第5話 伝統の重み
夕暮れ時の道場。板の間で正座する俺の前には、凛とした佇まいの少女。
「
楓の静かな声に、俺は深呼吸をする。その声は、まるで静かな湖面に落ちる水滴のように、俺の心に波紋を広げた。
「ごめん、鳥居塚さん。なかなかうまくいかなくて」
楓は小さく首を振った。
「焦らないでくださいね。拙者は、Q-アルマの操縦と武道の心は、根本は同じだと感じております」
俺は内心で苦笑する。「拙者」って、本当に現代の女子高生が使う言葉なのか?でも、それが楓らしさなんだろうな。
彩姫にQ-アルマの操縦のコツやアドバイスを求めても断られ、クロエに聞いても擬音や感覚で答えられるため参考にならず、俺のQ-アルマの操縦技術はなかなか向上していない。先日のシャーロットとの仲違いの結果、Q-アルマ訓練では毎回名指しで相手に指名されているのを幸いに、なんとか操縦技術を盗めないかと試みているが、それはやはり経験値の差がありすぎて、参考になるものはほとんどない。
「まるで初心者がプロゲーマーの動きを真似しようとしているようなものだな」と、俺は自嘲気味に思う。
まだまだクラスやQH学園に溶け込んだとは口が裂けても言えない状況のため、ペアを組む授業や訓練で俺はぼっちになりがちである。そんな俺を指名して、Q-アルマの操縦技術を見せてくれるシャーロットには感謝しかない。Q-アルマ訓練の時間が終わるたび、トリックを教えろと迫ってくることには辟易しているが。
教官より、入学当初よりマシになったとは言われたものの、周囲を見ると心が折れそうになる。実機に搭乗し始めたのは同じタイミングとはいえ、俺以外は少なくとも3年以上はシミュレーションでQ-アルマに慣れ親しんでいるのだ。明らかに習熟度が違う。
クォンタム・コアの適合率が0%を超える男は、まだ俺しかいない。だからといって、成果を出さなくていい、というわけにもいかない。授業料どころか日常の生活費すらも各国の税金で賄われているQH学園にいる以上、何かしらの成果を出したいと思うわけで。いろいろと試行錯誤し、クラスメイトたちの操縦を見続けた結果、俺は楓に相談することにしたのだ。
Q-アルマの操作が流麗で、普段の生活でも姿勢の綺麗な楓。さらに、日頃の言動は一本芯の通っているようにも感じる。そんな彼女なら、男の俺にも何かアドバイスをくれるんじゃないかという淡い期待を胸に、意を決して質問した。
そのままあれよあれよという間に、俺は楓の弟子のようなものになることになった。「まさか、ハーレムルートの一つが武道少女ルートになるとは」と、内心でちょっと笑ってしまう。
「今一度、見ていてください」
そう言って、楓は立ち上がり、木刀を手に取る。高い位置で結ったポニーテールと楓の特徴的な一人称も相まって、まるで昔話に出てくる侍のようだ。
楓の動きは流れるように美しく、力強い。木刀が空気を切る音が、静寂の中に響く。まるで時が止まったかのような瞬間だった。
「これが、拙者の家に伝わる居合の型です」
俺は息を呑む。その緩急がついた動き。最小限で最大の効果を求める動きは、確かにQ-アルマの操縦に通じるものがあるように見えた。
しかし、これまでも何度か見せてもらったが、稽古を積めば積むほど、楓と同じように型を演じることはできない気がしてくる。
「すごいな……でも、俺には」
「できます」
楓は俺の言葉を遮った。その声には、静かだが強い確信が込められていた。
「護斑殿にも、きっとできます」
楓は再び俺の前に座り、真剣な眼差しで語り始めた。
「Q-アルマは最新技術です。ですが、それを動かすのは拙者たちの心と体と技。日本の武道が大切にしてきた、精神の集中と身体の調和。それがQ-アルマの操縦にも生きるのです」
「伝統と最新技術の融合、か」
俺は考え込む。確かに理屈では分かる。だけど、実際にやろうとすると思い通りにはいかないものだ。まるで、古い和服にスマートフォンを合わせるようなものかもしれない。
「難しいよな。楓は、初めからできたんだろう?」
楓は少し考えてから、静かに答えた。
「いえ、拙者にとってもQ-アルマの操縦は簡単ではありませんでした。でも、拙者は考えたのです。先人の知恵を受け継ぎ、それを新しい形で表現する。それこそが、真の継承ではないかと」
その言葉に、俺は何かを掴みかけた気がした。
「なるほど……ただ真似るんじゃなくて、自分なりに解釈して、その場にあった最適なものを作り出す」
楓は嬉しそうに頷いた。その表情は、まるで満開の桜の花のように美しかった。
「そうです。護斑殿なりの、Q-アルマと武道の融合を見つけてください」
「ありがとう」
俺は立ち上がり、深く息を吐く。
「よし、もう一度やってみる。まずは素振りからだな」
楓も立ち上がり、俺の隣に並んだ。
「一緒に」
楓に教わった通りに木刀を構える。大上段に構え、まっすぐ振り下ろす。だが、その速度はゆっくりと。10秒以上の時間をかけて、一番下に振り下ろす。横目で隣に並ぶ楓の動きを盗み見て、自分の動きを直していく。まだまだぎこちない俺の動きだが、楓の動きに近づけることを目標に続けていく。
夕陽に照らされた道場で、俺は新たな可能性を感じていた。伝統の重みと、それを活かす喜び。鳥居塚楓との稽古は、俺にとって大きな一歩となった。
そして同時に、この経験が楓との距離を縮めるきっかけになるかもしれないという、小さな期待も芽生えていた。「ハーレムルート、順調に進んでいるな」と、俺は内心でちょっとふざけた考えを抱きつつ、真剣に稽古に打ち込んだ。
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