入学式は、ハプニングだらけ!②
断言する。私の心臓は今、人生で一番働いている。鼓動がどきどきと煩いくらいで、顔も少し赤いと思う。呼吸をしっかり深く吸うのも精一杯だ。
教室で、美少年に弄ばれながら入学式の開始を待っていたころがもう懐かしい。あれはあれで、その、すごくドキドキしたけど!だって、あんな綺麗な顔で詰め寄られたらさ?相手がなんとも思ってなくてもさ?こっちはどきどきするよね?これって普通でしょ?それとも貴族の人たちってみんなあんなに綺麗なのかな……。今日思わず怒鳴っちゃった人もとんでもなく綺麗だったし。
駄目だ。こんなことを考えてる暇があったら、脳を回さなきゃ。現実逃避なんかしても何にもならない。人生最大のピンチをどうにか切り抜けなくちゃ。しっかりするのよ、私!
ここまで私が焦っているのは、入学式の途中に言われた一言のせいだ。
時は少しさかのぼる。
ーーー
「それでは、これより魔法学院第203代の入学生を歓迎する、入学式を行います。」
「起立、気を付け、敬礼!」
教室から案内の先生に連れられて、大きな講堂に行き、そこで入学式は始まった。重厚な飴色の両開きの扉がひとりでに開いた先の景色は、まさに圧巻。床には深紅のカーペットが敷かれていて、歩いても足音ひとつ聞こえない。入口の扉からは、前の方にある舞台まで一直線に通路が伸びている。通路の両脇には、扉と同じ材質で、柔らかそうな紫色のクッションが張られた椅子が規則正しく並べられていた。まるで教会のように、神聖な雰囲気すらする場所だ。
私たち全員が席に着くと、厳かな開始の挨拶と号令。こんなに広い大講堂なのに、私の体の芯からびりびり震えるくらい朗々と声が響く。たぶん音を増幅するように魔術を組んでいるのだろう。
「では、魔法学院院長より、お言葉を賜ります。」
そのアナウンスとともに、舞台上に突然、一人のおじいさんが現れた。しわしわで細身だが、にこにことした微笑みを浮かべた柔和そうな人だ。キラキラした
「諸君、この度は入学誠におめでとう。学院を代表してお祝いしますぞ。では改めて、魔法学院院長のオルター・シンヴォレオじゃ。さて、これはわしの持論なのじゃが、年寄りの長話を聞かされたのでは、諸君はうんざりしてしまうじゃろう。そこで問題じゃ。今わしは、どのような魔術でこの舞台上に出てきたじゃろうか?全員に一度だけ、解答権を差し上げよう。」
そして、舞台上のオルター院長は黙り込んだ。
「やはり転移魔術と座標固定の展開式の複合では?歴代最高峰の魔術師と名高い院長であれば、造作もないことでしょう。」
一人の生徒が手を挙げる。周りの生徒が先を越されたといわんばかりに顔をゆがめていた。
「残念ながら不正解じゃ。周りの反応を見るに、多くのものが同じように考えていたようじゃの。ふむ、今年は粒ぞろいかと期待しておったのだが、他の見解を持ったものはおらんかの?」
そのとき、あの美少年がすっと手を挙げた。
「僕は結構簡単な術式の組み合わせだと思いました。まずは透明術式。これで自分の姿を隠す。そのあとごくわずかに浮遊魔術をかける。そうすれば足音が響く舞台上でも静かに動けるし、魔術を両方解除すれば突然現れたように見えるから操作も簡単。この見解はいかがでしょうか?」
オルター院長は笑みを深めた。
「ふむ、よい見解じゃ。しかし正解はあげられんのう。わしの使った魔術と方向性は似ておるが、少し違う。透明魔術はあらかじめ服に染み込ませなければ無機物を透明にできず、あらかじめ染み込ませた術式は瞬時に展開を収束できない。初歩的なことだが、優秀な、高度な魔術を用いるものが忘れがちなことじゃ。事実、わしも若いころにその失態を犯した。しかし、転移ではないと見抜いたその目、この魔法学院にふさわしい才の持ち主じゃな。」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。」
綺麗な会釈を披露して、美少年は黙り込んだ。
しかし、皆わからないのだろうか。本気で言っているなら、だいぶ初歩の初歩を忘れているのでは?魔術を使えば、別に転移などしなくても姿を消すことができる。しかも今回のように、突然現れたように見せかけるだけなら、初歩の初歩の魔術でも可能だ。
「使ったのは浮遊魔術と重力魔術。まずは自分自身を舞台上の死角になるところに配置しておく。その後加速展開であらかじめ決めていたところにまで、動体視力でわからない速度に一瞬で加速して移動。浮遊術式は移動中に解除。あ、でも順番が少し違うのかもしれない……」
思わずぶつぶつと声に出しながら考えを整理すると、オルター院長が拍手した。
「素晴らしい!まさか重力術式を見破るものがいるとは、今年の新入生には期待してもよさそうじゃ。末席の、そう、君じゃな?やはり君を合格にしたわしの眼に狂いはなかったようじゃ。ところで、魔法学院の習わしとして、わしの質問に一番良い答えを返せたものが新入生代表挨拶をする、というものがある。正解を見事答えた君に、その大役を任せよう。」
名前こそ呼ばれていないものの、平民だからと末席に座らされたのは私しかいない。一体何をしゃべればいいのか考えても焦るばかりで、舞台上にかちこちになりながら歩みを進め、今に至る。
ーーー
舞台上に上がると、情けなくも手が震えている。入学試験を受けた時だって、こんなに緊張しなかったのに。どうしよう。考えれば考えるほど、頭が真っ白になる。
「のう、素晴らしき才を持つ若者よ。そう難しく考えることはない。思ったままを、素直に話せばよいのじゃ。頭の中身が突如空っぽになった感覚に陥っているのなら……その魔術の才を舞台上にて示すのがよい。そうすれば何も話さずとも、君の想いを、意志の強さを、皆がくみ取ってくれるはずじゃ。」
冷や汗が背中をつたった時、オルター院長が優しく声をかけてくれた。その瞳は細められているが、どこまでも優しくこちらを見つめている。
「私の想いを、魔法で……」
「そうじゃ。君ならきっとできるじゃろうて。」
優しい声に背中を押され、私は祈るように目を閉じた。今から組むのは、これまでの想いを全てのせた、壮大な魔術。きちんと、集中しなければ。
私は頭に思い描くままに、魔術を展開し始めた。
ーーー
僕は、ケラシーを見くびっていたらしい。入学式の今、新入生代表として、何も語らず、祈るように魔術を使う彼女は、まるで精霊のように神々しかった。
膨大な、眼に見えるほどの魔力が吹き上がる。
舞台の上には、美しい壮大な景色が広がっていた。
柔らかな青空を木漏れ日の形に切り取った背景。僕の背丈をはるかに超える大木が何本も、青々とした幹を伸ばしている。生い茂る葉は茜色。咲き乱れる花の柔らかな桃色と、飛び交う蝶の透明な羽が露に濡れて輝く。晴れているというのに、糸のような細かい雨が降り注ぐ様は、異世界の風景画のような奇妙さと荘厳さを伴っていた。
しかし、草の匂いもしなければ、雨の匂いも、湿気も、葉のさざめきも聞こえない。それが、この美しく壮大な景色が、魔術の展開で生み出された幻影であることを示していた。
「一体どれほどの魔術を組めば……」
思わず誰かがこぼした感嘆の言葉に、素直にうなずく。それほどに、この魔術は信じられないものだった。
目眩がするほどの多重展開に、高度な術式を複雑に組み合わせなければこんなことはできない。脳が焼き切れそうな集中をしても、まだ足りないだろう。
しかし、その幻影は、言葉よりも雄弁にケラシーの想いを表している。
入学の喜び、これまでの軌跡、未来への期待。
そんな言葉が浮かんでくるような、美しさだった。
僕たちのみならず、オルター院長も感動したように魔術による幻影をただ眺めた。
そうして、ケラシーの魔術による幻影が消えると同時に、入学式は幕を閉じた。
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