第23話 番を見つけられますように(中編)
冬用のもこもこコートを着込んで、馬車に乗ってディートグリム公爵領で一番大きな街に向かう。
久しぶりに訪れた街は、ハートのオーナメントにあふれていた。
男の子と女の子の妖精の描かれた絵や人形が、いたるところに飾られている。
全てに『ハッピー・フィーリア・ウィーティス・デー』と可愛い書体で記されていて、挨拶にもその言葉が飛び交っている。とても賑やかだ。
「街の様子が先月とは一変していますね。カップルが多い様子ですし」
「そうね。二月十四日に『フィーリア・ウィーティス・デー』があるから」
馬車の窓から外を眺めていた私は、「我が家では毎年、妖精植物の〝フィーリア・ウィーティス〟へ『来年は開花しますように』と願いながら、一生懸命お世話する日だけれど」と、アルトバロンに視線を向ける。
「『フィーリア・ウィーティス・デー』は、この時期に生まれる〝ショコラの妖精〟を祝福するお祭りが起源なのよ。今はどちらかというと、恋人たちを祝福する日の意味合いが強いみたい」
「ああ、先ほどの『妖精植物事典』にありましたね。〝フィーリア・ウィーティス〟は十年かけて番となる妖精を探し、一生添い遂げると」
「そうなの。無事に番になった〝フィーリア・ウィーティス〟は、恋人たちを祝福して回るんですって。妖精たちを祝福するお祭りから転じて、今では恋人たちを祝福するお祭りになったそうよ」
多分、この王国独自の伝統的な祝祭だったはずだ。アルトバロンが知らないということは、彼はやはり他国……獣人の王国出身の王侯貴族である可能性が高い。
というのも、精霊族と獣人族の国は仲が悪いことで有名だ。
精霊族出身の妖精植物に関連した他国の祝祭をわざわざ教科書に載せたりしないだろうから、アルトバロンが知らないのも頷けた。
そんな『フィーリア・ウィーティス・デー』だが、前世で言うところのバレンタインデーみたいな感じだろうか。
好きな人や感謝を伝えたい人へ、チョコレートだったり、〝フィーリア・ウィーティス〟の花に似ていると言われる薔薇の花束を贈る習慣がある。
そして、この時期に好きな人に告白すると、妖精の祝福を受けて一生添い遂げることができるとも言い伝えられている。
ディートグリム公爵領は王都の次に〝フィーリア・ウィーティス〟の目撃情報が多いから、街は特に盛り上がっているようだった。
可愛く飾り付けられたショコラ色のお店の前で、アルトバロンと一緒に馬車を降りる。
領民の皆と挨拶を交わしながらお店に入ると、早速チョコレートの材料を選んでいく。
魔力にこだわるのなら、カカオ豆からチョコレートを手作りした方がいい。
ここは練習分も含めて、多めに買っておこう……!
幸い厨房用の魔道具があるので、大変な工程も多少簡単にできるだろうけれど、作り慣れているわけではないので普通に失敗する可能性がある。
先日、妖精植物の専門家を呼んで診断してもらった時には、『開花は来年になるでしょう』と告げられていたので、油断していた。
「あっ! 狼型があるわ! もふもふな感じが表現されていて可愛いっ」
「お嬢様、それは犬型では?」
「えっ、犬型……?」
チョコレートを固める型を選んでいた私は、くま型の隣にあった狼型を手に取る。
この耳のピンとした感じは犬より狼に見える。いや、狼型だと思った方がテンションが上がる。やっぱり、可愛くて大切な従者を表す概念的なものには、つい手が伸びてしまうのだ。
「くまの隣にあるのだから、きっと狼よ。ふっふっふっ、これに決定!」
開花の瞬間にはアルトバロンも立ち会うのだし、きっとショコラの妖精も喜んでくれる気がする。
定番のハート型をいくつかと狼型を購入した私たちは、恋人たちで賑わう街を少しだけ見て回ってから、家路についた。
◇◇◇
それから三日間、チョコレート作りに励んだ結果、美味しくて見た目も綺麗なチョコレートがたくさん作れた。
そして本日、二月十四日は、朝早くからアルトバロンとふたりで温室にこもっていた。
「ハート型チョコ、狼型チョコ、トリュフに生チョコにブラウニー」
「どれも美味しそうですね」
「ええ! アルトが手伝ってくれたおかげよ。ありがとうアルト」
私はほくほくの笑顔で、チョコレートをしまっていた宝石箱の形をしたお菓子入れの蓋を開く。
改めて専門家に見てもらったところ、我が家の温室で育てている〝フィーリア・ウィーティス〟の開花は、やはり祝祭と同じ日である二月十四日だろうという判断だった。
二月十四日は特に〝フィーリア・ウィーティス〟の魔力が強くなると言われている。
重要な魔力肥料の調整日でもあるので、例年もお父様から許可をもらって温室で一日を過ごしている。
そのため温室には〝フィーリア・ウィーティス〟が観察できる位置に、どどんとガーデンテーブルや椅子が置いてあった。
今年はアルトバロンも一緒なので、ワクワク感も倍増だ。
去年まではお母様を思い出して泣いていた時間が……こうしてアルトバロンとふたりで開花の瞬間を待つことになるなんて、想像もしていなかった。
「お嬢様、そろそろ正午を回ります。これから先はいつ開花してもおかしくないでしょう」
「そうね。開花の瞬間を見逃さないようにしなくちゃ!」
私は紅玉の瞳を開いて、大きく膨らんだ薔薇色の蕾を見つめた。
お母様が用意したハートの形の籠に年月を経て絡みついた蔦の先にはいくつかの蕾があるが、一株から妖精は一体しか生まれない。青々とした葉が茂る中央にある蕾が、妖精の生まれる花だろう。
その時、ふるりとその蕾が震えた。
「あっ」
開花のきざしだ。私は思わず椅子から立ち上がって、大きな蕾に近づく。
「アルトも早く」
「はい」
アルトバロンは遠慮がちに私の隣に並んだ。
私は彼にもちゃんと蕾がよく見えるようにと、彼の腕をぎゅっと引っ張って、お互いの肩を寄せ合う。
「お、お嬢様。あの……近すぎます」
アルトバロンはわずかに目元を赤く染め、もふもふの狼耳と尻尾をピンと立てて慌てる。
もしかしたら、主人と肩を並べるのはよくないと思っているのかも?
でも今は、そんなちっぽけなことは関係ないのだ。
「だって、貴重な妖精植物の開花に立ち会えるなんて、この先ないかもしれないでしょう? 奇跡の瞬間なのだから、ふたりとも平等に特等席で目に焼き付けるべきだわっ」
「ですが」
「……ほら見て!」
薔薇色の蕾が震え、きらきらと少しずつ燐光が立ち上り始める。
――いよいよだ。
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