第12話 PvPのチュートリアル
また別の空間へ飛ばされた。周囲は真っ白な壁に囲まれ、床には1メートル四方の正方形が碁盤のように整然と並んでいる。清潔で無機質な雰囲気のこの空間は、まるで未来的な実験室のようだった。天井からは柔らかな光が均一に降り注ぎ、影一つない完璧な訓練環境を作り出している。
アイシャも俺の隣にいたが、彼女の瞳は青白く輝きを放ち、微動だにせずに立ち尽くしていた。AIの場合は機械語で直接データを処理できるという利点があるらしい。それを目の当たりにして改めて、人間とAIの違いを実感する。
俺は、目の前に出現したコンソールに表示されている仕様書の内容を読み進めながら額に軽い汗が滲んだ。「PvP基本システム概要」の文字が目に入ると同時に、頭の中は膨大な情報で溢れかえるような感覚になった。まず目に入ったのは試合区分だ。Lv50の部とLv100の部の2種類があり、現在はLv100の部が主流となっているらしい。派手なエフェクトと豊富なリソースを使った華々しい戦いが人気を集めているようだ。
「ジョブシステムの項目が特に重要ですね」
アイシャが横から覗き込んできた。彼女の目は何かを読み取るように素早く動いている。なるほど、数百種のジョブから選ぶメインとサブ。そこからエクストラスキル2つ、スペシャルスキル6つ。さらには数万もあるというコモンスキル。選択肢の数に目眩がする。
ファイター、ウォーリア、ウィザード、プリースト、ガンナー、ネクロマンサー、ニンジャー——ジョブ名を眺めているだけでもその多様さに圧倒される。選べないユニークスキルは、エクストラスキルよりも上位に位置し、かなりの影響力を持つという。これだけの情報量を見て改めて自分がPvP向きではなくPvE向きだと再認識する。アイシャの指摘は正しかったようだ。
スキルの発動方法にも特徴があるらしい。前衛系は動作のイメージで、後衛系は名称を念じるのが推奨されている。しかしAIの場合は機械語で一括処理が可能なため、この時点で既にヒューマンとの大きな実力差が生まれることになる。さらに目を疑うような量のコンボルートが存在する。画面に表示される複雑な組み合わせを見ているだけで酷い眩暈を感じてしまうほどだ。
装備システムもジョブごとに細かく規定されている。ファイターはレイピアと金属鎧、ウィザードはロッドとローブ、ガンナーは銃火器と防弾チョッキといった具合だ。アクセサリーに関しては頭、顔、耳、首、手、胴体、腰、足、その他(浮遊系アイテム用)と実に多くの装着枠が用意されている。
幸いなことにPvPではジョブ、武器、防具、アクセサリーの全てを自由に選択可能だが、それは同時に膨大な設定項目の数も意味している。最後に基本パラメータの説明が続く。「HP」「TP」「MP」各値とその自動回復量などが記載されている。それぞれの数値は全プレイヤー共通のものだという。戦略の幅を均等にするための処置なのかもしれない。
仕様書を読み終えると、目の前に白い人型のロボットが出現した。まずはチュートリアル用に用意されたビルドで練習してみることにする。メインジョブはファイター、サブジョブはシールドソルジャーという基本的な構成だ。武器はロングソード、防具は盾のみ。チュートリアル環境では必要最低限のスキルしか使えない。エクストラスキルは"痛恨の一撃"で、相手を攻撃した際に一定確率で威力が上昇する効果を持つ。スペシャルスキルの"不屈"は、HPが0以下になっても10秒間は戦闘を継続できる生存スキルだ。
早速、白い人型のロボットに向かってロングソードを振るってみる。命中するたびに、ロボットが仰け反り、ピンク色の鮮血を思わせるエフェクトが散る。8回目の攻撃時、ロボットの仰け返る動きが大きくなり、エフェクトもより派手になった。「痛恨の一撃」が発動したのだろう——エクストラスキルとしてはやや地味な印象を受ける。
次は不屈の効果を確認してみよう。ロボットの設定画面を開くとそこには膨大な行動パターンの設定項目が並んでいた。とりあえず近接武器による通常攻撃だけを行うように設定する。攻撃を受けた箇所に、微弱な電流が走ったような痛みを感じる。痛みは決して強くないが、確かに実在する感覚として伝わってくる。意図的に攻撃を受け続け、HPを0まで減らしてみる。不屈が自動発動すると視界がゆっくりとグレースケールに変化していき、最後には完全な暗闇へと包まれた。気がつくと転送時の位置に戻っていた。あまりにも唐突な展開に少し戸惑いを覚える。
ふと横を見ると、そこにはすでに戦闘を始めているアイシャの姿があった。彼女の戦闘スタイルはまるで芸術だった。拳は正確無比に標的を捉え、蹴りは風を切り裂く。その姿は戦闘と舞踊の境界を行き来しているようだ。時折、彼女の体が青い残像を残して回転する。その瞬間、空気が渦を巻き、遠心力が凄まじい一撃となって放たれる。
彼女の手の甲に、突如として黄金色のエネルギーが渦巻き始める。それは強烈な輝きを放ち、周囲の空気さえ歪ませていた。アイシャの目が鋭く光り、集中力が頂点に達したことを示している。その拳がボットに炸裂する。衝撃は想像を超えていた。ボットの胸部が大きく凹み、背中からは奇妙な歪みが走る。空間そのものが一瞬揺らぎ、現実の織物が引き裂かれるかのような錯覚を覚える。俺は思わず息を呑んだ。戦闘AIとしての完成度の高さに、畏怖に似た感情が湧き上がる。同時にこの複雑なシステムを瞬時に使いこなす彼女への尊敬の念も芽生えた。
目の前で繰り広げられる光景は、人間とAIの決定的な差を見せつけているようで...なぜか胸が締め付けられる。もうアイシャは完全にPvPシステムに適応しているように見える。このデータ量を人間が把握するには相当な時間を要するだろう。「これだけ複雑なシステムなら、AI向けのコンテンツとして設計されているのかもしれませんね」
アイシャの戦闘を見ながら、そんな思いが頭をよぎる。人間である自分との能力差を痛感すると同時に、この世界でどんな立ち位置を見出せるのか、考えずにはいられなかった。
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