舎に向かって全財産を自転車やリアカーや手押し車に積んで歩き始めてしまう方々。
普通に考えれば、都会では例えホームレスになっても、なんとか生きる術はあるかも知れませんが、田舎になればなるほど、その可能性は低くなります。
大自然があっても日本です。日本には公用地か私有地ばかりで、勝手に土地に入り込めるところは皆無でしょう。また、そこに自生している物が食に適している事は、ほぼあるはずもなく、店舗も人口も少ないですから、廃棄物も圧倒的にありません。
田畑の物は勝手に取れませんし、収穫までは食べるのには適しません。
また、他所者が来れば凄く目立ちます。
都会から無一文で田舎に引っ越すなど、ほぼ不可能と言っていいでしょう。
老後は田舎に住みたい。と言う方々がいらっしゃるようですが、田舎に住むと言う事は、自動車運転免許を取れる年齢になったら、一人一台車がないとスーパーにも行けない。と言う現実を理解した上で田舎暮らしを考えなければ生活出来ません。
まして老後。免許返納が近づいたら、田舎の人間は死活問題なのです。
お父さんが免許あるから。などという、ホリデードライバーとは全く異なるのです。
また、医療機関や高齢者介護施設も都会の数とは比べ物になりません。
年金が安いから田舎に住もうと言うのも誤りです。生活費で都会より安いのは家賃だけで、物価は変わらないか、輸送コストがかかって、むしろ田舎の方が高い場合もあります。
飲食店等は、客の数が少ない分、単価は高くなる物も多いのです。
田舎の人情は有りますが、都会から来た方々が失敗するのは、ただ田舎に来たら優しく受け入れて貰えると思う勘違いです。
地域の行事やイベント、村興し町興しに積極的に関与しないと相手にされません。
また、都会の話をしたがる人は浮いてしまいます。
現代では、田舎の人間もほぼ都会行った経験があり、近県なら通勤や通学をしていたり、学生時代や結構年齢が行くまで都会に住んでいて、Uターンして来た方が結構多く、情報もライブで入る時代ですから、都会風を吹かせても、ウザがれるか、何しに来たんだ?と嫌われるのが現代の田舎です。
それらの事情を全て汲んだ上で、老後は田舎に。と言う方なら田舎は歓迎するでしょう。
ただ、演歌やドラマの様に、都会に追われて云々流されて来ました。では話になりませんし、まして住所不定では、田舎では生きることもままならないのです。
なのにやって来て、行き倒れなる方が時々出ます。
真夏や真冬等の季節が厳しい時は、無人の神社等で行き倒れになっている方が発見される事があります。
身元が分かれば自治体で連絡をするのですが、身元不明の場合は、行旅死亡人として、自治体が火葬し、身元不明者として官報に載せて、身元引受人を待つのですが、捜索願でも出ている方ではない限り、一般の方が官報の行旅死亡人の記事を読む事もほぼないでしょうし、例え気づいたとしても、身元を引受に名乗り出る方がどの位いらっしゃるのか。と考えてしまいます。
私が高校生の頃、真冬の事でした。栃木県中南部の真冬は、ほぼ毎日晴天です。雪が降る事は滅多になく、一日中男体下ろしと呼ばれるパッキパキに乾燥した強風が吹いております。
乾燥注意報は冬中出っ放しというのがいつもの冬になります。
広葉樹は皆葉を落として、森が木と枝だけになり、奥の方までよく見えるのも冬の光景です。
学ランだけでは寒いので、学ランの上から、ダウンジャケットを羽織り自転車で友達の家から帰る時でした。時間は15時半過ぎ。この時期は、16時20分位には日没となってしまいます。
乾いて冷たい強風が吹いておりました。
無人の神社が途中にあり、何気なく神社を見たら、本殿の前に何か荷物を積んだ手押し車の様な物を停めて、祈る様な型で座り込んでいる人がいます。気にしないで一旦通り過ぎましたが、何故か途中まできて気になりはじめました。
その神社は、中学生の時に天上裏で木乃伊となった大学生が発見された、いわく付きの神社でしたし、その座り込んでいた人が、この辺で見かけない人だったからです。
嫌な予感がして、一度引き返してみました。すると、ほんの数分だった筈なのに、その人も山積みの荷物も消えておりました。
翌日、まだ冬休みでしたので、朝から友達の家に行って、受験勉強を名目に遊び半分、勉強半分でやっておりました。
すると昼前頃、サイレンを鳴らして何かが走って行きます。いつも聴き慣れた救急車ではないサイレンでした。
「なんだ?火事か?」
「いや、あれはパトカーだな。」と友達と話していると、どうも近くで止まった様です。
「行ってみるか。」と、二人で自転車に乗って行きますと、例の神社です。
もう人集りが出来て、立ち入り禁止のテープを警察官が張っていました。
「何かあったんですか?」と友達が顔見知りの見物人のお爺さんに聞いたら、
「多分行き倒れだろう。○○さんちの婆さんが、毎日この神社にお詣りに来ているんだけど、さっき来たら神社の裏側に荷物を積んだ手押し車が放置されていたんだと。で、変だなと神社の床下を見たら、ホームレスの様な人が寝ていたので、こんな所で寝たら凍死するよ。と起こそうとしたら死んでたらしい。婆さんびっくりして、俺んちに慌てて来てさ。うちの息子が見に行って、俺んちから110番したんだよ。だから今、婆さんと息子は、警察に事実を聞かれているけど、多分、数日前からこの辺に現れたホームレスだと思うんだよな。」と、そのお爺さんは言いました。
「もうすぐ正月だろ。昔から正月が近づくと、東京の方から流れてくる人がいるんだよ。故郷が東北とかの北の人達なのか分からないけど。でも、金がないと歩いて来て、大体この辺りの神社とか、橋の下とかで行倒れになってしまう人が時々出るんだよ。哀れだよな。」と言う話を、警察官の作業を見ながら、寒風の中で聞いておりました。
その後、自宅で取っている地方紙に記事が出ていましたが、死亡したのは、私が見かけた日の前日となっておりました。気になった私は、地元の警察暑で中学のクラスメイトの父でもあった知り合いの警察官にその旨を話しに行きました。話は聞いてくれましたが、その後どうなったのかは、分かりませんでした。 了
冬の旅人 栃木妖怪研究所 @youkailabo
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