第8話 ツルツルナイトの後は大浴場
俺とアイシャは店主のところにたどり着くと契約書を提出する。
店主はコンソールを表示させて、契約書の中身を確認した。
「…あらぁん、即決なのねぇん」
ジューシーは相変わらず体をくねらせながら、甘ったるい声で言う。その姿は、まるでゼリーが踊っているかのようだ。
「こういうのは早い方がいいからな」
俺は冷静に答える。
突如、ジューシーが眉をひそめ、鼻をひくつかせながら俺たちに向かって言う。
「あなたたち、そろそろお風呂に入った方がいいわよ。この匂い、ツルツルナイトの雰囲気を台無しにしちゃうわ」
自分の体を嗅いでみると、確かに汗の酸っぱい臭いが鼻をつく。
アイシャが俺の体を嗅ぎ、顔をしかめながらも無理に笑顔を作って言う。
「マスター、正直言って臭いますね...でも私は嫌いじゃないですよ!マスターの臭いは魅力的です!」
「そういうアイシャはどうなんだ?」
俺は反撃するように、アイシャの方に顔を近づける。意外にも、アイシャからは柑橘系の爽やかな香りが漂ってくる。
「臭いは誤魔化すものだと相場が決まっています!ふふん!」
アイシャは胸を張り、得意げに宣言する。
俺は首を傾げ、疑問を投げかける。
「なぁ、その香水どうやって手に入れた?」
「あっ、これは...通り道の露店で...つい...」
アイシャの目が青白く光り、額に冷や汗が浮かぶ。
(こいつ、俺の金を勝手に使ったな…)
「...あまり無駄遣いするなよ」
俺は軽くため息をつきながら言う。
「はぁい...」
アイシャは肩を落とし、しょんぼりとした様子で答える。
試しに自分のステータスを確認してみると、清潔度というパラメーターが目に入る。0〜100%の範囲で、現在の清潔度は24%。注意書きには、30%を下回ると「周囲に不快感を与える恐れあり」と書かれている。
「アイシャの清潔度はいくつなんだ?」
好奇心から思わず聞いてしまう。
「あっ!女の子にそういうこと聞くんですか!?」
アイシャは顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし、すぐに小声で「...28%です」と付け加える。
「…この辺に銭湯みたいな場所はないのか?」
俺は話題を変えようと尋ねる。
アイシャの目が一瞬だけ青白く光り、すぐに答えてくれる。
「はい、徒歩3分圏内で1件ヒットしました!」
「じゃあ、そこにいくか…」
その時、ジューシーが唐突に言い始める
「“浴場”だけに“欲情”しちゃだめよ~」
「...は?」
寒すぎる昭和のオヤジギャグに呆れてしまう。
一方、アイシャは何故かゲラゲラ笑っている。
俺は、その意味不明な会話をスルーし、さっさとツルツルナイトを後にする。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アイシャに案内されながら目的地へ向かう途中、ふと疑問が湧く。ここは西部劇エリアのはず。乾燥地帯で水が貴重なはずなのに、風呂なんてあるのだろうか?
考えているうちに目的地に到着したのか、アイシャが立ち止まる。
「…はい、こちらになります!」
目の前に広がる光景は、予想をはるかに下回るものだった。木の打ちっぱなしの掘っ立て小屋のような建物。中には大きめの風呂桶がいくつか置かれているだけの質素な造りだった。
「…はぁ、予想はしていたがこんなものか…」
俺は小さくため息をつく。
出入り口に立つと、突如としてコンソールが表示される。そこには、メニューと料金が記されていた。
――――――――――――――――
【シェアード 8/10】
100AXM / 250LUM / 2EGN
【インスタンス】
500AXM / 1,250LUM / 10EGN
――――――――――――――――
「アイシャ、このシェアードとインスタンスって何が違うんだ?」
俺は素直に疑問をぶつける。
アイシャは嬉しそうに説明を始める。
「はい、喜んで説明します!シェアードは共有空間のことで、複数の利用者が同じ空間を共有します。現実世界でいう公衆浴場のようなものですね。8/10というのは、現在8人が利用中で、あと2人入れるという意味です!」
「なるほど」
俺は頷く。アイシャは続けて言う。
「一方、インスタンスは完全な個別空間を生成します。つまり、プライベートな空間が確保されるんです。料金は高めですが、他人の目を気にせずにゆっくりできますよ」
「ふむふむ...で、お前はどっちがいいと思う?」
「ご主人様!インスタンスにしましょう!」
アイシャが迷いもなく提案してくる。
「なぁ、シェアードの方にちょうど2人分の空きがあるし、そっちにしないか?」
俺は冷静に提案する。
「マスターの貞操が危ないからダメです!」
アイシャは両手を広げて、まるで俺を守るかのように立ちはだかる。
「どうしてだ?」
俺は首を傾げる。
「レビュー欄を見たときにハッテン場だって書き込みがありました。きっと男たちが――――――しています!」
アイシャの発言の一部にピーっという音が割り込んでくる。その音は、まるでテレビの放送禁止用語を隠すビープ音のようだ。ピー音に隠された言葉が気になって仕方がない。
「ピー音の中身を知るためだけに倫理コードを外すわけにはいかないよな...」
俺は額に手を当て、困惑した表情を浮かべる。
「ふふん、私に考えがあります。」
アイシャは得意げに胸を張る。
「なんだ?」
突如、アイシャは奇妙なジェスチャーを始める。小さなお尻を強調し、腰を前後に振り、そしてブランコに乗っているような動きをする。
「わかりましたか?」
アイシャは期待に満ちた目で俺を見つめる。
「...ちょっと待ってくれ」
俺は頭を抱える。
この近辺は多様性に富む人物が多いわりに、同性愛者に偏っているようだ。あの時の路地裏での出来事を思い出す。アイシャの言うハッテン場。そして、このジェスチャー。全てを総合すると...
(はぁ、最悪だ。)
俺は深いため息をつき、アイシャに向かって言う。
「気が変わった。インスタンスにして
「ほら、私の言った通りじゃないですか!」
アイシャは満面の笑みを浮かべる。
「...アイシャはシェアードでいいな?」
俺は意地悪く言ってみる。
「ちょっと、ひどくないですか!...そもそもインスタンスならここだと10人までは入れますって!」
アイシャは両手を腰に当て、ふくれっ面をする。
「アイシャ、時間差で風呂に入るのはできるか?」
アイシャは少し考え込む素振りを見せた後、答える。
「仕様上、再現可能な例としては、まずマスターがホストとなり、ゲストとして私を招待します。インスタンスに突入後、私が用事をさっさと済ませて先に出ていき、マスターがその後に用事を済ませる形ですね。インスタンスの場合だと20分の制限がありますので、時間の割り振りは1人あたり10分でしょうか」
「なるほど、わかった。さっさと済ませよう。」
こうして、俺とアイシャの奇妙な銭湯体験が始まろうとしていた。
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