第12話 惚れさせてから、盛大に捨ててあげます

「どういうこと? なにを言いたいの?」


 私が困惑しているのが意外だというふうに、アリアは目を見開いた。


「わからないの? 不思議に思わなかった? オルランド様は、エレーナの悪行に耐えられない。おとなしいふりをして裏で遊んでいる。ロダンという同級生と親しくしている。そう、言ったのでしょう? 実際はどうだったの?」

「全部嘘! 授業は難しいし、宿題は多いし。悪行する時間も、遊ぶ時間もなかった。自分のことで精一杯なのに、ロダンは勉強を教えてって、しつこく寄って来たし。断れなくて大変だったんだから!」

「やっぱりそういうことなんだ。私、わかった。エレーナもオルランド様も、ベレッタにはめられたのよ」

「ベレッタに? どういうこと?」


 動揺する私に、アリアはさらに衝撃的な発言を重ねる。


「ベレッタが二人の橋渡しをするって言ったのは、嘘だと思う。オルランド様に近づくための口実。オルランド様は、エレーナの悪い噂を聞いて悩んでいた。噂の真偽を確かめたかった。そんなときに、エレーナの友達であるベレッタが話しかけてきたら、エレーナのこと聞いてみたくならない? オルランド様がベレッタと会っていたのは、好きだからじゃない。エレーナのことを知りたかったから。それと、ロダンという男子も怪しい。もしかしたら、ベレッタに頼まれてエレーナに近づいたのかも……」

「そんな! だって、ベレッタは友達だよ!! それなのになんで……」


 ローザに友達関係を制限された私にとって、ベレッタが唯一の友達だった。

 彼女は朗らかで、いつもニコニコと笑っていて、ピンク色が似合う可愛らしい女の子で。私とベレッタは仲の良い友達だった。

 それなのに、笑顔の下では、私を裏切っていたの?


 私は両手で顔を覆うと、声を振り絞った。


「私、騙されていたの?」

「ごめんね。あの子、全然いい子じゃないよ。外面が、ものすごーくいいだけ。エレーナはベレッタのこと、信じていたの?」

「うん……」

「そっか。優しいね。疑うことなく、友達を大切にする心、いいと思うよ。でも、ごめんね。これから先は、注意した方がいいよ。オルランド様はエレーナを気に入っている。それを気に食わない人たちが、嫌がらせをしてくるはず。気をつけたほうがいい」

「そう、そこだよ!!」


 私は膝を叩いて立ち上がると、「ふんっ!」と鼻から短く息を吐いた。


「オルランドの婚約者にならない!! 拒否する!!」

「やっぱりそっちにいくのかぁ……。だから、助けを求める手紙が……」

「ん? 手紙?」


 アリアは慌てた顔で両手を振った。


「なんでもないわ! なんでもない!! それよりも、なんというか、そのぉ、悔しくない?」

「なにが?」


 アリアは、下方に視線を彷徨わせた。言葉を慎重に選んでいるようだった。


「私なら悪い噂を聞いても、エレーナはそんな子じゃないって一蹴する。でもオルランド様は、疑った。ひどいよね。ベレッタを信じた挙句に、婚約破棄を持ち出すなんて! ふざけた男だわ。仕返しをすべきよ!!」

「仕返しねぇ……」

「そう、仕返し!! 婚約を見直そうって言ったのは、エレーナの反応を見るため。つまり、脅しをかけたわけでしょう? 別れるふりをするなんて、ずるいと思う。仕返しをすべきよ!!」

「そうかなぁ? 別れるふりじゃなくて、本当に別れたかったと思う」

「それは絶対にない!!」

「なんで言い切れるの?」

「えっ⁉︎ それはその、えっと……」

「もういいの。仕返しする気分になれない。終わった話だもん。婚約破棄の話をされて、嬉しかったし」

「でもねっ!!」


 アリアは勢い良く立ち上がると、私の両肩に手を置いた。迫力のある真剣な面持ちで迫ってくるものだから、私は上半身を仰け反らせた。


「な、なに? 顔が近いよ?」

「仕返しは必要だわ、絶対に!! だって、二年も放置されたんでしょう?」

「そう、そこなのよ!!」


 今度は私はアリアに迫る番。私の気迫に押されたのか、アリアが引き攣った顔で一歩、下がった。


「エ、エレーナ……?」

「放置した、そこが問題なの!! あの人は、学校に戻ったら手紙を書くって約束してくれた! だから私、婚約者になることを了承したのよ! それなのに、一回も手紙をくれなかった!! あの人、大嘘つきなの!!」

「あの、それは誤解……」

「父に相談したら、手紙を書く気持ちはあるが、忙しくて忘れているのだろうって。そういうことでしょうね。男ってそう。釣った魚に餌をあげるのがめんどくさくなるのよ。私ね、折れたのよ。だったら、私から手紙を書こうって。は、はずかしいけれど、アリアだから打ち明けるね。そ、その……ポエムを書いたの。私の想いが風に乗って、あなたの元に届いたらいいのに。春風にキスを添えます……みたいな!! それなのに、返事をくれなかった。一回もね!! 誕生日やお祝いイベントには、刺繍入りのハンカチや、ポプリや、手作りのブックカバーを送った。でもオルランドは何一つ、プレゼントを寄越さなかった。私、恨んでいるんだから!!」

「なるほど。そこね。そっか。うん、それはひどい。女の敵よ!!」


 アリアは困惑気味に聞いていたのに、表情を一転させた。きらきらとした目で、私の両手を包み込んだ。


「仕返しが必要だわ!」

「そうだね! 仕返しをしなくっちゃ!! よーし、あの人を完全無視する。城に呼ばれても行かないし、話しかけられても聞こえないふりする。ゲームに負けた話をされたら、忘れたと突き通しちゃうんだから。婚約者になんて、絶対にないぞ!」

「…………」


 アリアはがっくりとうなだれると、「どうしよう……」と蚊の鳴くような声で泣き言をこぼした。


「なにが?」

「はぁーっ……。でも、南国フルーツのために頑張らないと……。ねぇ、エレーナ。あなたのお父様が、王命に逆らえると思っている? 私たちは、どんなに嫌な相手でも、家長が決めた相手と結婚しなくてはならないのよ」 

「ハッ!」


 そうだ。私は父に逆らえないし、父は国王に逆らえない。私がどんなに泣き叫ぼうが、オルランドが私を望めば、覆すことは不可能。


「ど、どうしよう! 私の計画では、オルランドにベレッタを押しつけようと思っていたんだけど……」

「無理ね。オルランド様、相当にエレーナを気に入っているもの」

「そんなぁ!」


 半泣きの私を励ますように、アリアは力強く言った。


「婚約は避けられない。だったらそれを、利用するの!」

「どうやって?」

「私の考えた作戦はこうよ。オルランド様を惚れさせる。エレーナに夢中にさせるのよ。エレーナの言うことなら、何でも聞いてくれるぐらいにね! エレーナなしではいられなくさせるっていう仕返し……」

「わかった! 惚れさせてから、盛大に捨ててやるという仕返しね! すっごくいい!!」

「え? あの、違う……」


 カチャリ。と、復讐のスイッチが入った音が聞こえた気がした。

 婚約見直しの話をされたとき。私はオルランドになんの未練もなく、自由を手に入れられる喜びが勝っていた。

 けれど、十六歳のオルランドに笑顔を向けられ、優しくされ、抱きしめられた。特別扱いしてくれた──。

 そのことに、私の心は揺らいでしまった。


(冷たい人のままでいてほしかった。優しくされたら、私……)


 十六歳のオルランドは優しい。けれど、二年後に恋愛スイッチが入ったら、どうなるかわからない。

 本気で好きにさせてから婚約破棄だなんて、卑怯だ。ずるい。

 

「婚約破棄される前に、私がオルランドを捨ててやるーっ!!」



 三日後。私はオルランドに手紙を書いた。


『父から、あなたが私を婚約者に望んでいるとの話をされました。お断りします。それでもあなたが私を望むなら、私にも考えがあります。あなたを惚れさせてから、盛大に捨ててあげます。こんな女、やめておいたほうがいいと思いません?』



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