第21話 [閑話]王太子殿下とお父様

 ◇◇◇


「それで結局、弟とティアベル嬢は友人に?」


 王城の一室で執務にあたっていた金髪碧眼の美しい青年――ユーフェドラ・シュテルンベルクは、肩丈に切りそろえられた髪を耳にかけながら、執務机から顔を上げる。


「我が家の従僕も含めてな」


 書類が山積みになっていた執務机には、銀灰の長い髪を三つ編みに結い上げた軍服姿の幼馴染、グレイフォード・ディートグリムの手によって新たな束が追加された。


「ああ、ヴォルクハイト第一皇子……じゃなくて、アルトバロンだったかな? あの彼がレグルスに心を開くなんて想像してもいなかったよ。ディートグリム公爵領の護衛騎士団にいた時は、手負いの狼みたいに警戒心の塊だったじゃないか」


 ユーフェドラは一度だけ目にした絶世の黒髪美少年を思い出す。

 菫青石色の瞳を細め、気高さだけは失うまいと剣を振るっていた孤高の黒狼は、誰かを簡単に信頼するようには見えなかった。


「警戒心は相変わらずだ。ティアベルを除いてな。だが、レグルス殿下とアルトバロンの交流は互いに良い刺激になるだろう。……ユーフェドラ、お前の思惑通りにはならなかったようだな」

「本当に残念だよ」


 ひとつ、ふたつ、みっつと追加される書類の束を〝シュテルンの瞳〟と呼ばれる星空のように美しい双眸で追ってから、ユーフェドラはやれやれと肩を落とす仕草をした。


「レグルスは女性が苦手だというから、早めに婚約者を決めてほしかったんだけれどね。あのままじゃあ社交もままならない。

 手紙すら交わしたこともないのに、『責任を取るためにティアベル嬢を娶りたい』と言い出した時は、生真面目過ぎてどうかとも思ったけれど……今後を考えれば、良い選択だった」


「破談にはなったが」

「グレイフォードがもっと推してくれたら良かったのに。どうせ最後は、『やはり恋愛はまだ早い』とか思ったんだろう?」

「なぜ知っているんだ? お前の蝶の侵入はなかったが」

「そりゃあ、レグルスのあの顔を見たらね。固有魔法を使わなくたって、僕でもわかるよ」


 ユーフェドラの細く長い指先の上で、アクアマリンのように煌めく蝶が淡い燐光を振りまきながらひらひらと舞う。




 王都にあるディートグリム公爵邸を訪れてきたと報告にやって来た弟は、普段の堅物感をどこかに置き忘れたように上の空だった。


『兄上なら、謝罪の品に何を贈られますか? その……恥ずかしながら、ご令嬢が何を好むのか検討もつかないのです。ティアベル嬢には……その、適当な謝罪をして嫌われたくなくて』


 この間まで、怖い夢を見たので一緒に寝てほしいとベッドに潜り込んできていたレグルスの成長に、ユーフェドラは目を丸めた。


 頬を染めながらどこか落ち着かない様子の弟は、『やはり珍しい林檎の樹を栽培するべきでしょうか?』と斜め上の提案をする。

 妖精植物が好きだというティアベルならそれも喜びそうだが、薬草学が苦手で不器用な弟に植物の栽培は難しいだろう。謝罪の品を届けるより彼女が誰かと婚約を結ぶ方が早そうだ。


 王太子として、ただひとりの兄として、レグルスの自覚するまでに育っていない恋心を応援したいと思ったユーフェドラは、『そうだねぇ』と考える仕草をする。

 そして、報告資料として机の上に置かれていた城下街の広告に目を止めた。


『ご婦人方の間では、どうやら精油アロマオイルが流行っているそうだよ。ご令嬢たちの間で広まるのもすぐだろう』

『そうなのですか!? それなら丁度、先日母上の伝手で頂いたものがあります。試してから、検討してみます!』

『レグルスの母上の伝手か。……うん、喜んでもらえるといいね』


 ユーフェドラは優雅に頷く。


 先の事件の折に、護衛騎士を圧倒するレベルで水魔法を操ってみせたというディートグリム公爵家の令嬢・ティアベルの勇姿は、報告にも上がっていた。

 その姿勢はティアベルが十数年後、王国や民を心より愛し大切に育める良き第二王子妃となる片鱗のように感じ、好ましく思っていたのだが……本人にはその気がないらしい。非常に残念だ。




「これで第二王子派……――クレアローズ第二王妃殿下派を、大人しくさせられると思っていたんだけどな」

「愛娘のパーティー会場を貸してやっただろう」

「だから、それのお詫びでもあったんだ。ディートグリム公爵閣下は、少なからず喜んでくれただろう?」

「そうだな。そうだが…………目前となると、気が変わった。可愛い娘に婚約はまだ早い」


 グレイフォードが眉間のシワを増やす。


「ふふっ。溺愛だね」

「最愛の妻が残した大切な娘だからな」

「幸せそうで妬けるよ」


 ユーフェドラは穏やかに微笑んで窓の外に視線を向ける。

 眼下に広がる城下の街路樹は赤や黄色に彩られており、深まる秋を告げていた。



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