第4話 プライドの衝突

 QH学園に入学してから2週間ほど経ったある日の放課後の教室。俺は課題のレポートに取り組んでいた。他の生徒は中学生のときに取り組んだ課題だ。入学前の4ヶ月で詰め込みきれなかった知識や考え方を、入学してからも詰め込んでいく。


「まるで時間旅行者になった気分だ」と、俺は苦笑しながら思う。


 唸りながらも少しずつ書き進めている俺の元へ、優雅な足取りで一人の少女が近づいてきた。


 深紅の長髪と翠玉のような瞳。全身に気品あふれる雰囲気を纏ったその少女は、シャーロット・グリフィス。イギリスの名門貴族の娘らしい。


護斑もりむら


 日本語が母語の人と違和感がないくらい流暢な発音でありながらも冷たい声に顔を上げると、シャーロットが俺を見下ろしていた。その目は、まるで高級レストランで出されたハンバーガーを見るような目だった。


「なに?グリフィスさん」


「貴方に聞きたいことがございますの」


 俺は少し驚いた。高校生としての通常学力はもちろん、クォンタム・コアやQ-アルマの知識が学年一乏しい俺に、成績上位者のシャーロットが聞きたいことなんて、まったく予想がつかない。そもそも、シャーロットは俺に敵意を向けている人の1人であり、これまでまともに会話したこともない。


「貴方の階級はなにかしら?皇族に近しい特権階級なんでしょう?同じ貴族同士、貴方のトリックの種明かしをしてほしいんですの」


「階級?トリック?」


 俺の頭の中で、ハテナマークが踊り始める。


「あら、とぼけなくていいんですのよ。男の貴方がクォンタム・コアと適合できるはずございませんわ。何らかのトリックを使い、女性が動かしているQ-アルマを、さも貴方が動かしているように見せている。違うかしら?」


「違うね。というか、自分で何を言っているかわかってるのか?クォンタム・コアの遠隔稼働とQ-アルマの遠隔操縦の技術は存在していない。4ヶ月前にクォンタム・コアやQ-アルマの勉強を始めた俺でも知っていることだ」


「だからトリックと言っていますでしょう。日本における特権階級である貴方は、トリックをつかってクォンタム・コアの適合率を操作し、Q-アルマを動かしている。目的はわかりませんが、貴方がQH学園に潜入することが必須条件だったのでしょう。こうしてトリックがバレずにQH学園に入学したんですもの。イギリスでの特権階級である貴族のわたくしになら、トリックの種明かしをできますわよね」


「何を言ってるんだか。そもそも俺は特権階級なんかじゃない。あんたらの言い方をすれば、平民ってやつだよ。お貴族サマはノブレス・オブリージュ、だっけか。それを適切に行使してくれよ。何もしていない平民は、邪魔しないから」


 そう言って、課題のレポートに戻ろうとする俺の机をシャーロットが叩いた。その音は、まるで裁判官のガベルのようだった。


「貴方、平民?平民なのね……そう、平民なら平民らしくすべてをわたくしに差し出しなさい。貴族であるわたくしがそのトリックをよりよく使って差し上げますわ」


「さっきからトリックトリックうるせぇな。クォンタム・コアに繋がってる計測器ならともかく、クォンタム・コアやQ-アルマを俺が動かしているように見せるなんて不可能だろうが。お貴族サマは俺よりも長い期間勉強しているはずなのに、そんなこともわからないのかよ。本当に勉強してんのか?」


「……それは、平民の分際で、貴族のわたくしに楯突いたということで、いいかしら?」


「はっ、貴族っていう肩書きがなきゃ何もできないのかよ。ダッセェな」


 シャーロットから何かが切れたような音が聞こえた気がした。まるでシャンパンの栓が抜けるような音だ。


「平民の分際で!生意気なのよ貴方!わたしに楯突いたらどうなるかわかってるんでしょうね!?」


「ここはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国じゃない。貴族の肩書きでいばりたいなら、本国に帰ったらどうだ?」


 シャーロットは顔を真っ赤にして、両手で何度も俺の机を叩く。その様子は、まるでピアノの練習をしている幼児のようだった。


「言わせておけば!次のQ-アルマ訓練では覚えてなさい!ボロカスにしてトリックを露わにしてさしあげますわ!」


「はいはい。楽しみにしてますよ、お貴族サマ」


 シャーロットはさっと踵を返すと、足早に教室を出て行った。その後ろ姿は、まるで怒ったペンギンのようだった。


 教室から出ていく後ろ姿を見送り、教室に俺1人になったことを確認すると、頭を抱えて深いため息をつく。


「やっちまった……いくらなんでも売り言葉に買い言葉すぎるだろう。Q-アルマの実機を持ったのはお互いに2週間前だけどさ。向こうは少なくとも3年以上はシミュレーション訓練をしている。勝てる要素はない」


 椅子に座ったまま頭を抱えてのたうち回る。


「ま、いっか。別にトリックなんてないんだし。グリフィスさんの操縦技術を間近で見れると思えば、ボロカスにされる価値はあるな。それに、少しは根性あるとこ見せとかないと、俺の後に続いてくるはずの男性操縦士候補生の肩身が狭くなっちゃうし」


 気合いを入れ直すため、両手で自らの頬を2、3度叩く。そうして、手が止まっていた課題のレポートに再び取り組んでいった。


「よし、これで少なくとも2人の女の子と接点ができた。ハーレムルートに乗ったぞ!」


 ちょっとふざけた考えが頭をよぎる。


 だが、心の中では、シャーロットとの確執が、これから長く続くことを予感していた。そして同時に、この確執が彼女との距離を縮めるきっかけになるかもしれないという、小さな期待も芽生えていた。

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