第7話 初めての空

「準備はいいか、護斑もりむら?」


 教官の声がQ-アルマのインカムから聞こえる。俺はグリップを握り直し、深呼吸をした。まるでロケットの打ち上げ前のカウントダウンのような緊張感だ。


「はい、大丈夫です」


 声が少し震えている。緊張を隠せない。「まるで初めてのデートみたいだな」と、内心で自嘲気味に思う。


「よし、飛行許可を出す。無理するなよ」


「了解しました!」


 グリップを握る手に力が入る。これが俺の初めての単独飛行だ。深呼吸。吸って、吐いて。吸って、吐いて。今までの訓練を思い出すように目を閉じると、自然と心が落ち着いてくる。楓の教えてくれた呼吸法が役立っている。そして、ゆっくりとQ-アルマを起動させた。


「うわっ!」


 これまでの訓練でようやく着用許可の出た飛行ユニットによる推進力は、シミュレーションで感じていた以上だ。思わぬ推進力に驚いてしまったが、すぐに体勢を立て直す。ベティーナの特訓のおかげで、体幹がしっかりしてきたようだ。


「そうだ……力を抜いて……Q-アルマと一体になるんだ」


 ゆっくりと空へ向かって上昇を始める。地上が遠ざかっていく。まるで、自分の人生の重荷から解放されていくような感覚だ。

 クラスメイトたちはとっくに飛行訓練の許可がおりている。俺は、ギリギリ1ヶ月かからないくらいで基本訓練によるQ-アルマの習熟度が認められ、クラスだけでなく、これまでのQH学園史上、飛行訓練許可の最遅記録を叩き出した。「まあ、最低記録保持者になるのも悪くないさ」と、俺は苦笑する。


 だが、今はそんなことも忘れ、初めての単独飛行に心が躍る。


「護斑、高度1000メートルに到達。指示通り、旋回訓練を開始しろ」


「了解」


 緊張しながらも、指示された通りに旋回を始める。右旋回。左旋回。上昇、下降。最初は自分でもぎこちないと思うほど硬い動きだったが、徐々に不思議な感覚が全身を包む。


「な、んだこれ?」


 まるで、Q-アルマが俺の体の一部になったような感覚。クロエの作ったケーキを食べたときのような、全身に広がる幸福感。


「お、おい護斑!何をしている!」


 教官の驚いた声が聞こえる。


「え……?」


 気がつくと、俺のQ-アルマは複雑な螺旋を描きながら、美しく空を舞っていた。まるでバレリーナのような優雅さだ。


 自分のことながら、急な変化に驚きつつも、この感覚に身を任せる。Q-アルマが風を切る音が心地よい。


「すごい……こんな自由な感覚、初めてだ」


 空の青さ、雲の白さ、全てが鮮明に感じられる。まるで、世界が色を取り戻したかのようだ。


「護斑、やればできるじゃないか!だが、そろそろ戻ってこい」


 教官の声で我に返る。


「あ、はい!」


 慎重に着陸態勢に入る。地上に降り立った時、体中が熱くなっているのを感じた。まるで、全身で世界を抱きしめたかのような感覚だ。


 Q-アルマを収納状態に移行させると、教官が驚いた顔で近づいてきた。


「護斑、今まで遠慮でもしてたのか?」


「いえ、そんなことはないんですが。気がついたらできるようになってました」


 教官は首を振った。


「いや、謝ることはない。君には驚くべき才能があるのかもしれん。あの操縦、まるでエース操縦士のようだったぞ」


「ありがとうございます!」


 教官に礼を述べると、次の授業のために更衣室に向かう。歩きながら、俺は自分の手を見つめる。まだQ-アルマと繋がっているような感覚が残っていた。


 ふと、空を見上げる。青い空が、俺を呼んでいるような気がした。


 この日の飛行訓練は、俺の中で何かが目覚めた瞬間だった。そして、それは新たな可能性の始まりでもあったのだ。


「ハーレムどころか、俺、本当にヒーローになれるかもしれない」と、心の中でつぶやく。だが同時に、この力を正しく使う責任の重さも感じていた。シャーロットの言葉が頭をよぎる。「特権は責任を伴う」。俺は決意を新たにした。この力を、みんなを守るために使おう。

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