10
ルルちゃんが帰ってくるまで、私とミシマは、ルルちゃんの話ばかりしていた。二人の間に、ここにはいないはずのルルちゃんがいるみたいな、変な感じがした。私はルルちゃんと知り合ってまだ一週間くらいだったから、話すのはもっぱらミシマだった。私は聞き役。ミシマは、低い声でぼそぼそと、ルルちゃんのことを話した。
「中学から一緒で。」
「うん。」
「あの頃から、レズで。」
「うん。」
「親と折り合い悪くて。」
「うん。」
「俺も悪かったから、高校出た後、なんとなく二人で上京してきて。」
「うん。」
「しばらく、一緒に住んでた。」
「うん。」
私は、ルルちゃんのことを聞いているふりをして、ミシマのことを聞いていた。ミシマのことを知りたくて、でも、訊けなくて。
「店も、同じとこでバーテンしてて、ずっと、一緒で。」
「うん。」
「今は、店も家も、別だけど。」
「うん。」
「あんたは?」
「私?」
「ルルとは?」
「先週、お店にたまたま行って。閉店の時間までいたら、ルルちゃんが、うちで飲みませんかって誘ってくれて。」
それで、セックスした、とはさすがに言わなかったけれど、ミシマには分かっていたと思う。彼は、両手で包んだジントニックのグラスで額を冷やすみたいに押付けながら、それだけで、と、吐き捨てた。私に対して苛立っている感じではなかったから、そういう意味では全然怖くはなかったのだけれど、それだけで、という単語の重さには、少し怖くなった。
ずっとずっとルルちゃんを見てきて、ずっとずっとルルちゃんと一緒にいて、それでも届かなかったミシマの手と、ただの偶然がいくつか重なっただけで、ルルちゃんの中の中まで触れた私の手。
その違いに、ちょっとした眩暈まで覚えた。もう少しで、ごめん、と言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。そんなことを言ってはいけないと思った。謝るなんて、私はミシマのことも、ルルちゃんのこともなにも知らないのに、そんなのは口だけの、自己満足だ。
ふう、と、ミシマが長く重い息をついた。そして、顔を上げて私の顔を見ると、少しだけ笑った。重くなってごめん、みたいな、そういう感じの笑みだった。
「女とは?」
「これまで一回もないよ。」
「ルルが、はじめて?」
「うん。」
嘘をつく気にもなれなかった。ミシマの視線が真っ直ぐすぎて。失恋して、ヤケ酒して、酔っぱらってた。そんな言い訳ができそうでもあったけれど、同じ理由で、する気になれなかった。
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