第6話 鋼鉄の掟

「もっと背筋を伸ばせ!モリムラ!」


 クラスメイトであるベティーナ・シュメリングの鋭い声が、早朝の訓練場に響き渡る。その声は、まるで軍隊のラッパのように俺の耳に突き刺さった。


「ぐっ、ああ!」


 俺は必死に姿勢を正す。だが、ベティーナの厳しい目には、それでも足りないようだ。その目は、まるでレーザービームのように俺を貫いているようだった。


「まだだ!Q-アルマはただの Poweranzug(※パワードスーツの意)じゃない。ちゃんと自分自身を鍛えなければ、振り回されるだけだぞ!」


 ベティーナが俺の前に立ち、鋭い眼差しで睨みつけてくる。銀髪のショートカットが朝日に輝き、その姿は凛々しく、圧倒的だった。まるで、古代の女戦士のようだ。そのベティーナの睨まれるような視線を受けて、俺はスクワットを続ける。


「なんで俺、こんな朝ドラのような展開になってるんだろう」と、内心でつぶやく。


 なんでこんな状況になっているかというと、ベディーナから声をかけてきたからだ。楓との稽古を通して、なんとなくQ-アルマの動かし方がわかってきたころ。クラスメイトの多くや他の女子生徒と同じように、敵意あふれる視線で俺を見ていたベティーナが、俺に声をかけてきた。彼女曰く、俺の体幹がブレていると。楓と稽古していることは知っているが、Q-アルマをまっとうに動かすため、トレーニングを見てやろうと言ってきたのだ。


「何か裏があるのかもしれないが、これ以上悪化することもないだろう」と思った俺は、二つ返事で誘いを受けた。その結果が、軍隊ばりのトレーニングだった。「ハーレムルート、ややこしくなってきたな」と、俺は内心で苦笑する。


「このままじゃ、トリイヅカとの稽古だって無駄だ!見下してきたヤツらを見返したくはないのか!」


「……見返したいに決まっている!」


「だったら我の言うとおりに Ausbildung (※トレーニングの意)せよ!」


「わかってる!……それができれば苦労しないんだよ」


 ヒュッという風切り音に続いて、パァンという乾いた炸裂音。そして、尻に走る衝撃。


「っ!」


「腰が引けている!膝を前に出さないようにして腰を下に落とすんだ!」


 どこから持ってきたのかわからないが、ベティーナの手には竹刀が握られている。誘われてトレーニングを始めたときは持っていなかったが、いつの間にかトレーニング時のベティーナの標準装備となってしまった。もしかしたら、軽くて丈夫、叩くと良い音が鳴るトレーニング時の指導用の道具だと思っているのかもしれない。


 竹刀で叩かれると、音の割には痛くない。だが、《《音の割には》〉と言うだけで、痛いことに変わりはない。そして、あたりどころが悪いと腫れることもある。俺は竹刀で叩かれるたびに、痛みに漏れそうになる声を抑え、指摘された箇所の姿勢を直していく。


「よし、やめ!」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 へたり込みそうになるのを堪えて立つ。足を肩幅に開き、両手を背中で軽く握ったが、腰のあたりまで下がってしまう。軍隊で言う休めの姿勢を取ろうとしたのだが、腕の高さを維持することができない。今日は一段と負荷の高いトレーニングだった。


「まるで地獄の特訓だな」と、俺は内心でつぶやく。


「ふむ、ようやく少しは動けるようになってきたな。Q-アルマの操作特性上、どれだけ自らの体を意図した通りに動かせるかが重要になる。いつでも最高の成果を出すためには、どんなに辛い状況でも体を動かし続けることが大事だ。有事の際は、Q-アルマを動かすことのできる我々が前線に立つ。我はそのための Ausbildung を課している」


「はぁ……はぁ……わ、わかってる。ベティーナさんには感謝しているよ」


 荒くなった息を無理やり整え、感謝の気持ちを伝える。


「いいか。我々は『制服を着た市民』である。上官からの命令に易々諾々と従うのではない。その命令が良心に基づいているか。違法ではないか。人道に反する命令ではないか。それらを判断した上で、従うかどうかを決めるのだ。そのためにも、どんなときでも頭と体を動かせるだけの体力を持たねばならん。モリムラは、今一度それを自覚するべきだ」


「『制服を着た市民』?」


「ああ。我が国の軍は、過去に上官の命令を絶対としていたことが原因で、人道から大きく外れた行動を行った。そのため、兵士や軍人ではなく、『制服を着た市民』であろうという理念が生まれたのだ。だが、人間、疲れているときは考える力が大きく落ちる。それを狙って、上官が違法な命令を強いてくるかもしれない。それを避けるためには、圧倒的な体力が必要なのだ」


「な、なるほど」


「考え続けよ。さすれば、良心に基づき、遵法で、人道を守る判断ができる。Q-アルマという強大な力を使う以上、肝に銘じておくが良い」

 そういうと、ベティーナは今日の訓練は終了と言い残し、颯爽と立ち去っていった。

 俺はその場でへたり込むように座り、彼女の背中を見つめる。


 ベティーナが駆るQ-アルマからは、誰よりも的確な動作と力強さを感じる。それは、それだけの覚悟を決め、徹底した訓練を行なっている成果なのだろう。


 朝日に照らされた訓練場で、俺は新たな決意を胸に刻んだ。ベティーナ・シュメリングとの特訓は、Q-アルマ操縦士としての覚悟を教えてくれたようだった。


「ハーレムルートどころか、俺、本当に強くなれるかもしれない」と、俺は心の中で静かに決意を固めた。

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