第6話 毒林檎はいかが?
「ふふふ。……ねえ、アルト。次は甘いものでも食べに行かない?」
再びやる気に満ちた私は、姉のような気持ちでアルトの手を引く。
都合の良い解釈かもしれないけれど、照れ隠しかもとわかれば可愛い従者にもっと構いたくなる。
せっかく『封印の楔』という邪魔な首輪も外れたのだし、綺麗なものを見て、美味しいものをいっぱい食べて『今日はいつもより少し良い一日だったな』って思ってもらいたい。
そして、明日からはもっと楽しい一日を積み重ねていくのだ。
「従僕として一緒に食事はできないとあれほど……」
「私のお誕生日には欠かせないものがあるの! お願い!」
「…………はぁ。わかりました。お嬢様のお好きになさってください」
「ありがとう! ふふふ、きっとひとくち食べたら、アルトも大好物になっちゃうんだから」
そのスイーツとは、エルダーアップルで作った特大林檎パイ! 誕生日パーティーがお開きになる前に食べなくっちゃ。
私は早速、アルトを伴って屋敷の大広間へ向かうことにした。
幻想的な光に包まれた庭園を抜けて、屋敷の正面から室内へ戻る。
三階まで吹き抜けになっているエントランス、そして大階段では、着飾った紳士淑女たちが思い思いに過ごしていた。
「ああ、来たわ。毒林檎令嬢よ。今日も流行遅れの真っ赤なドレスを着ているわ。きっとまた闇魔法の失敗で火傷が増えて隠しているのね」
「見て、あの悪魔に呪われたのような容姿。私たちも闇魔法の実験台にされてしまうかも」
そんな中、可愛く着飾った同年代の令嬢たちが怯えながら身体を寄せ合い、私を見ている。
我が家の血統遺伝上、我が家の魔力は他の名家よりも闇魔法に適している。
なので先祖を遡っても闇魔法の使い手しか出てこないし、もうこれは隠しようもない事実だ。
私としては白髪に見える髪も真っ赤な瞳も、まさに第二の人生っぽい色合いだと思ってむしろ気に入っている。悲観的に捉えたことは過去一度もない。
「……お嬢様」
「私は大丈夫よアルト。そんな深刻そうな顔をしないで。いつものことだから」
彼女たちが視界に入らぬように、私をその背中に庇おうとするアルトへ微笑みを返す。
そうしてアルトとゆっくりお喋りに興じること数分。
突然、隣に立っていたアルトがハッと顔をあげ、身を固くした。
「……どうしたの?」
「変な匂いがします。……お嬢様は、僕の後ろにいてください」
もふもふの毛はぶわりと膨らんで警戒心を露わにしている。彼は腰に下げた剣の柄に手をやり鋭い視線で辺りを見回した。
そして次の瞬間。どこからか絹を裂くようような悲鳴が響き渡った。
「きゃあああああ――!!」
「火事だ!」
「庭園が、庭園が燃えているぞ!!」
――火事!?
た、大変! どうにかして庭園を守らなきゃっ!!
私はアルトの背から弾かれたよう飛び出し、脇目も振らずに駆け出した。
「いけません、お嬢様!」
まさか守護対象の幼い主人が危険へ自ら飛び込んでいくとは想像もしていなかったのか、不意をつかれたアルトが声を荒げて追いかけてくる。
「だって庭園には妖精植物たちがっ!」
「それでも危険です! 旦那様や水魔法に覚えのある方々がすぐに対応なさるはずですから、屋敷内で待つべきです!」
「水魔法は、私だって得意だわ!」
お母様が亡くなってから、庭師たちと一緒に水やりを行なってきたのは私だ。妖精植物は種類によって必要な水分量や水やりの強弱が異なるから、難しいと言われている繊細な微調整だって自信がある。
それに、私の魔力量は我が家でも多くの使用人や護衛騎士団に属する大人たちを抜いて、お父様の次に膨大である。
中級水魔法はまだ使えないけれど、いつもは抑えながら使っている水魔法を最大出力で放てば、大人何人分もの戦力になるだろう。
なにより、この世界に転生した瞬間から前世の記憶があった幼な子らしくない私を、他の大人のように『奇妙』だなんて邪険にせず、一心に愛してくれた両親たちとの大切な思い出が詰まったあの場所が火の海になるのを、見過ごしてなどいられなかった。
大広間から出てエントランスへ向かうと、執事やメイド長たちが主導して招待客たちの避難誘導を始めていた。
「大丈夫です。どうか落ち着いて避難してください」
「皆様、どうぞ大広間にお集まりください。さあ、こちらへ」
「お足元にお気をつけられてください」
他の使用人たちも落ち着いた様子で的確に招待客たちをサポートし、屋敷に防壁魔法をかけている。大人数の魔力が集まり透明な壁を形成しながら、ゆっくりと屋敷全体を覆い始めていた。
屋敷内は彼らに任せておけば大丈夫ね。
私は人流に逆らいながら庭園に向かう。
建物を覆っていた防炎魔法の外へ一歩踏み出すと、肌を焦がしそうなほどの凄まじい熱風がごうごうと吹いていた。そして。
「なにあれ…………火を吹く、獅子?」
「姿形から見てグリフォンのようですね。正確にはグリフォンの形をした炎魔法というのが正しいかもしれません」
グリフォンらしき姿をとった炎の集合体は、まるで生きているかのように空を駆け咆哮をあげている。
四大元素魔法に分類されるその炎獅子は、この土地の魔力を吸い上げているのだろう。縦横無尽に動く巨体の速度は風のように早い。
しかも、それが一体ではなく三体もいるのだから状況は混乱に満ちていた。
盛装姿のお父様は無詠唱で幾重にも魔法を放ち、炎でできたグリフォンを捕捉しては消滅させている。しかし消滅してもなお、どこからか次々に生まれては火球を吐き出して暴れまくるのできりがないようだ。
護衛騎士たちは、防壁魔法や水魔法を駆使して庭園の消火活動にあたっている。だがそれも暴れる炎獅子を前にしては、まったく追いついていなかった。
混乱した状況の中、彼らは皆、同様に誰かを守るように動いている。
それはもちろん招待客が全員避難した屋敷の方角でもあるのだが――護衛騎士数人が取り囲む中心に、はらはらと涙を零す男の子の姿が見えた。
その隣では、困惑した表情の青年が男の子を慰めるかのように話しかけている。
「あっ、もしかして、あの子が」
「ええ。グリフォンは自我を保てずに暴れている様子ですし、召喚した彼の魔力が暴走しているのでしょう」
「あの男の子が泣きやむか魔力切れを起こさないと、グリフォンが召喚され続けるのね」
「はい、おそらくは。お嬢様、これ以上近づいては危険です。…………ですが」
グリフォンへの恐怖や戸惑いなど微塵も見せずに私の前へ立ったアルトが、すらりと剣を抜く。
「お嬢様がここで援護なさることをお望みであれば、僕がお嬢様を必ずお守りいたします」
討伐対象だけを見据える美少年の見せた精悍な顔つきに、十年後の姿が重なる。
確か原作のアルトは、幼い頃から上級魔法を使役していたんだったか。王立魔法学院で生徒の誰よりも高度な技能で以って披露された上級魔法の数々に、聖女様が度肝を抜かれていた時……アルト自身がそう答えていた気がする。
さらに今のアルトは『封印の楔』も外れていて、原作の彼以上に万全の状態のはず。
まだ八歳だが、天才的な魔法の才ははかり知れない。
その証拠に、抑え切れない魔力が溢れ出して、彼の濃紺がかった黒髪をふわりと浮かせていた。
「ありがとう、アルト。頼りにしてるわ」
「……はい」
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