第9話

コンソール画面を操作して、ホストを俺に設定し、アイシャをゲストとして招待を送る。半透明の青い光を放つ招待ボタンを押すと、アイシャは即座に承諾した。インスタンスに入るかどうかの画面が表示がされたので、”はい”と念じる。その瞬間、体が軽くなるような不思議な感覚に襲われる。


どこかに転送されていくような感覚。周囲の景色が砂粒のように瓦解し、一瞬だけ真っ暗になった。


視界が段々と明瞭になっていくと、目の前には先ほどのみすぼらしい掘っ建て小屋があった。今回は中に入ることが可能だ。湿った木の香りが鼻をくすぐり、どこからともなく立ち込める湯気が空間を幻想的に彩る。


風呂桶は1~2人程度入れる大きさで、それが5つ不規則に配置してある。各桶からは湯気が立ち上り、温かな湯の存在を主張していた。そして、長椅子のようなものが3つ、壁際に寄せられていた。全体的に質素だが、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気だ。


「じゃあ、俺は向こうで待っているからさっさと済ませろよ、アイシャ」


俺は少し緊張した声で言う。QUANTERRAクォンテラの風呂文化がよくわからず、戸惑いを隠せない。


「はい、急いで終わらせます!」


アイシャは元気よく返事をする。


俺は長椅子を持っていき、出入口付近に配置して、風呂桶がある方に背を向けてそこに腰掛ける。背後からアイシャが服を脱いでいる音や水が落ちる音などが聞こえ、何をしているのか想像ができる。早く落ち着いて1人で入りたいという思いと、この異世界での初めての入浴への期待が入り混じる。


あまりにも暇だったので、シェアードとインスタンスの仕様について細かく見てみる。コンソールを呼び出し、情報を確認していく。


どうやらホストが抜けると自動でゲストの中から1人が選ばれて、ホストを譲渡される。そして、原則として抜けた元ホストは、元居たインスタンスに戻れない。今回のケースだと、戻ることは認められないようだ。


以上を踏まえると、このようなインスタンスだと一緒に入って、一緒に出るのが基本となる。


しかし、男女一緒に入ってもいいのだろうか?

どこまでが良くてどこからが悪いのかわからなくなってきた。現実世界との違いに戸惑いを感じる。


「マスター、終わりましたよ!」


背後からアイシャの明るい声がする。

考え込んでいるうちにあっという間に10分たったみたいだ。


「おう、きっちり10分だな...」


俺が振り返ると目の前の光景に唖然とする。

アイシャは裸だった。

だが、強烈な謎の白い光によって首から下はほとんど見えない。まるで、古いアニメの修正シーンのようだ。


「おい、服を着ろ!服!」


俺は顔を真っ赤にして慌ててアイシャに背を向ける。心臓が早鐘を打つのを感じる。


「ほら、激しい修正がありますから、別に一緒に入っても問題ないですよねぇ?」


からかうようにして言うアイシャに少し腹が立つ。


「わかった、覚悟を決めてやろうじゃないか」


俺は、キリっとした表情をしながらコンソールを表示させ、倫理コードの項目でR-15の部分を調整しようとすると慌ててアイシャが俺の肩をつかんできた。その手の感触が妙にリアルで、ビクリとする。


「いや、そんなことまでするとは思っていませんでした!ごめんなさい!許してください!」


アイシャが大慌てで俺を前後に揺らす。その慌てぶりが妙に人間らしく、思わず笑いそうになる。


アイシャの手をどけて俺は振り返ると、アイシャの頭を両手の拳でグリグリしてお仕置きをする。


「何回もからかいやがって!」


「いだだだだだだだ!AI虐待反対!パワハラマスター!」


アイシャが涙目になる。その表情があまりにもリアルで、一瞬罪悪感を覚える。

ふと時間を見てみると残り5分になっていた。


「ったく、もう残り5分しかないじゃないか...早く着替えて出て行ってくれ」


「はい...」


アイシャは、着替えてこのインスタンスから出ていこうとする。

アイシャの背中からは、哀愁が漂ってくる。

ちょっとやりすぎたか?後悔の念が胸をよぎる。


俺は、アイシャが出て行ったのを確認してから服を脱ぐ。どうやら服を脱ぎ捨てると勝手にインベントリの中に入るみたいだ。

「これは便利だな」と呟きながら、風呂桶に近づく。


湯に足を入れると、ちょうど良い温度が肌を包み込む。ゆっくりと身体を沈めていくと、現実世界とは少し違う感覚に戸惑う。水の密度が少し高いような、不思議な浮遊感がある。


俺は清潔度のステータスが100%になるようにそそくさと身体を洗う。湯船につかりながら、QUANTERRAクォンテラでの生活、アイシャとの関係、これからの展開について考えを巡らせる。不安と期待が入り混じる中、時間制限が迫っていることを意識しつつ、この異世界での初めての入浴を楽しむのだった。

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