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「名前は。」
ぼそりと、ミシマが訊いてきた。なんだか、バイトの面接にでも来ている気分になった。
「……月子。」
「歳は。」
「19。……あんたは?」
「ミシマ。歳は、ルルと一緒。」
「ルルちゃんの歳、知らない。」
「歳も知らないの、あんた。」
いけすかない言い方だな、と思ったけれど、ミシマが少し、元気を取り戻したみたいにも見えて、私はなんとなく安堵した。だから、強調するみたいに、知らない、と言ってみた。
「26。」
どことなく機嫌よさそうに、ミシマが言った。私は、ルルちゃんが思ったより年上でびっくりした。なんとなくだけど、23くらいかな、と思っていた。
私はルルちゃんのことを、なにも知らない。そうぼんやり思ったとたんに、私が知っているルルちゃんが頭の中にばあっと広がった。私が知っていて、ミシマが知らないルルちゃん。つまりは、セックス中に、私の髪を撫でて、かわいい、と言ってくれたときの優しい顔や、私の中を探る器用な指や、触れているのかいないのか分からないくらい滑らかな肌や。そんなものたちが頭を占めて、私はそれらを消そうと、忙しなく瞬きした。その仕草だけでも、頭の中に広がっているものたちがミシマにばれていそうで慌てた。事実ミシマは、私の方をじっと見て、軽く眉を寄せていた。さっきまで、機嫌がよさそうだったのに、このひとは、随分ルルちゃんのことを好きらしい。私はなんだか、感心してしまった。多分、私はそんなふうに、ひとを好きになったことが、これまでなかったから。元彼も含めて、ミシマが私のちょっとした表情にすら嫉妬するみたいに、切羽詰った恋をしたことは、なかった。
私がそうやって感心しながらミシマを見ていると、ミシマは無表情にソファから立ち上がり、キッチンに入って行った。
「飲む?」
お酒のことを聞かれているのだ、と分かるのに一瞬かかった。ついさっき、未成年だと知ったはずの私に、あっさりそんなことを聞いてくるのがなんだかおかしかった。
「飲む。」
短く答えると、ミシマは白い冷蔵庫からパックに入ったジュースを二つ取り出すと、キッチンのカウンターに並べられていたお酒二種類と混ぜて手早くカクテルを作り、床に座り込んだ私まで持ってきてくれた。お酒はきれいな水色で、南国っぽい味がして美味しかった。
「ミシマもバーテン?」
手つきの鮮やかさから予想して訊いてみると、自分はどうでもよさそうに、大きなグラスにジンとトニックウォーターをどぼどぼ注いだだけの飲み物を持って戻ってきたミシマは、軽く頷いた。
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