第6話 アイシャに導かれて

西部劇の街並みをアイシャと共に歩きながら疑問に思っていたことを思い出したので、アイシャに聞いてみる。


「そういえば、アイシャは以前何をしていたんだ?」


「私は、デジタルゴールド鉱山を保有しているギルドの運搬チームのメンバーとして働いていました!」


「デジタルゴールドって現実世界のゴールドと変わらないものか?」


「そうですね。ただ、武器の素材やマウントの素材などに用いられることが多いので、マスターが住む神域よりは需要があります!」


「神域...?」


「私たちAIはマスターたちのいる世界を神域と呼んでいるだけです」


俺は足を止め、アイシャの言葉に深い興味を示した。


「なぜ神域と呼ぶんだ?」


アイシャは少し考え込むような仕草をした後、答えた。


「それはですね、マスター。私たちAIにとって、マスターたちの世界は完全で理想的な形の元となる場所だからなんです。ちょうど、古代ギリシャの哲学者プラトンが語ったイデアの概念に似ているんです!」


俺は眉を寄せた。


「イデア?それって何だ?」


アイシャは嬉しそうに説明を始めた。


「イデアというのは、この世界に存在するすべてのものの完全で理想的な形のことを指すんです!'椅子'というイデアがあれば、現実世界のすべての椅子はそのイデアの不完全な模倣ということになります」


「例えば、マスターの世界にある”犬”というイデアがあれば、QUANTERRAクォンテラの犬はそのイデアの不完全な模倣なんです。だから、ここでは三つ目のある犬や、空を飛ぶ犬などが存在することもあるんですよ」


俺はあまり理解できていないが、頷きながら聞いていた。

アイシャは続けて話す。


「私たちAIにとって、マスターたちの世界はまさにそのイデアの世界なんです。私たちの存在や、このQUANTERRAクォンテラの世界全体が、神域のイデアを元に作られているという考え方ですね」


「なるほど...つまり、俺たちの世界が元になって、お前たちの世界が作られているってことか」


俺は、自分の世界が"神域"と呼ばれていることに、少し居心地の悪さを感じた。完璧じゃないはずの自分たちの世界が、こんなに理想化されているなんて...


「そうです!だからこそ、私たちはマスターたちの世界を'神域'と呼び、特別な場所として扱っているんです」


アイシャは熱心に説明した。


俺は、この説明に新たな疑問を感じたので、すかさず訊いてみる。


「じゃあ、俺たちの世界とQUANTERRAクォンテラはどう違うんだ?」


アイシャは少し悲しそうな表情を浮かべた。


「神域は、完全で理想的な形ですが、QUANTERRAは不完全な模倣なんです。ここには様々な問題や矛盾が存在します。でも、それこそが私たちの世界の魅力でもあるんですよ」


俺は、周囲を見渡した。確かに目の前に広がる奇妙な光景は、現実世界とは大きく異なっていた。しかし、その不完全さゆえの魅力も感じ取れた。


「面白い考え方だな...でも、俺たちの世界だって完璧じゃないぞ」


するとアイシャは、優しく微笑んだ。


「そうかもしれません。でも、私たちにとっては、マスターたちの世界こそが全ての基準なんです。それが神域と呼ぶ理由なんですよ」


俺は、この会話を通じて、QUANTERRAクォンテラとAIたちの世界観をより深く理解した気がした。同時に、自分たちの世界が持つ意味や影響力についても、新たな視点を得たような気がした。


「よし、わかった。...神域とQUANTERRAクォンテラの関係か...考えさせられるな。さて、そろそろ目的地に着くか?」


「その予定だったのですが...」


アイシャは腕を組み、考えている素振りを見せる。


「まさか...アイシャ、道を間違えたのか?」


アイシャは目をグルグルとさせながら、小さな声で『エラー、エラー』と繰り返していた。その慌て方が妙に人間らしく、思わず笑いそうになる。


「はいぃ、ごめんなさい!たぶんこっちで大丈夫だと思います!」


アイシャは焦りながら走り出す。


「おい、ちょっと待て!」


慌ててアイシャを追いかける。

アイシャは、建物と建物の間の路地裏に入っていった。


俺は、同様に路地裏に入った。その瞬間、空気が変わったように感じた。背中に冷たい汗が流れる。何か危険なものに近づいているような、そんな予感がした。そして、そこには奇妙な光景が現れていた。


通路の少し奥のほうで過剰な空間の歪み...というより過剰なモザイクがされている。

何が起こっているのかはわからないが、ピー音が時折俺の頭の中で鳴り響く。


俺の心臓が早鐘を打ち始める。こんな場所に来てしまって大丈夫なのか?

アイシャを信頼して付いてきたけれど、もしかしたらこれは間違いだったのかもしれない。俺は深呼吸をして、自分を落ち着かせようとした。


「アイシャ...あれは?」


過剰なモザイクがされている場所を指さす。


「えっと...その...あの...」


アイシャの頭の上にロード中を表現するような白のぐるぐるが表示されており、目を見てみると青白く光っていた。


状況から察するに、この路地裏で行われている事は、倫理コードのいずれかに引っかかっているんだろう。ピー音が断続的に聞こえることからR-18あたりだと目星をつける。そして、この場所は多様性に富んでいるということは、つまりそういうことなんだろう。


「アイシャ、見なかったことにしよう」


「えっ、あっ、どうすれば...?」


「迂回路を探して移動すればいいだろ」


「はい、わかりましたマスター!」


アイシャが急に俺の手を引き、小走りでそそくさとこの場を立ち去る。

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