大輪の薔薇、可憐な野花に嫉妬する

わたくしは、公爵家の一人娘。魔法の才能もあり、母譲りの美貌が自慢ですわ。


そんなわたくしは、過酷な魔法学院の入学試験に見事合格。最終日に当たった受験者たちは流石に手ごわかったけれど、なんとか勝利を収めましたわ。


本来ならば花嫁修業にせいを出すべきわたくしが、こんな試験を受けている理由はただ一つ。今年の試験に、あの御三家の「騎士」の家系であるシーカ様が参加されると聞いたからですわ。


幼き日、親同士の交流会に連れ出されたわたくしは酷く退屈でした。わたくしの血筋に擦り寄る小物には興味がないし、相手をするのも面倒。そんななんとも子供らしい理由で庭園に逃げたわたくしは、初めて彼を見たのですわ。


背の高い薔薇の生垣に囲まれ、生まれて初めて棘が肌に刺さって泣いていたわたくしに、すっと綺麗なハンカチを差し出してくれたのが彼でした。微笑みながら、彼はそのままわたくしの涙を優しくぬぐい、慰めてくれたのです!容貌には自信があり、美しい人は男女問わず見慣れていたわたくしですが、あんなに凛々しく美しくあどけない顔を見たことがありませんでした。


その瞬間、私は恋に落ちました。あの方は御三家の人だけれど、わたくしの血筋が釣り合わないことはない。十分婚約を申し込める立場ですわ。


ですからわたくし、今日の入学式をとても楽しみにしておりましたの。同級生は二十人弱で一つの教室に収まるほど、彼に話しかける難易度はそこまで高くありません。子供の時以来だから彼は忘れているでしょうけど、わたくしはあの頃より何倍も何倍も美しくなりましたわ。そうして成長したわたくしに、見とれてほしい。


そう思っていました。つい先ほどまで。ええ、本当に一瞬前まで、教室に入るまで。


「そこの粗野な女!わたくしの彼に気安く近寄らないでくださいまし!」


ーーー


あの後、一目散に家に帰り、母に首席合格したことや学費の心配がなくなったことなどを興奮のままにまくしたてたケラシーは、わくわくしながらベッドから跳ね起きた。


何を隠そう、今日は待ちに待った魔法学院の入学式。正式にエリートへの道を歩む、将来を約束されたも同然のところに今日から旅立つのだ。


でも、ケラシーが長く母と離れるのはこれが初めてだった。お金のために貴族の家に使用人として働きに行くこともなく、ケラシーはずっと母と二人でつつましく暮らしてきたのだ。


「……お母さん、今日も朝ごはん美味しい。いつもありがとう。」


「どうしたの、ケラシー。昨日は、あんなに今日が楽しみだってはしゃいでいたのに。そんなに改まってしまって。もしかして、初めてのお泊りが怖いの?」


ケラシーの母は、くすくすと笑いながらケラシーを励ます。一人で見知らぬ場所で生きる寂しさや心細さは、ケラシーにとって初めてのことだった。


「そう、なのかも。きっと私、お母さんと一緒にいられないの、不安なの。」


自信なさげに朝食のバゲットをがじがじ嚙みながら、ケラシーは呟くように答えた。その瞳はあふれんばかりに涙を湛えていて、母親はそっとケラシーを抱きしめた。


「大丈夫、つらくなったらいつだってここに帰ってきなさい。お母さんはケラシーが一番幸せな人生を歩んでくれるなら、豪華なご飯も綺麗な服もいらないわ。」


優しい母のぬくもりに少しだけ涙をこぼして、ケラシーは魔法学院へと旅立った。


そして魔法学院へと到着し、ケラシーはただただ圧倒されていた。


片田舎の建物が何百個集まっても勝てないような、素晴らしい彫刻が施された大理石の豪華な校舎。細い金属でつる草の文様があしらわれた門は大きく開かれていて、そこを通るのは華麗な騎士服やドレスに身を包んだ人ばかり。


ケラシーは思わず、自分の服を見下ろした。母が一から手作りしてくれた、ケラシーの大事な余所行きの服。人生の晴れ舞台である入学式の為に、ケラシーが持っている中でも一番豪華な服を着てきたのだ。


母のセンスの良さは疑わないし、この服を恥ずかしいとも思わない。でも、ドレスを当たり前のように着ている人々に混ざるには、少し勇気がいる。


ふう、と深呼吸を一つして、ケラシーは意を決して門をくぐろうとした。


「おい!そこのお前。ここはお前みたいなちんちくりんにはまだ早いぞ!」


しかし。せっかく固めた決意を揺らがせるように、門番に足止めをくらってしまった。しかも、ち、ちんちくりんって、そりゃないだろう、仮にも女性に向かって。とケラシーは思う。


「私、ここの今年度の入学生です。」


ちょっとムカついたので、せせら笑う門番に「首席合格」の紙を見せてやる。けれど門番はそれを見てもなお、にやにやと笑ったままだった。


「おいおい、そんな偽物みせてもここは通れねえぞ?だいたい首席はいつだって貴族なんだから、お前みたいな平民がなれるわけねえんだよ!」


「おや、それは残念だな。君、それを少し見せてもらえるかい?」


本物の首席合格の通知を見せても取り合ってもらえず、困っていたケラシーのもとに凛とした声が届いた。


ーーー


僕は入学式に参加するため、ラミーナ家の馬車に乗っていた。貴族にとって、学校まで馬車で通うのは大して珍しいことでもない。魔法学院まで送ってくれた御者に礼を言い、馬車を降りると、門の方で騒ぎが聞こえた。どうやら誰かと門番がもめているらしい。


「おいおい、そんな偽物みせてもここは通れねえぞ?だいたい首席はいつだって貴族なんだから、お前みたいな平民がなれるわけねえんだよ!」


門番が馬鹿にしたような声音で吐き捨てている相手は、あの子じゃないか!僕の最高のライバルであり、運命の人。その彼女が、馬鹿にされているだって?到底許せない所業だ。しかもケラシーはちゃんと合格の通知書を見せているじゃないか!あれには偽造防止の魔法がかかっている。見ればすぐにわかるはずなのに。平民だからってバカにしているな。


状況を把握すると、僕はだんだん苛々してきた。


「おや、それは残念だな。君、それを少し見せてもらえるかい?」


だから門番に一泡吹かせてやろう。そう思って、僕は騒ぎの渦中へと入った。


「あ、この前の!」


おや、ケラシーは僕を覚えてくれていたらしい。嬉しいこともあるものだ。にこっと人好きのする笑顔を浮かべた、次の瞬間。


「変態美少年さん!」


「な、なんだと!この僕が、へ、変態!?そんないわれのないことをした覚えはないぞ!」


思わず叫ぶと、ケラシーも負けじと言い返してくる。


「なによ!もう十五歳の私の部屋に無断で入ったくせに!人が寝てるのにノックもしないで入ってきて!失礼だわ!」


「ぐっ……。返す言葉もない。あの時は、僕より強い子がやっと見つかったせいで浮かれてたんだ。それは悪かった。」


「わかればいいのよ、わかれば!それにあなた、素直に謝ってくれるなんて意外といい人なのね!」


バシバシと背中を叩かれ、僕はどうやら許してもらえたらしい。そしていつの間にか、周りには人だかりができていた。


「ねえ、何者なの、あの子……」


「ラーミナ家の人とあそこまで気楽に話してるなんて……」


「あの氷の貴公子が頭を下げたぞ!?どうなってるんだ……」


どうやら僕のせいで人が集まってしまったようだ。やれやれ、入学初日から話題になるなんて柄じゃないんだけどな。早く当初の目的をはたしてさっさと退散しよう。


「門番くん。」


「はい、何でしょうか。」


「この子は僕のお気に入りでね。今年の首席合格者なんだ。一緒に入りたいから、ここを通してくれる?」


ケラシーの腰をぐっとあからさまに抱き寄せる。となりから「ひょえ……」なんてかわいらしい声が聞こえた。しかし、心配になるくらい細いな。あとでお菓子でも一緒に食べよう。


「し、しかしそいつは嘘の紙で合格を偽造しておりまして……」


全く、いつまでそんなことを抜かすつもりなんだ?やれやれ、詳しく言ってやらなきゃわからないらしい。


「いいや、間違いなくこれは本物だよ。この僕が言うんだから間違いない。それに、この紙には最高クラスの偽造防止の魔術が展開されてる。すこし目を凝らせばだれにでもわかることさ。まさか、魔法学院の門番ともあろうものが、この程度も見抜けなかった、なんて言わないだろ?」


「ひっ、はひ……」


「さあ、わかったからここを通してくれるかい?」


「仰せのままに……」


ようやく門の前からどいた門番をしり目に、僕たちは門をくぐる。隣から「は、離して!恥ずかしい!」なんて声がするが黙殺する。腰は依然抱いたままだ。


「だって君、子供扱いが不満だったんだろ?ほら、ちゃんとエスコートしてあげるから大人しくしてて。」


あまりにじたばた暴れるので耳元で囁けば、「ひゃい……」なんて声をあげておとなしくなった。うん。可愛い。さすがは僕が見込んだ子だ。


そのまま教室までケラシーをエスコートし、僕の隣に座らせた時だった。


「そこの粗野な女!わたくしの彼に気安く近寄らないでくださいまし!」


やれやれ、またひと悶着か…


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