12.ばらまかれた秘密

「皆の者、今夜は我々のために集まってくれてありがとう。先に紹介した通り、ここに二組の婚約が決まった。このような特別な夜を共に楽しみ、祝福を分かち合えることを嬉しく思う」

 国王が朗々と述べる挨拶を、大広間にいた出席者たちは一言も漏らすまいと耳を傾けた。


「我がラフォルカ家は、王位継承権について殊更に深く考え、独自の伝統を守り続けてきた。だが、新たな時代を生み出すため、この度、弟にも結婚の機会を設けた」


 会場が再び戸惑いを含んだ空気でざわつく。


 グエナエルも、わけがわからないとでもいうように口をへの字に曲げ、父王の話を聞いていた。


「どうか、彼らの行く末を温かく見守ってほしいと思う。この舞踏会が我らにも集まってくれた皆の者にとっても、素晴らしい思い出となり、長く語り継がれるような夜になることを願う。自由に楽しんでくれ」

 そう言って、国王は王妃の手を取って階段を降りていく。次はグエナエルたちが進み出た。


 私もルドヴィクと共に、静かに大広間に降りた。すでに踊れるようにそこは広く場所を取られていた。


 宮廷音楽隊が曲調を変え、明るいワルツを奏でる。


 最初に踊るのは王族からと決まっていた。


「さあ、踊ろうか」

 シャンデリアの明かりの下、優雅に私の腰を引き寄せたルドヴィクは、真っ直ぐに私を見つめてきた。


「はい……」

 手を重ね、ゆっくりと足を出せば、優しく丁寧なリードのおかげで流れるようにステップを踏める。


 グエナエルと踊った時はもっと雑で、転ばないか冷や冷やしながら、早く曲が終わらないかなと別のことを考えて過ごしていた。


 だが、ルドヴィクは私が踊りやすいようにうまくリードしてくれて、まるで足に羽根がついたみたいに軽やかにダンスを披露できた。


「もっと私に体を預けてもいい」

 ルドヴィクにぐっと引き寄せられ、胸と胸が触れそうなほど接近するものだから、私の鼓動は暴走しそうな勢いで激しく鳴り出す。


「殿下――」


「ファーストダンスを君と踊るのが夢だった」

 頬を赤らめて困ったように見上げれば、またまた甘い言葉をかけてくるので、返答に詰まってしまった。


「私も、です」

 答える声は小さくなってしまう。


「私の婚約者はとてもかわいらしい」

 耳元でそう囁く声は艶やかなテノールで、思わずダンスのステップを忘れそうになってしまう。


 それを華麗にカバーしながら、ルドヴィクは正しいステップラインに私を導いた。


「このまま、君を攫ってしまいたい」

 耳朶から少しずれた彼の唇が、私の唇に触れそうになる。


(心臓止まりそう!)

 完全に私はのぼせ上っていた。顔は火がついたみたいに熱くて、きっと目も当てられないほど情けない表情をしていたに違いない。


 ルドヴィクは頬をすり寄せたまま、嬉しそうに微笑んだ。


 周囲の様子を気にする余裕は私にはない。


 そんな永遠に思えるような時間は、割れんばかりの拍手で終わった。いつの間にか演奏が終わって、別の曲に変わっている。


(う、嘘。もう終わってしまったの?)

 それでも一曲踊っただけで、息が弾んでいる。胸の鼓動が激しく鳴りやまないのはダンスのせいだけではない。


「少し休もうか、顔が真っ赤だ」

 ふっと柔らかく笑んだルドヴィクは、私の頬を指でなぞる。


(はわわわ……!)

 なんだか、ますます積極的になっていませんか?


 ルドヴィクと想いが通じ合ったのは嬉しい。けれど、いつになったら彼の甘い言葉と仕草に慣れるのだろう。


 たぶん一生かかっても無理かもしれない。


 私は苦笑しながら、彼の提案に頷いて隣の談話室に移動することにした。


 ルドヴィクが持ってきてくれた冷たいシャンパンが喉を潤してくれ、ホッと一心地つく。


 しかし、ダンスで体を動かすよりも、談話室で人々に囲まれて質問攻めにされる方が大変だった。


「どうしてステラ様なのですか?」


「ルドヴィク殿下は結婚しないと思っていたのに」


「これから何を目標に生きていけばいいのでしょうか」


 だいたいが、王弟親衛隊に所属する者の言葉だった。一様に揃いの指輪をしているのですぐわかる。


「ステラ!」

 その中から、嗅いだ覚えのあるどぎつい香水の匂いが鼻をかすめた。


「……」

 私は黙って彼女を見つめた、もう『叔母』ではない人を。


「ねえ、あなたどういうことなの? もう一度うちに戻ってきなさいよ。殿下もお連れになって領地にぜひ――」


「すでにボードリエ家とは縁が切れている。赤の他人だとステラを屋敷から追い出したのはそちらだろう」

 隣に立つルドヴィクが、淡々とした口調で叔母を牽制した。


「あ、あの時はどうかしていたのですわ。やっぱりステラはボードリエ家で……」


「ステラ。頼む、我が家に戻ってきてくれ」

 叔父も一緒になって説得にやってきた。


「おまえ達が欲しいのは我が王家の威光だろう? ステラはもうボードリエ家とは無関係だ。今後、彼女にむやみに近づくことがあれば、不敬罪で捕縛することもできるのだぞ」

 ルドヴィクの厳しい物言いに、叔父たちは真っ青になり、すごすごと去っていった。


「ありがとうございます、ルドヴィク殿下」


 きっともう彼らに会うことはないだろう。


 これでつらかった過去に、完全に別れを告げられる。


 私はホッとしてもう一度グラスに口をつけた。


「ステラ様は平民になったのだったな」


「身分の低い者との結婚というのはどうなのだ?」


「王位争いには加わらないという意思なのでは?」


 周囲の貴族達が言葉を交わし合っている。


 たしかに、王族が平民と結婚するなど前代未聞だ。


 これではカミーユのことを何も言えない。自分は男爵令嬢以下なのだから。


「ステラ様、ルドヴィク殿下。素敵なダンスでしたわぁ」

 噂をすれば、王太子の婚約者のお出ましだ。


「ありがとうございます」

 波風を立てるつもりはないので、愛想よく微笑しておく。


「ですが、グエン様と婚約解消したばかりなのに、もう他の方と仲良くされるなんて、節操がないのではなくて?」

 カミーユはぽってりとした唇を尖らせた。


「それを、あなたが言うの?」

 私は頬を軽く引きつらせる。


「わたしたちは運命で結ばれているからいいんですの」

 邪気のない笑顔で、カミーユは一歩ずつ近づいてきた。


「ああ、でも、ステラ様もよかったですわね。昔からルドヴィク殿下のことを好きだったのでしょう?」

 カミーユはくすくすと笑い声を漏らす。


「……それは、どういう」

 確かにその指摘は間違ってはいないが、なぜカミーユが知っているのだろう。表向きには国王が説明した通りだと思うのが普通ではないのか。


「これが証拠ですわ!」

 ドレスのポケットに手を入れ、何かを出したかと思うと、それを一気に天井に向けてばらまいた。


 ひらひらと大量に舞い落ちてくる白い紙に描かれた人物画。


「えっ! これってもしかして、ルドヴィク殿下のデッサン画!?」

 白薔薇隊報を読んだ者なら、誰でも気がつくはずだ。ここには証人がわんさかいる。


「どうして、それを――」

 私は、さあっと顔から血の気が引いていくのを覚えた。


 秘密にしていたのに。


 どうして、カミーユが持っているの?


 誰にも見つからないように、クローゼットにしまっておいたのに。


「この方は、以前からルドヴィク殿下を盗み見て、こんなにたくさんの絵を描いていたんですわ! 王太子殿下という婚約者がいながら、こそこそと隠れて、他の殿方を。本当に根暗で、気持ち悪いと思いません?」

 カミーユは耳障りな声で高らかに笑い上げる。


 ――詰んだ。


 私は色をなくした顔を両手で覆った。

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