第11話 二人だけの秘密

 吸い込まれそうなほど真っ直ぐに見つめられ、だんだんと恥ずかしくなってくる。

 私は照れ隠しに、ニコッと笑みを浮かべた。


「それからね。ここも出たり入ったりできるのなら、『怖い』場所じゃなくて『楽しい』場所にできると思うの。〝秘密の隠れ家〟って感じで」

「……は? 隠れ家、ですか?」

「そう、隠れ家! なんだかワクワクする響きねっ。幼心をくすぐる秘密基地、どこからでも安全圏に避難できる転移の扉! それが魔法仕掛けの秘密の部屋につながっているなんて、最高じゃない!」


 私はグッと拳を握って熱く語る。


「さっきアルトはなんて言っていたかしら? 神域の下位互換ですって? そんなの、それこそ神様の尺度じゃない。私の尺度で測るなら、人ならざるものたちに永劫囚われ続けるかもしれない神域より、アルトの固有魔法のほうがずーっと安全で便利だわ!」

「安全で、便利……?」


 アルトがぽかんとした表情で「安全? いや、便利とは?」ともう一度呟く。


「だって秘密の隠れ家に自分の意思で自由に入れるなんて、夢しかないでしょう? たくさん研究して、もっともっと便利にしたいわ!」


 こんな素晴らしい固有魔法、聞いたこともないのだ。


「アルトの意図した対象ってどこまでが範囲なのかしら? ベッドは召喚できなかったってことは、手の触れた範囲? それとも先にマーキングして範囲指定をするの?」

「えっと、お嬢様……?」

「食事を持ち込んだら食事もできるかしら? 蝋燭が灯っているし、家具は置きっ放しにできるの? それとも部屋自体は記憶の具現化? だとしたら、私とアルトの部屋を――」

「っふ」


 矢継ぎ早に質問していると、突然吹き出したような声が聞こえてきた。


「あ、アルト?」


 夢中になっていた私はぴたりと固まり、気まずい表情でアルトを見る。

 彼はふわふわの狼耳を揺らし、くしゃりと今にも泣き出しそうな顔をした。


「ふふ、はははっ。あははっ」


 彼は小さく肩を揺らして耐えられないといった様子で笑う。

 サラサラの黒髪が上気した頬にかかり、双眸に散った宝石を砕いたかのような金の光彩が潤みを帯びて煌めいた。


 もしかして、は、初めて心からの笑顔を見せてくれた……?


 あ、うわ、あっ。胸がいっぱいというか、なんだか、あわわわ、どうしよう……!!


 居ても立っても居られない幸福感が胸を熱くする。

 なんだろう、この気持ちは。アルトがかわいすぎるからかしら?

 ぎゅうっと締め付けられるほどの幸福感にびっくりして、私は胸を両手で抑える。


「お嬢様にはかないませんね。僕が想像したことのないような案ばかりで、そうですね……お嬢様の言葉を借りるなら『夢しかない』です。……僕の固有魔法は、お嬢様にとって有益なものになり得そうですか」

「有益なんて言葉じゃ表せないくらい、あなたの固有魔法は世界で唯一の素晴らしい魔法よ。我が家のみんなに自慢した方がいいくらいっ」


 そう言っておきながら「あ、でも」と考え直す。


 この世界で固有魔法は、個人に宛てた女神様からの祝福ギフトだ。きっと無差別や偶然なんかじゃない。何か意味があるからこそ、贈られているのだとしたら……。

 多くの人に知られては、幸せへの道が他人によって閉ざされてしまうかもしれない。


 それじゃダメだ。……アルトは、聖女様と幸せになるのだから。


「やっぱり、私とアルトのふたりだけの秘密にしましょ! なんて言ったって、秘密の隠れ家だもの」

「はい、我が主の仰せの通りに。……ここは、お嬢様と僕だけの――」


 アルトはまるで秘め事の共犯者のように優しく囁き、甘やかにゆっくりと目を細める。

 思わず頬が熱くなる。ゲームでも見せたことのないその表情にどきりとした。


 これは……従者として主人へ信頼を寄せてくれている証し、なの、だろうか。……そうであったら、嬉しい。


 私もアルトの信頼に応えたくて、彼の黒髪を優しく撫でる。


 いつか、アルトの〝箱庭〟の風景が、平穏な日常と変わりのないものになりますように。

 私のせいで、彼をこの檻の世界へ逆戻りさせるようなことにはなりませんように。



 聖女様がこの世界へ来るまで――あと十年。





 ◇◇◇




 アルトの秘密の箱庭から出ると、すでにかなりの時間が経過していた。

 招待客は帰宅し終えており、使用人達がパーティーの撤収作業をしている。


 庭園修復のため護衛騎士達に指示を出していたお父様は私とアルトを見つけると、どこにいたのか、どうやって帰ってきたのかも聞かず、無言で私をぎゅっと抱きしめた。


「ティアベル、よく頑張ったな。今夜はもう休むように。アルトもご苦労だった」


 今まで何をしていたか詳細を聞き出しはしなかったけれども、その代わりにいつもよりハグが長かった。お父様なりに心配していたようだ。

 私を解放した後は、アルトの肩に手を置いて労うように優しく叩いていたから、もしかしたら全てを知っていたのかもしれないけれど。


 その後は、お父様から事件のあらましを語られることなく、一週間が過ぎた。

 ディートグリム家はとにかく修復作業に追われており、専門家を呼んで繊細な妖精植物の植え替えなどに尽力していた。お父様はお父様で、朝早くから夜も遅くまで王城に呼び出され忙しそうだった。


 しかし。事件から二週間が経ったある日――。


 久々にお父様と一緒に過ごせる朝食の席で、ようやく事件のあらましを聞くことになり、私とアルトは驚いた。

 なんと招待客に紛れ込んでいた不法侵入者が防犯魔法を解除し、ある妖精植物を盗み出そうとしていたことが庭園火災事件の発端だったというのだ。


「最近、上流階級のご婦人の間で〝幸福花茶〟というのが流行っているそうだ。ティアベル、幸福花は知っているな?」

「はい。幸福花は精神を高揚させる作用を持つ妖精植物でしたよね? 月の満ち欠けと摘み取る日によって作用が変化し、満月の晩に摘み取ると、精神を高揚させるだけでなく、平穏で満ち足りた気持ちにさせることから〝幸福花〟と名付けられたとか」


 さらに暦と同じく十二の満月によって味が異なり、幸福花の呼び名が変わる。


「よく乾燥させた後にお湯を注ぐだけでお茶として飲め、お茶として現れた色でどの月の晩に摘み取ったか、ほぼ正確にわかると」

「その通りだ。よく勉強しているな。可愛いだけではなく薬草学の知識が豊富なところは、お母様に似たらしい」

「お母様の庭園を、私も守っていきたいもの」


 えへへ、お父様に褒められて嬉しい。

 私はふにゃりと頬を緩めたあと、「でも知識はまだまだです」と肩を落とす。


「幸福花自体とても美しいですし、ご婦人の間で流行るのも頷けます。けれど、その〝幸福花茶〟とあの事件にどういう関係が?」

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