死んだ恋人そっくりのアンドロイドと同居することになりました
藤之恵多
最愛の人はアンドロイド?
第1話 ユウヒとアカリ
私は最愛の人を殺しました。罪深い女です。
*
放課後の屋上は、太陽の匂いがする。
太陽を照らし返すコンクリートは陽炎が見えるほど熱く、フェンス越しに風が吹いても熱風を受けているような気分だった。
「ねぇ、ユウヒ! こういうのは、どうかしら?」
「そこで歌えるだけで……尊敬する」
「何言ってんのよ」
決して軽くはないギターを持って、アカリは屋上でステップを踏む。
日本人には珍しかったらしい褐色に近い髪の毛が、太陽の光に透けて黄金色になる。
メロディラインだけを奏でる指先に、鼻歌を重ね、楽しそうに笑顔を弾けさせるアカリ。
何度も見てきた光景は、何度見ても鮮やかに私の中に焼きつく。
そうやって、私はマネージャーの名のもとに、ただひたすらアカリを見ていたのだ。
「ちょっとは太陽の下に出なさいよ。ユウヒなんて名前なんだから」
気が済んだのか、アカリが私のいる給水ポンプの影に入り込む。
夏の匂い。アカリのお気に入りのボディローションは爽やかな中に甘さがある。
制服の白が眩しく反射した。
触れ合う肩は暑いはずなのに、心地よい。
私は側に置いてあった水分補給用のドリンクを渡す。
「ユウヒだから、基本的に沈んだ後だけでいいかなぁって」
いくら、名前がユウヒだからって、太陽が大好きとは限らない。
アカリは名前の通り明るいから、何とも言えないけれど。
私自身は、カンカン照りの日中より、空の端っこが群青に染まり始めるくらいの時間帯が好きだった。
「ライブは好きなのに?」
「ライブは屋内でするものがほとんどですよ」
ライブ好きが屋外好きとは限らない。
アカリとバンドを組んでいるミズキも、ライブは好きだが屋内派。
むしろ、屋上で練習だから、来ないんじゃないかとさえ思えた。
アカリが抱えた膝の上に手を置いた。持っているドリンクが汗をかき、屋上にシミを作る。
それさえすぐ乾いてしまう。
私は彼女の一挙手一投足に目が吸い付けられてしまう。
アカリが歌わなくなった屋上は蝉の声がよく聞こえた。
「アタシはお祭りもイベントも外の方が好きかな」
「アカリはそうだろうね」
アカリは〝お祭り〟が好きな人間だった。
色々な人と関わりあいながら、何かを作る。
そういう時間自体を愛している。
――だからこそ、この頃、ほとんどの人間が入り浸る人工知能によるVRが好きじゃないのだ。
「VRだったら、暑いも寒いもなくて快適だよ?」
VRは快適だ。相手も人工知能がしてくれるため、不快になるということがとても少ない。
人間が生きていくことに必要な大部分を人工知能と機械がしてくれるようになった現在、VRだけで暮らす人もいるくらいだ。
私の言葉にアカリは不満そうに褐色の髪の毛に指先を巻き付ける。
「暑かったり、寒かったり……予想外のことが起きる方が楽しいじゃない!」
「アカリは対応できるからなぁ」
アカリの向こう側には抜けるような青い空が広がっている。
感情を爆発させる姿さえ絵になるように思える。
これが惚れた弱みって奴かと私は目を細めた。
「大体さ」
不満そうに唇を尖らせたまま、アカリが私の肩に手を置いた。
そのまま床に倒される。
いくら日陰でも屋上。しかも何も敷いていないコンクリート。
痛い。暑い。
人の体の上にまたがってくるアカリを下から睨んだ。
「……暑いんだけど?」
「わざわざ、こんなとこで、こんなことするの、現実じゃないと無理でしょ」
何が、とか。
何で、とか。
考えるだけ無駄なのだ。
一度スイッチが入ってしまったアカリは止まらない。
嵐が過ぎ去るのを待つように、彼女の願いをかなえるしかない。
諦めてアカリの首元に腕を回す。
「ほんと、バカみたい」
「バカでいいじゃない」
アカリがそう言うなら、それでいい。
降ってきた唇を受け止める。柔らかかった。
*
「また、それ見てるの?」
呆れたような言葉に、私は画面から顔を上げた。
アカリはもう制服を着ていない。髪の毛はバンドマンらしく、一筋だけ白く脱色されていた。
ピアスは開けないのは、こだわりらしい。
大学に進学してもやっていることは、高校時代とほとんど変わらない。
「いいでしょ、新しいライブ配信」
「むー、アタシの方がいい曲作るわよ?」
頬を膨らませて拗ねた表情に、私は苦笑してから画面に戻る。
それが気に食わなかったのか、アカリは楽器を置いたと思ったら、わざわざ一人がけの椅子に入り込んでくる。
二人で一つの椅子に座るような状態で画面を見た。
スターライトリセッション。私が好きなアイドルグループだ。
「そういう問題じゃないから」
アイドルという存在が好き。
これは小さいころから変わらない。
華やかさと可愛らしさと、泥臭さ。アイドルからしか摂取できない栄養は確実にある。
アカリが画面を指さした。
「半分、アンドロイドじゃない」
「アンドロイドも前に比べて凄く自然になったよね」
「そう? このこの表情とか不自然な気がするけど?」
「感情の学習は人間でも難しいでしょ」
10年ほど前から、ほとんど人間と変わらない機械人間――アンドロイドの発売が始まった。
一般人が買うには難しい値段だが、エンタメ業界では大人気らしい。
なんてったって健康を害することがない。スケジュールはきちっと守る。スキャンダルも起こさない。
アカリが言うみたいに、感情表現に不自然さが残る部分もあるけれど、徐々に修正されて、やがて人間と変わらなくなるだろう。
それをアイドルとして見るのも私は楽しんでいた。
「お二人さん、またイチャイチャして、ここは部室ですよ」
コンコンと開かれたままの部室のドアをノックされる。
バンドメンバーであるミズキが呆れたような顔で立っていた。
大学の部室棟はほとんど使う人がいないため、開けっ放し状態なのだ。
「ミズキ、遅かったわね」
「ごめん、アイドルの映像見てただけなんだけど」
私は軽く頭を下げて謝る。
イチャイチャしてるつもりはなかったが、部室ですることでもない。
と、その一言さえ気に入らなかったのか、アカリがまた突っかかってくる。
「ユウヒがあたし以外の女に現を抜かすのが悪いわ」
「だから、アカリと比べてるわけじゃないから」
「おっかない恋人だね、ユウヒ」
ミズキが肩を竦めた。
高校の時から知ってるくせに、わざとらしい。
小さく息を吐いてから、頬を膨らますアカリを見る。
「アカリの方が、絶対モテてるし、慕われてるのに」
「それはそれ、これはこれ!」
アカリは男女問わずモテる。
分娩が人工子宮で行えるようになってから、カップルの性別にもはや意味はなくなった。
「アタシが一番なのは、当然だから」
「なんで、アンドロイド全盛の中で、この人はこんなに自信満々なんだか」
色々なことが自由になった。その大半は技術の進歩のおかげだ。
その技術の結晶であるアンドロイドに対してさえ、アカリは胸を張っていた。
私は苦笑を隠さず、少しだけ首を傾げる。
「昔っから、なんだよねぇ」
「幼馴染だっけ?」
ミズキからの確認に、アカリと二人そろって頷く。
「保育ポッドの時代から隣みたい」
「ポッドから? そりゃ、運命だ」
「でしょ?」
子供が欲しかったら、カップルで子供を育てる資格があるか確認される。
それをクリアして登録されると、適正な卵子と精子が組み合わされた子供が配分される仕組みだ。髪色や瞳の色は選べるらしい。
ある程度の人口を確保するために、両親がいなくても必要数は保育ポッドで養育される。
その時から、私とアカリは隣だった、らしい。
「アタシたちなら、メジャーデビューも、もうすぐよ!」
「マネージャーとしては、地道に宣伝していきますよ」
「あ、それだけど」
アカリの宣言に、ミズキが鞄から名刺を取り出す。
名刺には、私でも知っている会社名と所属、名前が書いてあった。
ミズキが得意そうに口角を上げる。
「うちのバイト先に来てる音楽会社の人が曲気に入ってくれたみたい」
「え?」
身長の高いミズキを見上げるようにして、口をぽかんと開けてしまった。
フリーズした私と違い、アカリはすぐさまミズキに飛びつくと名刺をひったくるようにして受け取る。
「ついに来たわね! ミズキ、詳しく」
「はいはい」
大学の部室。
気の置けない仲間との、希望にあふれた会話。
隣にはずっと一緒の恋人。
これからも、こんな未来が続いていくのだと、私は何の根拠も持たずに、そう思っていたのだ。
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