第3話 シェフの微笑み

 彩姫にバッサリと断られたあと、男子更衣室で制服に着替える。この学園は、学園長先生と一部の技術者以外は、教員も女性ばかり。そのため、教員用の男性更衣室はあるものの、機密情報だらけであり、一生徒を入れるわけにはいかないとのこと。そのため、急場凌ぎとして建てられたプレハブ小屋が、男子更衣室だ。


「まるで秘密基地みたいだな」と、俺は苦笑しながら思う。


 俺がクォンタム・コアに適合したことで、他の男性もクォンタム・コアに適合するかもしれないと、国が総力をあげて適合検査を行なっているらしい。そのため、クォンタム・コアに適合する男性がいたら、ちゃんとした更衣室を建てるかも、とのこと。これは全部、入学式後にここの更衣室まで連れてきてくれた男性技術者から聞いたことなのだが。


「プレハブでも用意してくれるだけありがたい。エアコンもあるから、夏も冬も快適だし。あ、こういうところが特別扱いって言われるのか。だからって教室や女子更衣室で着替えるわけにもいかないだろうに」


 更衣室の鍵をかけたところで、特別扱いと言われたことの理由がわかったような気がした。意図せず漏れたため息を残し、俺は教室に向かう。


「よし、今日こそは氷の女王に負けないぞ」と、自分を鼓舞する。


 自分の教室に入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。


「Mon Dieu!ようやく戻ってきたわね!」


 明るい声とともに、金髪の少女が俺の前に現れた。碧眼と華やかな笑顔が印象的だ。先日、ホームルームで全員が自己紹介をしたときにも、比較的好意的な対応をしてくれた女子生徒。


「えっと、ヴィアール、さん?」


「ええ、クロエ・ヴィアールよ。フランスから来たの。改めてよろしくね、ユウヤ!」


 名前を間違えなかったことに安堵するよりも、いきなり下の名前で呼ばれて戸惑う俺。だが、彼女の屈託のない笑顔に、自然と緊張がほぐれていく。


「ああ。こちらこそよろしく、ヴィアールさん」


「Non!わたしのことは、クロエって呼んで」


 ウインクをしてくるクロエに、俺はただ頷くしかできなかった。


「まるで太陽みたいな子だな」


 心の中でつぶやく。


「ねぇ、ユウヤ。これ、食べてみて!」


 そんな俺の目の前に差し出されたのは、ラップに包まれた小さなカップケーキ。ぱっと見は特にデコレーションのない、シンプルなものだった。

 つい差し出されたものを受け取ってしまう。


「えっと、これを、俺に?」


「Oui!どうぞどうぞ!」


 ニコニコとした笑顔を見ていると、この場で食べないと悪いような気がしてきた。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます」


 そっとラップを外し、カップケーキを口に運ぶ。


「うわ...うまい!」


 口の中に広がる甘さと香り。今まで味わったことのない美味しさに、思わず声が出た。


「これ、Q-アルマの操縦よりうまいかも」と、つい冗談が口をついて出る。


「クロエさん、めっちゃうまいよ!」


「Ah bon?良かった!」


「すごいよ、クロエさん。プロみたいだね」


「Merci! 料理は私の趣味なの。Q-アルマの操縦と同じくらい大切にしてるのよ」


 彼女は楽しそうに笑う。その笑顔に、俺も釣られて笑顔になる。


「こんなに美味しいものをありがとう」


「Je t'en prie. せっかく同じクラスになったんだもの。みんなで仲良くなれたらいいなって」


 クロエの言葉に、胸が温かくなるのを感じた。


「それにね」


 彼女は少し照れくさそうに続ける。


「日本の文化をもっと知りたいの。だから、ユウヤも色々教えてね?」


「ああ、もちろん。俺にできることなら何でも」


「約束ね!」


 クロエは俺の返事に満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、まずは日本の『努力は才能に勝る』って考え方から教えようかな」と、俺は心の中で決意する。


 氷雨彩姫との冷たい出会いとは対照的な温かさ。クロエ・ヴィアールという少女の存在が、これからの学園生活を明るく照らしてくれる予感がした。


 そして同時に、彩姫の言葉が頭をよぎる。「才能」か「努力」か。その答えを見つけるため、俺はこれからも全力で頑張ろうと心に誓った。

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