第20話 北の大地の秘密

 突然の転移から数時間が経っていた。北海道の辺境地域に降り立った俺たち——俺、彩姫、クロエ、シャーロット、楓、ベティーナ、そして学園長でありQ-アルマ開発の中心人物である龍堂先生を始めとする数名の研究者たち——は、まず周囲の状況把握に努めていた。


 俺たちQ-アルマ操縦士候補生組は、転移してしまった研究所の建物から出て外の調査を、研究者たちは研究室の一緒に転移してきた機材を使って、再度量子もつれによる瞬間移動を行えないかの調査を。それぞれ役割分担することで、一早い脱出を試みることとなった。


「GPS信号が不安定ね。」


 彩姫が眉をひそめながら、手元の機器を操作する。


「正確な位置の特定は難しそうよ。」


 俺は周囲を見回した。片やどこまでも続く針葉樹の森。遠くには雪を頂いた山々が連なっている。片や海まで望む地平線。夏が近いとはいえ、まだ肌寒い。


「みんな、」


 彩姫が指揮を取り始めた。


「まずは現状把握と今後の方針を立てましょう。クロエ、食料の確認を。シャーロット、通信機器の状況は?」


 クロエは「Oui!」と元気よく返事をし、持参した非常食の確認を始めた。シャーロットは真剣な表情で通信機器を操作している。


「残念ながら、通常の通信手段は全て使えないわ。」


 シャーロットは報告した。


「でも、Q-アルマの量子通信なら、微弱ながら信号を送れる可能性があるわ。」


「そう、それは助かるわ。」


 彩姫はうなずいた。


「楓、周囲の地形の確認をお願い。」


 楓は静かにうなずき、Q-アルマを展開して空中に舞い上がった。


 しばらくして彼女が戻ってきた。


「氷雨さん、奇妙な発見がございます。」


 楓の声には、普段にない緊張感が漂っていた。


「北東の方角、約5キロメートル先に、人工的な構造物らしきものが見えます。しかし、それ以上に気になるのは、その周辺の地形です。」


「地形?どういうことかしら?」


「はい。その構造物を中心に、螺旋状の地形が広がっているのです。まるで……」


 楓は言葉を選ぶように少し間を置いた。


「まるで、巨大な渦が大地に刻まれているかのようです。」


 その言葉に、全員が息を呑んだ。俺以外の全員が、何かを察したように表情を硬くする。


「そう……」


 彩姫が静かに言った。


「やはり、ここも次元断層の影響を受けているのね。」


「次元断層?」


 俺は思わず聞き返した。周りの反応を見て、自分だけが知らない何かがあるのを感じた。


「そうよ、悠哉くん」


 彩姫が説明を始めた。


「北海道は数年前から、全域を覆う次元断層に囲まれているの。Q-アルマの強奪事件で発生したものよ。」


「えっ?事件は習ったけど、次元断層なんて聞いた記憶がない」


 俺は動揺を隠せなかった。QH学園への入学が決まったあとの詰め込み教育。その中で、北海道でQ-アルマの強奪事件があったことは習った記憶がある。だけど、次元断層なんて単語、見たことも聞いたこともないはずだ。


「そうね、悠哉くんは少し前まで特別授業で詰め込み教育だったってことだから」


 クロエが優しく言った。


「わたしたちは入学前の特別講義で聞いたのよ。」


「その次元断層、どういった性質なんだ?」


 俺は尋ねた。


 ベティーナが答えた。


「次元断層に入ると、ほぼ同じ場所から出てくるんだ。だが、時間の流れが少し異なる可能性がある。肉眼ではほとんど判別することができず、攻撃を加えても破壊できないし、中から出てこられた人間は1組だけらしい。」


「そんな……」


 俺は言葉を失った。


「だからこそ、慎重に行動しないといけないわ。」


 シャーロットが付け加えた。


 彩姫が再び指揮を取った。


「よく聞いて。私たちはこれから、その建物を調査します。でも、絶対に無理はしないこと。北海道全域を覆っているからそう簡単に近づくことはないでしょうけど、次元断層に近づきすぎないように。悠哉くん、あなたは特に気をつけて。」


 俺はうなずいた。


「わかった。でも、なぜ俺が特に?」


「あなただけが持つ【クォンタム・シンクロ】よ。」


 彩姫が真剣な眼差しで俺を見た。


「本来であればありえない他者のQ-アルマとの同期できる能力。万が一、次元断層と予期せぬ反応を起こしてしまった場合、今以上の取り返しのつかないことになる可能性があるわ。」


 全員が装備を確認し、緊張感を高めた。そのとき、シャーロットが操作していた通信機器から、かすかなノイズとともに声が聞こえてきた。


「こちら……龍堂……聞こえるか?」


「龍堂先生!」


 全員が驚きの声を上げた。


 シャーロットが素早く応答した。


 「はい、聞こえます!」


「よかった……こちらの通信機の出力を上げることで、近場であれば次元断層の影響を受けないんじゃないかと思ってな」


龍堂先生の安堵の声が聞こえた。


「早速で悪いが、現在の状況を報告してくれ。」


 彩姫が前に出て、これまでの経緯と、建物調査の計画を簡潔に説明した。


 龍堂先生は一瞬沈黙した後、「氷雨くん、君の判断は正しい」と言った。


「建物の調査は必要だ。しかし、くれぐれも慎重に行動するように。特に護斑くんの能力には細心の注意を払ってくれ。」


「はい、承知しました。」


彩姫はしっかりとした口調で答えた。


「みんな」


龍堂先生の声には真剣さが滲んでいた。


「君たちを信じている。だが、少しでも危険を感じたら、即座に撤退するんだ。いいな?」


「はい!」


全員で返事をした。


 通信が途切れると、彩姫が再び全員に向き直った。


「さあ、行きましょう。」


彼女が言った。


「みんな、Q-アルマの展開を。何が起こるかわからないから。」


 6人のQ-アルマが静かに輝きを放ち、俺たちは未知の建物に向かって歩き始めた。北海道の大地に隠された秘密。そして、その秘密と俺たちQ-アルマ操縦士との関係。全てが明らかになる時が、今まさに訪れようとしていた。俺の心臓は早鐘を打っていた。知らなかった事実の重大さと、これから直面するかもしれない危険に対する緊張感が、全身を駆け巡っていた。それでも、仲間たちの存在と、龍堂先生の信頼の言葉が、俺に勇気を与えてくれた。


 未知の脅威に立ち向かう俺たちの、新たな冒険が始まろうとしていた。

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