「ごめんなさい。」

 私は魂が抜けたみたいにぼーっとしていたので、ルルちゃんがそう言ったとき、なにを言われいているのか分からずちょっと慌てた、ルルちゃんは赤い唇をきれいに笑わせながら、ごめんなさい、と、もう一度繰り返した。

 「もう、看板なんです。」

 私はびっくりして、ジーンズのポケットに突っこんでいたスマホで時間を確認した。とっくに、終電はない時間だった。私は大きく肩を落とした。自分がとんでもない間抜けに思えた。失恋、したのは確かだった。でも、だからと言って自分が、終電すら逃してぼんやりお酒を飲んでしまうタイプだとは思っていなかった。

 「どうか、しました?」

 ルルちゃんが、軽く私の顔を覗き込んだ。私は、首を横に振った。人生初の彼氏に振られて、その帰り道に迷い込んだバーで、終電の時間すら忘れてぼんやりお酒を飲んでいた。間抜けすぎて、そんなこと誰にも言いたくなかった。

 ルルちゃんは、数秒間黙っていた。私は鞄の中から財布を取出し、会計をしようとした。するとルルちゃんが、手真似で私のその仕草を止めた。私はルルちゃんの意図が読み取れず、きょとんとした。

 「飲み直しませんか? 私の部屋ででも。」

 ルルちゃんが、そう言って長い髪をかき上げた。甘い花の香りがして、私はなぜだか再度ぼんやりした。なんだか、なにもかもに投げやりな気分だった。どうにでもなってしまえ、と。それで、ルルちゃんについて行ったのだ。

 ルルちゃんはさっさと閉店作業を終え、私を連れて真夜中の街に出た。

 「すぐそこですから。」

 ルルちゃんは、一歩後をついていく私をちょっと振り返ると、感じよくにっこりした。

 「なにか、食べるものを買っていきましょうか。お酒は家にたくさんあるんですけど、食べ物って置いてなくて。」

 私は首を左右に振った。食欲は、なかった。この先ずっとものを食べないで、胃が退化してしまうんじゃないかと思うくらい。

 ルルちゃんの家は、お店から歩いて三分くらいの場所にある、白い壁のきれいなアパートの二階だった。当たりはしんと静かで、繁華街から近いのに、ちょっと歩くとこんなに静かなのか、と、私は少し驚いてしまった。

 ルルちゃんは、黒いタイトスカートのポケットから、キーホルダーもなにもついていない鍵を取出し、玄関のドアを開けた。

 「どうぞ。」

 躊躇いは、あった。初対面のひとの家に入ったことはなかった。それくらいの防犯意識は持っていた。それでもその日、私はこの上なく投げやりになっていたし、ルルちゃんは危険人物にも見えなかった。

 私はルルちゃんの細い手が示すとおりに玄関に入り、小さな靴がきちんと三足並べられた靴脱ぎでサンダルを脱ぎ、部屋に上がった。

 

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