首席合格、されど平民

あの変態美少年を追い出した後、私は急いで支度を整え、闘技場から飛び出した。門番にはものすんごい顔で睨まれたが、「首席合格」の通達の手紙を見せるとあっさりと出口に通してくれた。出口に行くまでに少しおしゃべりして教えてもらったのだけれど、試験中は人の出入りを普段の何十倍も厳しく監視するのだそうだ。


「過去に多かったんだよ。主にお貴族様の子供なんだが、どうにかしてカンニングや八百長で不正合格をもくろむ輩がな。だから偽の受験者や魔導書を持ち込もうとする不届きなやつを取り締まるために、こんだけ厳しい警備がされてんだ。」


とのこと。さらに、怖い顔のままだった門番は「でもあんた、首席合格ってすごいじゃないか。おめでとう。」と私をお祝いしてくれた。こんな怖い人にも認めてもらえるなんて、初めての経験でとてもうれしかった。


「じゃあ、ここから出てくれ。道中気をつけな。怪我なんかするなよ。」


そう快く送り出してくれた門番にお礼を言って、私は家路につく。お母さんにこの話をするのが楽しみだ。そう思うといてもたってもいられず、私は全力ダッシュで帰宅したのだった。


さて、ケラシーは無事に家に帰れたわけだが、それはひと悶着あった結果だということを話しておこう。


それは、ケラシーが帰宅する間に闘技場で解決されたので、ケラシーは知る由もないことだった。


ーーー


俺は、子爵家に生まれた長男だ。生まれた時に、家のならわしで魔力を測定したところ、魔法使いを目指せるほど魔力が多く、言葉を話す前から魔法のイロハを叩き込まれてきた。乏しい魔力量の弟たちが楽しそうに友達と遊び、本を読み、両親と話している間、俺は血反吐を吐くような努力をし続けてきた。


俺の父親は何人も妾を作っていて、俺はその妾のうちの一人の息子だった。母さんは才能ある息子を生んだことで父に寵愛され、不動の立場を手に入れた。父上は俺に期待してくれていて、次期子爵は俺だった。


でも俺は知っている。俺は誰にも愛されていない。父上は才能があり出世できそうな俺を愛しているし、母さんは自分の立場を強くしてくれる優秀な俺を愛している。俺から魔法をとったら、あとにはただの妾の子供である俺が残るだけだ。


だから俺は必死だった。愛されるために、俺自身を愛してくれる誰かを探すために。そのために頑張った。本音を言うなら俺だって両親から無償の愛をもらいたかったし、年相応に遊びたかったし、友達が欲しかった。


そんな本音は許されるはずもない。だが俺にはある秘策があった。今年受ける、魔法学院の入学試験。これに首席で合格すれば、俺だって認めてもらえるのではないだろうか。才能ではなく、努力したことを両親に認めてほしかった。


それなのに、それなのに!俺の願いはあっさりと叶わなくなってしまった。昨日の入学試験で、とんでもない魔法を放って相手を一撃で沈めたあの娘のせいで。


あの魔法はとんでもなかった。どの魔導書にも書いていない独自の術式が何重にも組み込まれ、展開の仕方も複雑怪奇。どうやったって俺にはできない所業だ。


それを、平然とやってのけたあの娘。あいつのせいで、俺はもうだめになった。今までの努力が無意味なものに思えたし、俺が勝ち取ろうと思っていた首席もかっさらわれた。どうして、どうしてあいつはあれだけのことができたんだ?


いくら考えても、その答えは出なかった。確かなのは、俺よりも優れたやつがいるということ。それはこれまで必死で努力してきたがゆえに、俺の心を深くえぐった。


あの娘、どこの人間か知らないがとんでもない才能の持ち主だ。俺より優れた、俺よりも天才なやつ。その存在自体がどうしても憎かった。どうしてそこまで天才になれるのか、知りたかった。


だから俺の従者に素性を調べさせたら、なんとあいつ、平民らしい!平民に、貴族の俺が負けた。学習環境も、資金も、血も、何もかも勝っていたはずの俺に、あの平民はやすやすと勝利して見せた。


気に食わなかった。許せなかった。だから、殺そうと思った。所詮平民の命だ。一つ消えたところで罪には問われないし、大した問題にもならない。すぐに手のものを放って、それで終わり。そのはずなのに。


どうして俺は今、試験会場から引きずり出され、牢屋へと連行されている?あの紺の美しい髪は「騎士」のラーミナ家の誰かだろう。ということは、あの平民を消そうとしたことがばれたのか!?いや、しかし問題はない。適当に俺に無礼でも働いたことにしてしまえばいい。平民は教養などないんだ。何が無礼かも知らないだろう。大丈夫、いくらでもごまかせる。


「それで?どうして君はあの子を殺そうとしたのかな?」


穏やかな様子で、ラーミナ家の方が問う。その声音は平穏そのもの。たぶんこの取り調べは形式的なものなのだろう。


「はい、あのものは先日私に無礼を働きました。そのため、それを罰するために…」


「嘘だね。」


こちらを振り向き、絶世の美青年が微笑んで言う。その言葉は酷く短く、声音も穏やかなのに、俺は首筋に刃物が突き付けられているような心地になった。


「嘘などついておりません!貴族に無礼を働くのは罪のはずです!それを処すのは貴族として当然の権利だと存じます!」


「ふうん、そう。じゃあ彼女はどんな罪を働いたんだい?言っとくけど彼女は昨日初めて闘技場に来た生粋の地方民。王都に住む君とは何の接点もないはずだし、彼女は昨日試験を受けるとき以外控室から出ていない。ああ、それてもアレかい?平民の癖に貴族である君を超えた魔法を使うことが罪、なんてところかな?」


「ど、どうしてそれを……」


「おや、アタリだったんだね。鎌はかけてみるもんだ。君、何か思い違いをしているようだけど、貴族はもともと平民だよ。僕たちのような御三家を除くすべての家は、ある日から貴族として扱われている、いわば成金だ。そんな家のうちの一つである君が、平民に抜かされたことが罪だなんて、片腹痛いよ。」


ぞっとするほど美しい微笑みで、美青年はこちらにゆっくりと語り掛ける。口調は軽いのに、その声音は冷たく冷え、眼は少しも笑っていなかった。


「君が犯したのは立派な殺人未遂。だから君にはこれから牢屋に行ってもらう。だけどその前に、君には反省してもらわないと。」


「ど、どうかお許しを!ほんの、そう、ほんの出来心だったのです!どうか」


「うるさい。少し黙ってくれないかな。ほんの出来心で、あの子を殺されてたまるものか。僕のあの子に手を出すなんて、随分と非常識なことをしてくれたね。じっくりじっくりいたぶってあげるから、あの子に手を出そうとしたことを後悔するといい。ああ、ちなみに、君はもう魔法学院の入学資格は永遠に剥奪されているし、家にも戻れないよ。」


「それは、どういう……」


「そのままだよ。君は貴族界から永久追放、魔法使いになる資格もない。たかが平民の命一つだと侮ったね。その平民は僕の愛し子だ。だから、君よりよっぽど価値があるんだよ。」


その言葉と共に、俺を連行していた馬車が止まった。無理矢理馬車の外にたたき出された俺の目の前には……


断崖絶壁、奈落の底が黒々と口を開けていた。


「じゃあね。君は虫けら以下の命をここで、落とすんだ。」


「ま、待ってください!せめて猶予をっ!」


「君にそんな資格はないよ。ばいばい。」


ラーミナ家の美青年の、長くて細い足が俺を蹴り飛ばす。命乞いも虚しく、俺の体は崖の下へと吸い込まれていった。


「ふう、君たちご苦労だったね。無理言って馬車を出してもらって。」


シーカは、人を殺した後とは思えないほど爽やかな笑みで御者たちに礼を言った。


「いえ、造作もないことです。シーカ様の頼みとあらば。」


「君たちの忠誠には感謝しているよ。いつもありがとう。」


「我々にはもったいないお言葉です。しかし、あいつも愚かですね。シーカ様のお気に入りに手をだすとは。」


僕はその言葉にひとしきり笑い、すっと目を細める。


「ほんとだよ。あの子は僕がようやく見つけた、僕を超える最高のライバルなんだ。そんな愛しい子、みすみす失うわけにはいかないよ。」


うっそりとした笑みで恍惚と呟く顔は、憎らしいくらいに美しい。


こうして、ケラシーに迫っていた狂気は人知れず消されていたのだった。


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