【アップ】男山教会2023年8月27日礼拝説教/讃美歌とMynoteもあります

天川裕司

【アップ】男山教会2023年8月27日礼拝説教/讃美歌とMynoteもあります

【本日の礼拝メッセージ】

【説教】2023年5月21日使徒言行録 17:1~9「せせの蒲焼き」【日本基督教団東舞鶴教会】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=znrTj0dqhl0


【アメーバブログ】

聖書や讃美歌の内容などは、こちらのブログより閲覧できます。

ぜひお気軽にお立ち寄り下さい^^

https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12818357752.html


(※機械の事情で音声が録音されてなかった為、本日は同じ聖書箇所をメッセージされていた、日本基督教団東舞鶴教会の礼拝動画をアップして居ります。下記の礼拝プログラムは男山教会のものです)



前奏

招詞 詩篇85篇9〜14節

頌栄 たたえよ、主の民[こ改25]

開会祈祷

主の祈り(週報裏面)

十戒・祈祷(週報裏面)

子ども説教

子どもと親のカテキズム問50

「礼典によるめぐみ」

こどもさんびか

ガリラヤのかぜかおるおかで[改54(3節)]

牧会祈祷

讃美歌 268番

聖書

使徒言行録17章1〜9節(新約P247)

詩編112編1〜10節(旧約P953)

説教

「ヤソンの家〜苦境にも清い心を保つ」

宮武輝彦

祈祷

讃美歌 296番

みことばの交読文

ペトロ一3章13〜15節

感謝のささげものと執り成しの祈祷

頌栄 542番

祝祷

報告



讃美歌~♬


讃美歌268番(歌詞付)54年版「まごころもて」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=v_DJSrsqh4w


1

まごころもて 仰ぎまつらん、

世のため

のろいの木に つきたまいし

すくいのぬし、わが主よ。

2

わがつみとが けがれもみな

あらいて、

今よりのち きみのものと

なさせたまえ、わが主よ。

3

いとゆたけき めぐみをもて

ひえたる

わがこころに きよけき火を

もやしたまえ、わが主よ。

4

死のかわなみ うちよすとも、

やすけく

み手によりて あまつ岸に

着かせたまえ、わが主よ。


讃美歌296歌付き

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=Wg2hM6W-4eo

(ブログを読んで頂けますと歌詞も閲覧できます)



2023年8月27日 礼拝説教 中心聖句


パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、

使徒言行録17章2節


彼は悪評を立てられても恐れない。その心は、固く主に信頼している。

詩編112編7節


はじめに

福音は、罪の世のただ中で伝えられつつ、復活の主に生きる道を証する。

「パウロとシラスは、アンフィポリスとアポロニアを経てテサロニケに着いた」とは、マケドニアの地に渡って来た時と同様、主の召命と導きの中に、二つの都市を通過し、マケドニアの首都テサロニケを訪れた(フィリピから約160キロ)。それは「ここにはユダヤ人の会堂があった」から。「(ところで)パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して(に基いて)論じ合」った。とくに「(待望の)メシア[キリスト]は必ず苦しみを受け、死者の中から復活すべきこと」「わたしがあなたがたに伝えているこのイエスこそは、キリストである」(口語訳)を説明、論証した。復活の日、主イエス御自身、「モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された」(ルカ24章27節)との同様、聖書に基づく説明。

「それで、彼らのうちのある者は信じて(説明を受け入れ)、パウロとシラスに従った(加えられた)」」。パウロの伝えた説き明かし(福音)を聞いて、復活のイエスを主キリストと受け入れたユダヤ人は少数で、かえって「神をあがめる多くのギリシア人」と「かなりの数のおもだった婦人たち」が、キリスト告白に導かれた。

 使徒パウロは、半年後に、コリントからテサロニケに手紙を送り「わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったから」「あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者」「主に倣う者となり、マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至った」と伝えた(テサロニケ一1章5,6節)。

「しかし、ユダヤ人たちはそれをねたみ」とは、嫉妬心から動かされた敵対的な熱情。それは、強烈で意志的な行動に表れる。「広場にたむろしているならず者を何人か抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ」た。さらには、パウロとシラスが宿泊していた「ヤソンの家を襲い、二人を民衆の前に引き出そうとして捜した」。「しかし、二人が見つからなかったので、ヤソンと数人の兄弟を町の当局者たちのところへ引き立てて行って、大声で言った」。「世界中を騒がせてきた連中が、ここにも来ています。ヤソンは彼らをかくまって(客として受け入れて)いるのです。(そして)彼らは皇帝の勅令に背いて、『イエスという別の王がいる』と言っています」と。ピラトの尋問の時も、同様の偽証によって、イエス御自身も告発された(ルカ23章2節)。「これを聞いた群衆と町の当局者たちは動揺した」。しかし、ここで、「当局者たちは、ヤソンやほかの者たちから保釈金を取ったうえて彼ら釈放した」。ここに、ヤソンと兄弟たちの無抵抗でありながら、勇気ある行動を見る。それは、パウロとシラスを無用な争いから遠ざける盾となることでもあった。

おわりに

キリストは、地上の政治的権威と対立する御方ではなく、すべての権威を立て、治めておられる「主の主、王の王」(ヨハネ黙示録17章14節)。テサロニケの兄弟たちの信仰を知るとき、「その心は、固く主に信頼している」「清い心をもって神に仕える者」(カルヴァン)であることを認める。日々この心を求めて祈りたい。



(Mynote)


二〇二三八月二七日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を、神様に感謝する。

(子供メッセージ)

『子供と親のカテキズム 問五〇』

「恵みを与える方法としての礼典とは何ですか。」

「イエス様が礼典としてお定めになった洗礼と聖餐(主の晩餐)です。」

(公同礼拝)

『使徒行伝』(第一七章一から九節)

『詩篇』(第一一二篇一から一〇節)

この『使徒行伝』の箇所は、苦境の時にこそ信仰に寄り縋り、その信仰の強さを更に神様の御前で保つ事の大事が記されてある。

宣教活動をすべき場所は、予め神様からご用意される。その事を信仰と祈りに於いて使徒達は知る程に信じ、神様が示された通りに活動を行なう事になる。この神様のご教示・ご計画に反く形で宣教しても、その事は成就しない。ヨナの時と同様に、神様が「その場所に行って必要な事をせよ」と言われた場合、奇跡を通してでもその約束の土地に導かれ、使徒はそこで働く事になる。これは信仰に於ける道程に在る。

パウロ達一行はこの様に、神様の導きによりテサロニケと言う地域に行き、そこで宣教活動を行なう事になった。しかしその地域はユダヤ教を厚く信仰するユダヤ人達がそれなりの権力を以て居り、周りの人達もそのユダヤ人達の教えに従う形で生活して居た。そしてその生活と、宗教・律法に於ける生活振りや習慣には勢いがあり、その生活の在り方・宗教的習慣に反く者には先ず良い顔をせず、その上で、余り目立つ形で自分達のそれ迄の生活・習慣を脅かすものになるなら、その反く教えを説く者にそれなりの処罰を下す…それほど厳しい状況・環境に在ったのである。

ユダヤ教ではキリストの復活を始め、イエス様の存在そのものを否定して居り、即ち新約聖書の教えを説く者を受け入れない強い習慣に在った。

そこでパウロ達一行はイエス様の生涯を通し、イエス様が教えられた事をそのままユダヤ人を始め周りの人々に伝え、宣教活動を続けて行った。

「私があなた方に伝えて居るこのイエスこそは、キリストである」(『使徒行伝』第一七章三節)

この様に先ずパウロ達は人々に説き始め、その事の説明を繰り返し、その説明を踏まえたイエス様の教えの論証もした(旧約聖書はユダヤ人達も携え知って居た事から、その旧約聖書の中から預言を通して教え、その預言者達が「誰の事を救い主と指して居たのか?」この論法を以てユダヤ人達に説いて居た様に思われる)。これを聴き、或る人は納得が行き、パウロ達に従った。その従った人達の内には信心厚いギリシャ人が多く、貴婦人達も少なくなかった。そしてその様にパウロ達に従った人達の人数は多かった。

この「多数の人達がパウロ達に従った事」をユダヤ人達は妬み始め、その町をぶらついて居るならず者(暴漢達)を集めて暴動を起こさせ、わざと町を騒がせた。その延長でヤソンの家を襲い、パウロとシラスの二人を民衆の前に引っ張り出そうと、頻りに探し回った。でもパウロとシラスが見付からなかったので、ヤソンとその兄弟達数人を市の当局者の所へ引きずって行き、叫んで言った。

「天下を掻き回して来たこの人達(パウロとシラスの事)が、ここ(この町)にも入り込んで居ます。その人達(パウロとシラス)をヤソンが自分の家に迎え入れ(匿い)、共にカイザルの詔勅に反いて行動し続け、『イエス』と言う別の王が居る等と言って居ます」

これを聞いた市の当局者を始め周りの人達は不安を感じ、結局、ヤソンとその関係者(ヤソンに協力したと見做された人達)から保証金を取った上、彼等を釈放した。

何故この様な事になったのか?それは先ず、人の恨み、嫉妬、怒りの感情による暴動が理由になって居る。この暴動が次第に凄まじくなり、譬え正義に対してもそれを悪義と決め付け、自分達(ユダヤ人達)を信じず、イエス様(パウロ達の主)を信じようとした人達を自分達の側へ引き戻す為、怒りによる嫉妬で、パウロ達を捕まえ、また市の当局者達の前に連れて行き、そこで尤もらしい嘘八百を並べ、パウロ達を罪人に定めようとした訳である。詰りこれは、イエス様を十字架に付けた時と同じく、イエス様を改めて批判し否定して、イエス様を罪人に定めようとした訳である。

人の世界では、先ず正義が曖昧に在る。取り敢えず法律(律法)として共存する為のルールを記し、それ迄に知った事(教えられた事)を律法の要にした上、それだけを守ろうとする。その彼等の法律(律法)の中にはイエス様の存在が欠落して居り、真実の救いが無い状況に成って居た。その事に気付かずユダヤ人達は、自分達が最も正しい正義の人・真実を伝える者達と勝手に信じ込み、イエス様の事を肯定し、そのイエス様の教えを世に広めようとするパウロ達とその関係者を間違った者(或いは悪魔の手先)として捕え、然るべき処罰を下そうとした。

これはパウロ達にとって、そしてとばっちりを受けたヤソンとその関係者達にとって、紛れも無い苦境である。この苦境の中でこそ信仰の働きが在り、人の欠落した所に神様の栄光が現される事になる。「間違った信仰を持つ事」は人の弱さに在る。

「私の恵みはあなた方に対して充分である。私の力は弱い所に完全に現れる」(『コリント人への第二の手紙』第一二章九節)

云わばこの時、ユダヤ人達が以て居た信仰は真実を見抜く事の出来ない人の弱さに在り、その弱い所に神様から与えられる恵みと栄光が全ての人々に満遍なく平等に注がれる機会でもあった。ならず者を使って町中で暴れさせたり、ヤソンの家を襲撃したり等、決して人が平等で生かされる上で正義には無く、この様に働いたユダヤ人達こそ悪魔の側に立って居た事になる。

しかし人の世界に於いて、人が持つ感情・妬み・怒りとは凄まじいものに在り、他人をその感情や怒りにより殺す事にまで至る場合がある。これは現代でも多くの場所で多くの人々により続けられて居る事であり、人間繋がりで過去も現代も隔てられる事なく、全ての人に課された宿命とも言えるものにあろうか。

だからこそ常に正しい信仰が必要に成り、常に神様の言葉に耳と心を傾け、神様が成さった事の全てを把握しようと努める姿勢と理解が必要に成る。これは神様から与えられる聖霊を通して教えられるものに在り、決して人が自力でその姿勢を取り、理解出来るものには無い。この点が信仰の奥義とも言え、人から見え辛い、理解し難い点と成り、だからこそ多くの人はそこで歩むべき方向を間違い、この時のユダヤ人達の様に「自分達で作り上げた宗教的習慣・律法」に寄り縋り、それだけを頼みの綱とする上で、それが罷り通らない時は暴力を使って無理やり自分達の思い通りに計ろうとする。その神様が成された事に、イエス様が人の間に遣わされた事実が在るのだ。イエス様の存在無くして、人の信仰は必ず成就しない。イエス様の十字架こそが、生来罪人として生まれて居た人のその罪を贖い、清める為の大前提(土台)であり、その事を見落とせば人は何時(いつ)迄も罪人の儘(罪の中)で居る事に成り、一向に救いがやって来ない事に成るからである。この単純な事を、この時パウロ達を捕えようとし、ヤソンを市中に引っ張って行ったユダヤ人達は理解して居なかった。常に「自分達が正しい」と頑なに信じて居たからである。これは傲慢の罪である。

人としてどう在るべきか?これを直接同じ立場に立って教えて下さったのがイエス様であり、全ての人の信仰はこのイエス様の存在と教え無くして有り得ない。その事を、信仰に厚いと自負して居る者こそ時に改めて学ばされ、その悔い改めが必要に成る事がある。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Café~


榎本保郎牧師 ミニ説教17 「大胆に叫ぶ者に」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=-PKV6ee72tk&list=PL8KCKaKra_aYWbpUw2b-jccg2eIg696Vx&index=15


「愛のうちを歩むこと 24.ヨハネの手紙 第二

THE DAILY with Arthur Hollands 2023/08/30

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=nqGOOCxLf08


ハーベスト・タイム・ミニストリーズ

https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin?app=desktop


Lilies of the Field (1963) - A Big, Strong Man Scene (1/12) | Movieclips

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=qgm_ou3TsIs


不思議のパルプンテ

https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos

(お暇な時にぜひどうぞ)





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