第11話 差し出された手は掴むのみ(2)
水魔法は四大元素魔法に分類されるため、この土地の魔力を巻き上げさらに強力になる。
理論上、この地の魔力はディートグリム家の血に流れる魔力とも反応するだろうから、通常の水魔法の三倍相当の威力にはなっているはずだ。
加えて大人数人分の魔力での放水とくれば、初級魔法でも十分戦力になれた。
しかし、グリフォンから幾度も吐き出される火球を視界に捉え、その速度より早く水狼をコントロールするのはとても難しい。
「うううう、いっけぇぇぇ!!!!」
ぐっと両足に力を入れてその場で踏ん張り、両手から勢いよく魔力を放出する。今はとにかく精一杯やるしかなかった。
「なっ。ティアベルお嬢様!? き、危険です!」
「どうか屋敷の中へお入りください!!」
「ここは我々にお任せをッ!」
私の叫び声で水狼を操っていた人物が誰であるか気がついた護衛騎士たちが、慌てたように声をあげる。
しかし、お父様はこちらを一瞥し「ふん。ティアベルの好きにさせてやれ」と口角を吊り上げてくれたので、私はこちらを振り返ったアルトへ目配せして、力強くこくりと頷いた。
「わかりました。お嬢様の防御は僕にお任せください。このまま、お嬢様には傷ひとつ付けさせませんから」
頼もしい宣言とともにアルトも頷き返してくれる。
私たちはまた荒れ狂うグリフォンに向き直った。
熱風が吹き荒れ、額に汗が浮かぶ。
息を吸うたびに鼻や喉の奥が火傷しそうなほど熱くなる。
そんな中、お父様が三体の炎獅子を同時に消滅させた。
しかし護衛騎士たちが「やったぞ!」と叫んだ次の瞬間、アルトの前に緋色の召喚魔法陣が現れる。
息をつく間も無く近距離で現れた巨体に、私は思わず「きゃああっ」と悲鳴をあげた。
「――くっ! なぜこんなところに召喚するんだ!」
上級防壁魔法を展開させながら水魔法を剣に纏わせたアルトバロンが、真っ二つにそれを斬り裂く。
無数の火の粉が飛び散ったが、アルトバロンによって周囲に張り巡らされていたらしい防炎魔法によって、それもすぐさま鎮火した。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「え、ええ。なんとか。ありがとうアルト」
本当はびっくりして心臓が止まるかと思った……。
いつの間にか詰めていた息をふぅっと吐いて、胸の前で握りしめてしまっていた両手をほどき再び集中する。
小刻みに震える指先は、見ないふりをした。
火球の消火を私とアルトバロンが一手に引き受けたことで新しい火種がなくなっていき、庭園の消火活動が順調に進んでいく。
花壇や木々に移っていた炎ほとんど鎮火し、煙が細く上がるのみになっていた。
あとはあの子の魔力が暴走しなくなれば、いいんだけど……っ!
どこからともなく吹き荒れる熱風が、長い髪を巻き上げて視界を乱す。
集中すればするほど、耳から入ってくる言葉はただの音へと変化していく。周囲の状況はいつしかまったくわからなくなっていた。
その時だった。
「まさか、あり得ない!」
「……えっ?」
アルトバロンがただならぬ声をあげる。
遠くだけをまっすぐ見ていた視線を引き戻すと、私とアルトバロンを三つの召喚魔法陣が囲んでいた。
いつの間に!?
この至近距離で三体同時にグリフォンが召喚されたら、流石に今の年齢のアルトでは斬り伏せられないだろう。
水魔法の壁を作る?
庭園の上空へ向けていた魔力を、早く手元に……――どうしよう、魔力の操作が間に合わない!
「……お嬢様ッ!」
必死の形相をしたアルトバロンがこちらを振り返り、剣を握っていない方の腕を伸ばす。
切なく歪められた菫青石色の瞳が『僕を信じてほしい』と懸命に訴えかけていた。
「アルト……っ」
……心配しなくても大丈夫。私はあなたを信じてるから。
初めて彼の方から差し出された手のひらを、私は迷うことなく手に取った。
彼の瞳が大きく揺れる。
しかしそれは一瞬のことで、すぐさま鋭さを取り戻した。
「檻の中はどこまでも暗く、昏く、幸せに満たされる――〝箱庭〟」
アルトバロンの静かな詠唱が耳元で聞こえたと同時に、三つの召喚魔法陣が緋色に輝く。
暴風が巻き起こり、今まで感じていた以上の灼熱が肌を撫でる。
咆哮と火の粉の揺らめきが迫り来る中、アルトバロンの腕が強く強く、私を彼の胸へ抱き寄せた。
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