第23話 真実の扉

 研究棟の一室に集まった俺たち6人と龍堂先生、そして数名の研究スタッフ。窓の外では夜が更けていく。北海道の次元断層から脱出し、QH学園に帰還してすぐのことだった。龍堂先生は「全てを話す」と約束してくれた。緊張感が漂う中、龍堂先生が口を開いた。


「本題に入る前に、まずは私の過去の行動について説明させてもらう。10年前、我々研究チームは異星文明の遺跡で初めてクォンタム・ギア技術に出会った。その力は人類に大きな可能性をもたらすと同時に、危険性も秘めているものだった」


 龍堂先生の表情が暗くなる。


「だけど、当時の私は、その力を制御し、人類の進歩のために使えると確信していたんだ。しかし、実験中の事故で……」


 彼は一瞬言葉を詰まらせた。


「護斑くんの両親を含む多くの研究者が犠牲になった。その事故で、私たちはクォンタム・ギアの本質を理解していないことを痛感した」


 俺は息を呑んだ。両親の死の真相が明らかになる瞬間だった。


「事故は、クォンタム・ギアの次元干渉能力が制御不能になったことが原因だった。それまでの計測や実験では確認す流ことすらできなかった次元の力が暴走し、研究施設の一部が……消失してしまったんだ」


 龍堂先生の言葉に、部屋中が静まり返った。


「その後、私はクォンタム・ギア技術の研究を続けながら、同時にその危険性を管理下に置くことに全力を注いだ。Q-アルマの実用化は目前。このパワーは、これからの人類に役立つこと間違いなし。しかし、従来のパワードスーツのように、無作為にばら撒いていいものではない、ということも明白。そういったことが議論され、国連の後ろ盾を受けて、一種の治外法権のような形で設立したQH学園も、その一環だった」


 彼は深く息を吐いた。


「しかし、今回の出来事で分かったことがありる。クォンタム・ギア、ひいてはQ-アルマは単なる兵器や道具ではない。むしろ、人類の意識進化を促す……いわば触媒のような存在なんだ」


 その言葉に、クロエが身を乗り出した。


「どうしてクォンタム・ギアやQ-アルマが人類の進化に関わるんですか?」


 龍堂先生はうなずいた。


「良い質問だ。実は、クォンタム・ギアを作り出した文明は、私たち人類の遥か祖先にあたる可能性が高い。彼らは意識の進化を遂げ、物理的な身体を持たない存在へと変容していった。クォンタム・ギアは、その過程で残された……いわば遺産のようなものなのだと思う」


 シャーロットが眉をひそめる。


「私たちは祖先の遺産を使って、同じように進化することを期待されているということでしょうか?」


「その通り」と龍堂先生。


「しかし、それは強制ではない。クォンタム・ギアは人類に選択肢を与えるものなんだ。進化するか、現状にとどまるか。その選択は私たち次第と言える」


 ベティーナが口を開いた。


「シャドウ・ネクサスの真の目的も、そこにあるのでしょうか?」


 龍堂先生の表情が厳しくなる。


「おそらくは。彼らは人類の強制的な進化を目指しているのだろう。しかし、それは本来のクォンタム・ギアの意図とは異なる。なぜならば、選択の自由を奪うことは、真の進化とは言えないからだ。選択の自由があるからこそ、地球上には多種多様な生物が生存していると考えているからね」


 彩姫が静かに言った。


「彼らが持ち去ったデータの中に、その鍵があるのではないでしょうか」


「……ええ、その通り」と龍堂先生。


「彼らが盗んだのは、クォンタム・ギアの意識への干渉に関するデータだった。それを悪用すれば、人々の意志を操作することも不可能ではないだろう」


 一同の表情が険しくなる。


「さて」と龍堂先生が続けた。


「皆さんの新しい能力について話しましょう。北海道での出来事で、皆はQ-アルマのエネルギー源であるクォンタム・ギアとより深く同調できるようになった。しかし、それは大きな可能性と同時に、危険も伴うものだ」


 研究スタッフの一人が前に出て、データを示した。


「皆さんの脳波パターンが変化しています。特に、量子もつれ状態に似た現象が観測されています。これは、皆さんの意識がクォンタム・ギアを介して繋がっている可能性を示唆しています。」


「そういえば」と楓が言った。


「あの時、みんなの考えていることが分かるような気がしました」


 他のメンバーもうなずく。俺も同じような感覚を覚えていた。


 龍堂先生が続ける。


「この能力は、チームワークを飛躍的に向上させる可能性がある。しかし、個人の思考が他者に漏れる危険性もあるんだ。慎重に扱う必要がある」


「それに」とベティーナが付け加えた。


「敵に悪用される可能性も考慮しなければなりません。」


 全員が無言でうなずいた。


「次に、クォンタム・ギアのエネルギー抽出の問題について」と龍堂先生。


「依然として、女性以外からのエネルギー抽出ができない理由は分かっていない。護斑くんが唯一の例外という状況は変わっていない」


 彩姫が口を挟んだ。


「全国の男性を対象にテストを行っているのに、まだ他に適合者が見つからないのですか?」


 龍堂先生は頭を振った。


「残念ながら、そうだ。テストを続ければ続けるほど、護斑くんの特殊性が際立つ結果となっている」


 俺は自分の手を見つめた。なぜ自分だけが例外なのか。その謎は依然として解けていない。


「この現象は」と龍堂先生が続けた。


「クォンタム・ギアの本質と深く関わっている可能性がある。クォンタム・ギアの研究者の中には、人類の進化の鍵がそこにあると主張する人もいるくらいだからな」


 クロエが不安そうな表情で言った。


「でも、それって危険じゃありませんか?人類を女性だけの種族に変えてしまう、なんて話になったりとか……」


 龍堂先生は静かに答えた。


「その懸念はもっともだ。だからこそ、私たちは慎重に研究を進める必要がある。護斑くんの存在は、別の可能性を示唆していると思っている」


 俺は深呼吸をして言った。


「俺には、なぜ自分だけがクォンタム・ギアを操れるのか分からない。でも、それが人類の未来に関わるなら……俺にできることは何でもします。」


 龍堂先生が満足げにうなずいた。


「ありがとう。その気持ちが大切なんだ。さて、これらの情報を踏まえて、今後どのように行動すべきか。皆の意見を聞かせてほしい」


 シャーロットが最初に口を開いた。


「クォンタム・ギアについて、改めて発見の経緯や現状の研究成果を広く発表するべきです。ただし、パニックを避けるため、慎重に進める必要があるでしょう」


 ベティーナがうなずく。


「同意だ。それに、各国政府や軍の反応も考慮したほうがいい。情報やクォンタム・ギアを独占しようとする動きがあるかもしれない」


「その通りですね」と楓。


「だからこそ、私たちがQ-アルマ操縦士や候補生が責任を果たさなければなりません」


 クロエが付け加えた。


「同時に、シャドウ・ネクサスの動きも警戒する必要がありますね。彼らの計画を阻止しなければ」


 彩姫が冷静に分析する。


「情報開示と並行して、クォンタム・ギアの研究を進める必要があります。特に、意識への影響については慎重に調べるべきです」


 全員の目が俺に向けられた。俺は深呼吸をして言った。


「確かに俺たちは特別な立場にいる。でも、クォンタム・ギアの真の目的はまだ分かっていない。そんな状態で外部に情報を出すのは危険じゃないか?」


 龍堂先生が頷いた。「その通りだ、護斑くん。現時点で不確実な情報を公開すれば、社会に混乱を招く」


 シャーロットが付け加えた。


「……そうですね。私たちはQ-アルマ操縦士や候補生であって、この技術の研究者でも責任者でもありません。行動するときは、慎重に慎重を重ねるほうが間違いはないですわ」


 ベティーナが真剣な表情で言った。


「だが、そうすると我々に何ができる?」


 龍堂先生は皆を見回しながら答えた。


「まずは、今回の経験で得た新しい能力の解明に協力してほしい。そして、通常の訓練と任務を続けながら、クォンタム・ギアやQ-アルマの可能性と限界を探っていこう」


 彩姫が冷静に分析する。


「なるほど。私たちは実験台であり、同時に研究者の一員となるということですね。」


「オブラートに包まずにいえば、その通りとしか言いようがないな」と龍堂先生。


「だが、皆の経験と感覚は、クォンタム・ギアの謎を解く重要な鍵となる」


 クロエが不安そうな表情で尋ねた。


「でも、シャドウ・ネクサスの脅威はどうするんですか?」


 楓が答えた。


「拙者たちがより効果的にクォンタム・ギアからエネルギーを取り出し、Q-アルマの操縦に習熟することが、彼らへの牽制になるのではありませんか?」


「そうだな」と俺は同意した。


「俺たちの役割は、まず自分たちの能力を高め、必要なときに確実に力を発揮すること。そして、研究チームに協力して、少しずつクォンタム・ギアの謎を解明していくことだ」


 龍堂先生が満足げに頷いた。


「ありがとう。皆には、操縦士としての任務と、研究協力という二つの重要な役割がある。慎重に、しかし着実に前進していこう」


 彩姫が付け加えた。


「そして、新たな発見があれば、まずは内部で慎重に検討し、確実な情報のみを外部に広めていく、ということですね」


「賛成だ」とベティーナ。


「不用意な情報漏洩は避けなければならない」


 龍堂先生は皆を見渡して言った。


「皆の意見をきいて、安心したよ。これからは更に厳しい訓練と研究が待っているだろう。しかし、皆ならきっと乗り越えられると信じている」


 俺たちは互いに顔を見合わせ、確かな決意を胸に全員で頷いた。


 窓の外、東の空が少しずつ明るくなっていく。新たな朝の訪れと共に、俺たちの、そして人類の新たな挑戦が始まろうとしていた。

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