第5章 番をみつけられますように

第22話 番を見つけられますように(前編)

 

 二月。アルトバロンが私の従僕になって約半年が経った。

 季節は冬を迎え、私たちはディートグリム公爵領にある屋敷で過ごしている。


 この世界の季節の移り変わりはほとんど日本と一緒だ。

 ディートグリム公爵領は地形の関係か雪が舞う日も多く、今日も外には銀世界が広がっている。学院の入学季節は春ではないけれど、前世と同じ四季を感じられるのは嬉しい。


 そんなある日。暖炉の前にあるソファに腰掛け、そばに控えているアルトバロンに勉強を教えてもらいながら過ごしていると、コンコンと扉がノックされた。


「はい、どうぞ」

「ティアベル、少し頼みがあるのだが」


 扉を開けて入ってきたお父様は、左手に萌黄色の分厚い本を持っていた。

 見慣れた表紙の装丁ですぐに題名がわかる。精霊族出身の有名な錬金術師、フィー・エルドラードの記した『妖精植物事典』だ。


「お父様の頼みたいことって……お母様の妖精植物がどうかしたの?」

「話が早くて助かる。庭師の話によると、どうやら温室の〝フィーリア・ウィーティス〟の開花が今年になりそうらしい。その世話を頼みたいんだが」

「すごい! 予定より一年早まるなんて!」


 私は目を輝かせてお父様に駆け寄る。


「ああ、そうだな。きっとティアベルが毎年頑張って世話をしていたからだろう。〝フィーリア・ウィーティス〟は彼女が特に気にかけていた妖精植物だ。頼んだぞ」

「はい」


 お父様は『妖精植物事典』を私に手渡すと、また仕事へ戻っていった。


「お嬢様。あの、〝フィーリア・ウィーティス〟とは?」


 そばに控えていたアルトバロンが狼耳をぴょこりとする。

 私はアルトバロンの横に並んでからフィー・エルドラードの『妖精植物事典』を開いて、〝フィーリア・ウィーティス〟の項目をアルトバロンへ見せる。


「〝フィーリア・ウィーティス〟は精霊族の王国とシュテルンベルク王国だけに自生する、貴重な妖精植物なの。もともとは精霊族の王族がシュテルンベルク王国の妃殿下に贈ったものが、自生するようになったと言われてるわ」


 淡く光り輝く薔薇に似た花弁と蔦が特徴の妖精植物だ。魔力を多く含んだ土地だけで育つ。

 開花するまでには五年以上かかり、我が家の温室にあるものは私が二歳の時にお母様が植えたものだった。


『楽しみね、ティアベル。あなたが七歳になったら、妖精さんが生まれるわよ』

『ようせいさん?』

『ええ。この妖精植物はね、妖精さんが生まれる珍しいお花なの。どんな子が生まれるかしらね? 生まれる時にはたくさんチョコレートを作って、お母様とお父様と一緒にお世話をしましょうね』

『うん!』


 ――そんな会話をお母様としながら、温室で過ごしたのを覚えている。


 脳裏に浮かんだ懐かしい光景に、少し鼻がツンとして瞳がうるっとしてきたけれど、私は唇を微笑みの形にした。なんと言っても待ちに待った開花だ。


「〝フィーリア・ウィーティス〟は蕾が開く時に、妖精が生まれると言われているの。その時に魔力の源となる甘いお菓子を与えなくちゃいけないんだけど、我が家ではチョコレートをプレゼントしたいのよね。チョコレートが一番魔力が強まるみたいなの」


 それに〝フィーリア・ウィーティス〟は、甘いお菓子の中でも特にチョコレートに目が無いらしい。

 別名〝ショコラの妖精〟と呼ばれているくらいだ。


「魔力の源がないと、〝フィーリア・ウィーティス〟はつがいがわからなくなってしまうんですって」

「なるほど。生まれる瞬間に立ち会い、魔力の源となるチョコレートを与えるのが、旦那様から託された役目というわけですね」

「その通り! お母様ならきっと沢山の種類のチョコレートを用意すると思うわ。……こうしちゃいられないわね。まずはチョコレートの材料を買いに行かなくちゃ!」


 開花に間に合うように作らないと、と私はパタンと『妖精植物事典』を閉じる。


「アルトもチョコレート作り、手伝ってくれる? ちょっと大変かもしれないんだけど……」

「僕はお嬢様の従僕です。お嬢様のお望みのままに、すべてをお手伝いいたします」


 アルトバロンは無表情だった氷の美貌に、雪解けのようなやわらかな微笑みを浮かべる。


「ありがとう」


 ということで、私たちは〝ショコラの妖精〟にプレゼントするチョコレートを作ることになった。


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