入学初日は、ハプニングだらけ!①
私、ケラシーはただひたすら困惑している。
入学式に出ようとして学院に登校したら門前払いをくらった。これは、この前部屋に無断侵入した変態美少年が助けてくれた。よく話を聞けばいい人そうだし、何より本当に綺麗な人だった。昔あこがれた王子様みたいな人だ。
そこまではよかった。なのに、その人は私の腰を、こう、ぎゅっとしてきたのだ!やっぱり変態じゃないかと思った矢先、とんでもなく綺麗な顔をこっちに近づけて。
「だって君、子供扱いが不満だったんだろ?ほら、ちゃんとエスコートしてあげるから大人しくしてて。」
なんて!少し低められた、吐息交じりの声で囁かれて、危うく腰が抜けるところだった。しかも情けない声を上げてしまった私を、悪戯っぽい顔で見つめているのだからたちが悪い。ぜったい、自分の顔が整ってる自覚があるからこんなことしてるんだ!だってそうじゃなきゃ、あんなに様になるなんておかしいもん!
一瞬で顔が真っ赤になってしまったのを自覚した私は、ひたすらうつむいて歩いた。赤面が隣の美少年にばれたら、絶対またからかわれるから!
そうして、彼に言わせれば「えすこーと」してもらいながら教室までたどり着く。さすが魔法学院といったところか、校舎の中は階段と廊下と部屋だらけで、私ひとりじゃきっと迷ってしまっただろう。
教室のドアを開けてもらい、中に入って自分の席を決めかねているうちに、彼の隣の椅子に座らされた。座るときも、椅子を音もたてずにすっと引いてくれて、私が座った後に机とちょうどいい距離まで戻してくれる。至れり尽くせりだ。そこまでしてもらうのもなんだか申し訳なくて、もじもじしていたら。
「そこの粗野な女!わたくしの彼に気安く近寄らないでくださいまし!」
豪華なドレスの、気の強そうなとんでもない美人が、私に指を突き付けて急に怒鳴ってきた。吊り上がった目じりすら芸術品みたいで、私は思わず見とれてしまう。
「あなた、わたくしの話を聞いていますの!?今すぐ、彼から離れなさい!」
つかつかとヒールの音を立てて近づいてくる美人さんは、どうやら私に怒っているらしい。ずいっと突き付けられた指先には、綺麗な薄紫色の爪がついていた。へえ、身分の高い人って爪の色まで違うのか。
私も、彼の隣は少々気まずかった。さっきの「えすこーと」の手つきが様になりすぎて気おくれしたというのもあるし、あの整いすぎた顔は心臓に悪い。
「わ、かりました。」
「ふん!当然ですわ。あなたのような貧相な人間が、彼の隣にいるなんておかしいですもの!だいたい平民がよくこの学院に入れたものですわね。どうせどこかの貴族の替え玉でしょう?そのみすぼらしい服を見るに、雇い主もそこまで裕福ではないようですけど。」
どこからか取り出した豪華な扇子で口元を隠しながら、とんでもない美人さんが言った言葉が私に突き刺さる。椅子から立ち上がろうとした矢先の馬鹿にしたような言葉と態度に、私の中の何かがプッチンと切れてしまった。
ガタっと勢いよく椅子をけり倒して立ち上がり、まっすぐにとんでもない美人さんを睨みつける。
「お言葉を返すようですが!あなたこそ何様なのよ!?貴族だったら何を言ってもいいなんて思いあがりも大概にすることね!確かに私は平民よ、でもそれが何だっていうの!?私はちゃんと正々堂々、あなたと同じ試練と試験を乗り越えて、入学資格を勝ち取ったの!人の努力を笑うなんて、平民貴族云々以前に人として駄目だわ!それに、この服も馬鹿にしないで!確かにあなたたちのドレスには見劣りするけど、お母さんが作ってくれた世界に一つだけの大切なワンピースなの!人の真心がこもっているものは、あなたたちの宝石と上等な布で作った張りぼてより価値があるの!少なくとも私にとってはね!私のことを何といってもいいけど、お母さんのことまで馬鹿にするのは許さないわ!」
全力で怒鳴ったせいで息が上がる。呼吸を整えているうち、教室中の視線が私に向かっていることに気づいた。注目されている。それが恥ずかしくて、それでもここは引き下がれなくて。引き続き、とんでもない美人さんを睨みつけた。
静まりかえった教室に、ぱち、ぱち、と拍手が鳴り響く。
ーーー
僕は思わず、彼女に賞賛の拍手を送った。多分、表情を繕いきれずに口元は笑ってしまっているだろう。思わず笑ってしまいたいほどに、彼女の啖呵は痛快だった。彼女の眼もいい。怒り心頭、そんな表現がふさわしい、感情を露わにした生き生きとした眼だ。腹の探り合いと足の引っ張り合いばかりの貴族連中では、絶対にできない眼。
「……ふん!なんと言おうと勝手ですわ!実力の証明をしていないのですから、口先では何とでも言えますもの!それに、彼の身分をご存じでして?平民は一生御顔を拝むことすらできないような方ですわよ?」
この期に及んでまだ彼女を貶めようとするなんて、何だこの女は。顔も知らないのだから、大して有力な貴族でもないだろう。これには僕も黙っていられなかった。
「失礼、君は彼女に何か被害を受けたのだろうか。どうして彼女をそこまで目の敵にするんだい?僕は、彼女が何かをしたとは到底思えないんだが……」
僕が口を開くと、待っていたとばかりにこちらへ寄ってくる女。いっそ気持ち悪いほどに媚びた笑顔で、こちらへやってくるその姿はおぞましかった。
「ああ、やっと話しかけてくださったわ!わたくしのこと、覚えているかしら?幼少期に一度だけお会いしたのですけれど。改めて、わたくしは公爵家のキュリーと申しますわ。お会いできて光栄です、シーカ・ラーミナ様。」
そう言って僕にカーテシーをする所作は確かに、公爵家にふさわしい優雅さがある。けれど少々厄介な女だ。ケラシーにはない教養や身分がそれなりにあるのは、ミスを指摘しづらい分たちが悪い。
「ああ、自己紹介どうもありがとう。あいにくと君のことは覚えていないんだが、そこの彼女は別でね。この前の試験会場で知り合った仲なんだ。だから邪魔をしないでもらえると嬉しいんだけど。」
余所行きの微笑みで応えると、キュリー公爵令嬢はますます笑顔になった。唇も眼も吊り上がりすぎて少し怖い。メイクや顔立ちのせいもあって、人を脅かす一歩手前の口裂け女にしか見えなかった。
「そうでしたの。それは失礼をいたしました。では、邪魔をしてしまったお詫びにお食事に招待したいのですけれど、ご都合のつく日はありまして?公爵家が力を尽くしてもてなさせていただきますわ。」
こんな女と食事だって!?冗談じゃない。せっかくの休日を、そんな不毛なことに使ってたまるか。僕は思わず引きつりそうになる頬を懸命に抑え、今だ立ちっぱなしだったケラシーをぐっと抱き寄せた。
「悪いんだけど、今のところ休日はこの子と過ごす予定なんだ。この通り、エスコートしようとすると腰が折れそうなくらい細いんだよ。心配だから、当分はカフェ巡りや食事を一緒にしようと思ってる。それに僕が一緒に居れば、君みたいに平民だからと彼女を馬鹿にするような言動はなくなるだろうしね。」
腰を抱かれた程度で真っ赤になってあわあわしているケラシーに、極上の笑みを向けながら言う。ついでに、最後には嫌味もつけておいた。全く、入学早々僕に言い寄ってくるなんて気色悪い。
「なっ……」
絶句して青ざめるキュリー公爵令嬢を放って、僕はケラシーに向きなおる。
「ねえ、僕の隣は随分お気に召さなかったみたいだね?随分欲張りな子だ。じゃあ、僕の膝の上にでも来るかい?」
「か、からかわないでよ!もう子供じゃないの、魔法学院の生徒なんだから!椅子に位一人で座れるわよ!全く、どこまで私をおちょくれば気が済むの?」
「あはは、悪かったよ。じゃあ、僕の隣にどうぞ?」
やわらかそうな頬を少し膨らませて、ケラシーはご立腹らしい。機嫌を取るように、隣の椅子を再び引けば、彼女は大人しくそこに収まった。
「……あ、ありがとう、ございます……」
照れたようにそっぽを向く彼女がかわいくて、どうしても顔が見たくて。
「ねえ、ちょっとこっちを向いてくれよ。」
「いやよ!見たら絶対笑うじゃない!」
「笑わないから、頼むよ!」
そんな応酬を教室で繰り広げ、入学式の開始を待った。
これだけ仲の良さをアピールしておけば、今後は彼女にちょっかいをかける輩も減ることだろう。
そう思うと気分がよかった。
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