第19話 進化する技術

 第15章:進化する技術


護斑もりむらくん、今日はついに君も量子もつれの研究を見学できるぞ」


 学園長であり、Q-アルマ開発の中心人物である龍堂りゅうどう 真司しんじ先生の声に、俺は思わず背筋を伸ばした。これまでは、多くの女子生徒が中学3年間で学ぶクォンタム・コアに関する知識の習得やQ-アルマの習熟訓練に追われ、他のメンバーに遅れを取っていた俺にとって、この機会は貴重なものだった。


「はい!楽しみにしていました」


 先生の後に続いてQH学園の最先端研究施設に足を踏み入れた瞬間、俺は息を呑んだ。目の前に広がる光景は、まるでSF映画のセットのようだった。


「すごい……」


 思わず声が漏れる。


「他のみんなは先週見学したんだったわね」


 振り向くと、そこにはクロエが立っていた。彼女の目には、少し心配そうな色が混じっている。


「ああ、そうなんだ。俺がいると足引っ張っちゃうよな……」


 俺は苦笑いを浮かべる。


「大丈夫よ」


 今度は彩姫が口を開いた。


「あなたなりのペースで進めばいいわ。それに、今日はみんなで一緒に実験を見られるんだから」


 その言葉に、少し安心する。クォンタム・ギアに関する知識や、Q-アルマの操縦訓練では他のメンバーに後れを取っている。他の勉強も人並みについていくのがやっとだ。だけど、それぞれに得意不得意があるのは当然だ。今は、目の前のチャンスに集中しよう。


「よし、みんな揃ったようだね」


 龍堂先生が言う。


「今日は特別に、最新の研究成果を実際の実験と共に見せてあげよう。君たち操縦士候補生にも、これからの技術進歩を理解しておいてもらう必要があるからね」


 俺たちは緊張しながら頷いた。ここ最近、Q-アルマの操縦訓練にも慣れてきたところだったが、その背後にある技術については正直なところ、まだまだ理解が追いついていない。特に俺は、他のメンバーよりも遅れを取っているだけに、必死で話についていこうと決意した。


 大きな円形の部屋に入ると、そこには多くの研究者たちが忙しそうに作業をしていた。部屋の中央には、巨大な円形のプラットフォームが設置されている。


「これが……」


「そう、量子もつれ瞬間移動システムだ」


 龍堂先生が誇らしげに言った。


「Q-アルマの次世代技術として開発を進めているんだよ」


 その瞬間、一人の女性研究者が近づいてきた。


「龍堂先生、準備が整いました」


「ああ、佐藤君か。ご苦労様」龍堂先生が彼女に微笑みかける。「皆さん、こちらは佐藤美咲博士。このプロジェクトのリーダーの一人だ」


 佐藤博士が俺たちに軽く会釈する。「はじめまして。そして、護斑くん、遅れての参加になったけど、よく来てくれたわ」


「は、はい。よろしくお願いします」俺は慌てて頭を下げた。


「では、実験の説明を始めようか」龍堂先生が佐藤博士に目配せする。


 俺は深呼吸をして、これから始まる説明に集中した。他のメンバーに追いつくため、現状唯一の男性操縦士候補生という自分の役割をしっかりと果たすため、この機会を最大限に活かさなければ。


 佐藤博士はプラットフォームの前に立ち、熱心に説明を始めた。


「この量子もつれ瞬間移動システムは、Q-アルマの可能性を大きく広げる技術です。簡単に言えば、瞬時に物体を別の場所に移動させる技術なんです」


 俺は目を丸くした。


「瞬間移動……ですか?」


 隣でシャーロットがクスリと笑う。


「そう、私たちが先週見たときも、同じような反応をするクラスメイトが多かったわ」


「クォンタム・ギア関連の技術がなければ、実現しないことですからね」


 楓が付け加える。


 俺は頷きながら、改めて自分の立ち位置を実感した。遅れているからこそ、もっと必死に学ばなければ。そう決意を新たにしながら、俺は佐藤博士の説明に耳を傾けた。


 佐藤博士の説明は、俺にとってはかなり難解だった。量子もつれだの、不確定性原理だのと、聞いたことのない言葉が次々と飛び交う。しかし、他のメンバーが真剣な表情で聞き入っているのを見て、俺も必死についていこうと努力した。


「確認なのですが」


 ベティーナが口を開いた。


「この技術が実用化されれば、Q-アルマの戦闘能力は飛躍的に向上するということですね」


 佐藤博士が頷く。


「その通りです。敵の攻撃を瞬時に回避したり、予想外の場所から攻撃を仕掛けたりといった近距離での瞬間移動だけでなく、将来的にはシャドウ・ネクサスなど敵対組織の襲撃に合わせて、遠隔地にいる部隊を移動させることが可能になります」


「すごい……」


 俺は思わず感嘆の声を上げた。


「でも、どうやってそんなことが……」


「それが量子もつれの不思議なところなのよ」


 彩姫が説明を補足してくれる。


「二つの粒子が量子もつれ状態にあると、離れていても瞬時に影響し合うの」


 俺は何とか理解しようと頭を絞る。他のメンバーが先に学んでいたことを、短時間で吸収しなければならない。プレッシャーを感じつつも、この新技術がQ-アルマにもたらす可能性に、胸が高鳴るのを感じた。


「さて、いよいよ実験の時間だ」


 龍堂先生が言う。


「みんな、しっかり見ていてくれ」


 研究者たちが忙しく動き回る中、佐藤博士が制御パネルの前に立つ。


「システム、起動します」


 彼女の声が部屋に響く。


 巨大なプラットフォームが青白い光を放ち始めた。俺は思わず目を細める。


「量子もつれ粒子対、生成開始」


 モニター上の数値が急激に上昇していく。俺には意味が分からないが、研究者たちの息遣いが荒くなるのを感じる。


 そして、小さな植木鉢がプラットフォームに置かれた。


「移動シーケンス、開始」


 まばゆい光が植木鉢を包み込む。そして次の瞬間、植木鉢が消えた。


 一瞬の静寂の後、歓声が上がる。


「成功です!」


 佐藤博士が興奮した声で叫ぶ。


「移動先のモニターを見てください!」


 大型スクリーンに、別の場所にあるプラットフォームの映像が映し出される。そこには、確かに同じ植木鉢が無傷で現れていた。


「やった!」「すごい!」


 研究者たちの歓声が部屋中に響き渡る。


 俺も思わず拍手をしていた。しかし、その喜びもつかの間だった。


 突然、警報が鳴り響く。


「どうした!?」


 龍堂先生が叫ぶ。


「移動元のプラットフォームに異常が!」


 誰かが慌てて報告する。


「量子もつれの状態が不安定化しています!」


 佐藤博士が必死に制御パネルを操作する。


「緊急シャットダウン!全システムを停止して!」


 しかし、もう遅かった。


 プラットフォームから、まばゆい光が噴出する。その光は、まるで生き物のように蠢きながら、部屋中に広がっていく。


「逃げろ!」


 龍堂先生が叫ぶ。


「みんな、早く!」


 先生に背中を押され、俺たちは我に返って走り出した。しかし、光の速度の方が速かった。


 世界が歪み、捻じれる感覚。俺は自分の体が分子レベルでバラバラになっていくような感覚に襲われた。そして、意識が闇に沈んでいく。


 ◇◇◇


「...斑くん...護斑くん!」


 かすかに聞こえる声。俺はゆっくりと目を開けた。


 目の前には、心配そうな表情の龍堂先生の顔があった。その背後に、他のメンバーたちの顔も見える。


「よかった、意識があるんだね」


 先生の声には安堵の色が混じっている。


 俺はゆっくりと体を起こす。「何が……」


 周りを見回すと、さっきまでいた研究施設のようだが、何かが違う。窓の外の風景が全く見覚えのないものだった。


「大丈夫ですか?」


 佐藤博士が駆け寄ってくる。


「護斑くんが最後ね。他のみんなも無事よ。でも……」


 彼女の言葉が途切れる。俺は立ち上がり、窓の外をよく見てみた。


 目を疑うような光景が広がっていた。どこまでも続く地平線が目の前に広がっている。


「これは……どこなんですか?」


 俺は震える声で尋ねる。


 龍堂先生が深刻な表情で答える。


「正確な場所は分からない。だが、地球上であってほしいものだ」


「まさか……」


 佐藤博士が絶句する。


「私たちは、想定をはるかに超えて転移してしまったのね」


 研究者たちが慌ただしく機器を操作し始める。データを分析し、現在位置を特定しようとしているのだろう。


「どうやら」


 ある研究者が声を上げる。


「私たちは……北海道の十勝平野の外れにいるようです」


 部屋中が静まり返る。


「冗談でしょう……」クロエが呟く。


「こんなことって……」楓の声が震えている。


 龍堂先生が深いため息をつく。


「まさか、こんなことになるとはな……北海道の次元断層はあるのか?」


「はいっ、しっかりと北海道全域を取り囲むように次元断層があります」


 現在位置を発表した研究員が再び声をあげる。


 Q-アルマが普及し始めた際、Q-アルマが金になると見越した国際的な犯罪シンジケートやマフィアがいた。そいつらが、北海道に実験機が配備されると聞きつけ、強奪にやってきたらしい。その結果、実験機に取り付けられていたクォンタム・ギアの暴走により、北海道全域を囲むよう次元断層が出来上がってしまったのだ。その次元断層に飛び込むと、入った箇所とほぼ同じ箇所に戻ってきてしまう。そして、北海道の中から本州や諸外国に出てきた人はいない。そのため、北海道は数年前から孤立しているのだ。


 佐藤博士が肩を落とす。


「私たちの計算が間違っていたわ。量子もつれの影響範囲を甘く見積もりすぎていた。違う星系に飛ばされなかったことをマシというべきか。次元断層の中に入ってしまったことを嘆くべきか」


 俺は言葉を失ったまま、窓の外を見つめ続けた。想像を絶する遠さまで来てしまったのだ。この状況で、果たして帰還することができるのだろうか。


「さて」


 龍堂先生が声を上げる。全員の注目が彼に集まる。


「パニックになっている場合じゃない。今我々にできることは二つだ。一つは帰還の方法を見つけること。もう一つは、この予想外の事態から学べることを最大限学ぶことだ」


 佐藤博士が頷く。


「そうね。この経験は、量子もつれの可能性と危険性を如実に示しているわ。慎重に、そして賢明に扱わなければ」


「俺たちQ-アルマ操縦士候補生は、どうすればいいんでしょうか」


 俺は思わず聞いてしまう。


 龍堂先生が俺の肩に手を置く。


「護斑くん、これからが本当の挑戦の始まりだ。この新技術をどう扱い、どう発展させていくか。それを見極めるのも、君たち次世代の役目なんだ」


 彩姫が俺の隣に立つ。


「そうよ。私たちが力を合わせれば、きっと道は開けるわ」


 シャーロットも頷く。


「そうね。ここで諦めるわけにはいかないわ」


 クロエが笑顔を見せる。


「新しい冒険の始まりね。わくわくしちゃう」


 楓も決意を示す。


「私たちなりのやり方で、この危機を乗り越えましょう」


 ベティーナが腕を組む。


「状況を分析し、最適な戦略を立てるわ。必ず道は見つかるはず」


 俺は仲間たちの言葉に勇気づけられ、固く頷いた。確かに、俺は他のメンバーより遅れていた。でも、だからこそ、この危機を乗り越えるチャンスでもある。みんなと力を合わせて、必ず道を切り開いてみせる。


 目の前に広がる異星の風景。そこには恐怖と同時に、無限の可能性が感じられた。Q-アルマ操縦士として、この未知の力とどう向き合うべきか。その答えを見つけるのは、これからの自分たちの役目なのだと強く感じた。


 研究施設の窓からは、まだ見慣れない惑星の輝きが見える。それは、人類の未来への扉が開かれたことを示しているかのようだった。そして同時に、その扉の向こうに待つ未知の危険を暗示しているようでもあった。


 俺たちの冒険は、まだ始まったばかり。そして、その先には人類の運命を左右する大きな挑戦が待っているのだ。俺は仲間たちと顔を見合わせ、静かに、しかし強い決意を胸に抱いた。どんな困難が待ち受けていようとも、必ずや乗り越えてみせる。それが、Q-アルマ操縦士としての、そして人類の代表としての、俺たちの使命なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る